お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2010年9月29日水曜日

食生活:たんぱく質とわたし


怒濤のようにひと月が過ぎて、Baton Rougeもようやく秋の気配(とはいえ日中はまだまだ30℃を超える)。学校生活にもだいぶ慣れてきた。こないだは初めて長めのペーパーをクラスで発表して、これがけっこう受けた。ディスカッションにも参加できるようになって、ようやく微笑みのアジア人から脱しつつある。が、極東から来た謎のまろうどフェイズが終わった分、普通に学生としてがんばらなきゃいけないのでその分鬼のように忙しいが、それでもなんとか体調も崩さずやっている。

留学経験者のみなさんからは「アメリカの大気には脂肪酸が含まれているので呼吸するだけで太る」というような忠告をいただいていたのでどうなることやらと思っていたが、先日体重計におそるおそる乗ったら体重は減っていた。一日5回くらい食べているのだけど、一回の食事量が少ないというのと、あとはやはりコンビニがないというのがわたしにとっては決定的なのだと思う。東京にいたときも基本的には野菜中心の正しい食生活を送ってはいたのだけれど、あのコンビニの光にどうしても弱くて、学校帰りにふらりと正門前のファミマに寄っちゃ肉まん食べたりしてたからな。いやでもやっぱ肉まん食いたい。

まぁそれはともかく、一週間に一回ないし二回しか買い物に行かないというのはなんだかんだでいいことなのかもしれない。しかしなんというか「食べ物がなくなったらどうしよう」という不安感はやはりどこかにあり、大量におかずを作ってもなくなった時のことを考えると貧乏性的にちょこちょこ食べてしまうのであった。実際一回あまりに忙しくて週に一度の買い出しさえ行かなかったときには食材もつき、キャンベルのスープ缶と冷凍のブリトーで生き延びたのであった。みんなスープ缶まずいって言うけど、あの缶臭さはワイン入れて煮とばしたりスパイスいれたりしたらなんとかなると思うんだけど。ちなみに冷凍のブリトーはお豆たっぷりで案外からだに優しかった。

そうそう豆である。豆を食べまくっているのだ、ここふた月。というのも、アメリカは肉食文化だからスーパーにはさぞかし肉がみっしりあるのだろうと思っていたのだけれど、そしてたしかに日本のスーパーの3倍くらいのスペースがお肉コーナーなのだけれども、買える肉が極端に少ない。鶏。これはいい。こっちは丸鶏とかターキーハムなんかもWalmartとかで普通にあるので、鶏にはほんとにお世話になっている。煮てよし蒸してよし焼いてよし。ただしだいたい皮は剥がれているので皮目をパリっと焼いたチキンはご無沙汰。一番登場回数が多いのは蒸し鶏で、もも肉にたっぷり(これがポイントでもも一枚につき大1くらい)お塩をすりすりして、生姜の輪切りとリーク(ふとネギ:とても甘い。日本だとやたら高いのだがこちらでは普通のおねぎの価格)の青い部分を乗っけてお酒を50ccくらいかけてリークの白い部分と一緒に蒸す。保存も利くしサラダにもつかえるし蒸し汁はスープに使えるしで便利。まぁとにかく鶏はよいのだ。牛もまぁいい。牛はひき肉以外あまり食べないのだけれど、実際のところお肉コーナーの約50%は牛とかラムとかの赤いお肉。当たり前だが日本よりはぜんぜん安いので心行くまで煮込める。で、問題は豚、そう豚なのだ。豚がめっぽう少ない。まず薄切りなんてコンセプトは牛だろうが豚だろうがこちらにはないのでそれは涙を飲むにしても、豚のひき肉というのがなぜだかほとんどお目にかからない。しかもブロックもまぁ赤い赤い。要するにこっちのスーパーの肉というのはなぜかものすごく脂肪コンシャスで(鶏の皮が剥がれているのもそれが理由のひとつかもしれないが)、紅白のミルフィーユ的バラ肉というものが存在しないのだ。これは困った。ひき肉で餃子が作りたい。バラ肉で角煮が作りたい。ぱさぱさの豚肉なんて豚肉じゃないやい。

まぁそんなわけでどうも使える肉が限られているので蛋白源が自然と豆になる。こちらは缶詰文化が非常に発達しているので、野菜でも肉でもなんでも缶が売っているのだけど、とにかく有り難いのが豆の水煮缶。日本でももちろんあるはあるのだけれど、けっこう高かったり量が少なかったりであまり毎日使おうという感じにはならなかった。しかしこっちだとでっかい豆缶がひとつ1ドルくらいで売っているし、種類もとにかく豊富。南部は豆料理が豊富だから、というのももしかしたらあるのかもしれないけれど、でもメキシカンもやっぱり豆をすごく使うし、これはアメリカ全体的なことなのかもしれない。Red kidneyを筆頭に(といってもこれだけで4ブランドくらいはどこでも置いている)chick peeやblack eyed peeやらrima beanやら、普通の水煮だけじゃなく調理済みの缶などもあり、とにかく豆豆豆である。で、これがほんとに助かる。ありがたいことに毎週野菜市場に連れて行ってもらっているのでそこで大量に野菜を買い込んで、まず帰って必ず(ここ2ヶ月で100%)作るのが鍋一杯のラタトゥイユなのだが、初日は普通に食べるにして、翌日の朝とかなんか物足りないなぁと思って豆缶(あとはソーセージとか)を投入すればなかなかheartyなごはんになる。Red beans and riceももちろん簡単でおいしいし、それになによりhummusがすばらしい。Hummusというのは中東発信の料理でベジタリアンのたんぱく源らしく、chick pee(ひよこ豆)をペーストにしたものなのだけれど、一度外で食べてすっかりはまり、これもほぼ毎週作っている。ポイントはやはりtahiniというごまのペースト、すりおろしのにんにく、レモン汁などを練り混ぜることなのだけれど、その時々でドライトマト(これまた安い。とにかく野菜市場の手作りドライトマトのうまいこと)を刻んでいれたり、カレーのスパイスを入れてみたり、クルミをローストしたのをまぜたり、いろいろ応用がきく。そのまますくって食べてよし、パンにはさんでサンドイッチにしてよし、野菜につけてよし。夜中に腹が鳴ったときの定番である。

食べ物の話をし始めると切りがないことがわかったのでそろそろやめなければいけないが、そんなわけでたんぱく源が肉から豆に変わった。あとは乳製品もなんだかんだで食べている。こっちはチーズの種類が(くどいようだがWalmartでさえ)豊富なので、ラタトゥイユにちぎったチーズを乗っけてチンすればとろとろうまうまだし、夜中に冷蔵庫の前に座って海苔(これは送ってもらってます。なにしろ日本で300円くらいのが優に10ドルはするのだ)にはさんでぱくつけば勉強もはかどる。牛乳とグラノーラのおいしい関係についてはまたいつか書くけれども、牛乳も日本では全然飲まなかったけどこっちに来てからなんだかんだで毎週買っている。興味深いのはどんな製品にもreduced fatバージョンが豊富に売っており、チーズでも牛乳でもなんでも気味が悪いほどに低カロリーのものが選べるようになっていることで、アメリカ人の脂肪コンシャスにはほんとに驚かされるのだけれども、ああしかしそれにしてもこんなに脂肪コンシャスなのに多くのアメリカ人はほんとに大きいのだ。体質的な問題(それから階層的な問題—Wholefoodsの顧客とWalmartの顧客の平均体重を比較したら15kg以上は違うはずだ)もあるのかもしれないけれど、バラ肉や鶏皮の脂肪を恐れた結果、身体が脂質を欲してバターや揚げ物に走っているのだとしたらなんとも皮肉なことだな、などと思う。くどいようだけど、豆も好き、でも、わたしは脂肪の適度に入ったお肉が食べたいんです。で、友達にバラ肉の説明を必死でしたら(赤いお肉で白い脂肪がサンドイッチになってるの、口に入れたら溶けるの、みたいな)それはWholefoodsに行って、お肉コーナーのお兄さんをつかまえて、marbledなお肉がほしい、と言えば切ってもらえるかもしれない、と教えてもらえた。Marbled。なるへそ。角煮まであと一歩。



2010年9月13日月曜日

emasculation


日本の大学で一緒だった友人(同時期に留学)から電話がある。英語で話すのに疲れた我々は久々の日本語での長電話を楽しむ。彼が言う。去勢の日々です、と。そうなのだ、言語というのは力でありphallusであるわけなので、言語的な不自由さというのは去勢状態に外ならない。が、なぜわたしの場合それが(比較的)frustrationにならないかといえば、わたしは去勢されて今どうやら自分のfemininityと折り合いがついてしまっているからのような気がする。涙のphallic womanを返上してアメリカで今堂々と女やってる自分てどうなんだろう、とフェミニストの自分が問う。これまでの何年間で最大の問題だったものが、言語的不自由によって(少なくとも表面上は)いかにも容易く解決している。なんということだ。でも大丈夫。4年後にはポークビッツのようなものが芽生えているはずだから。

2010年9月9日木曜日

あたいの夏休み 1


このブログのタイトルは中島みゆきの名曲『あたいの夏休み』から来ている。なんでこんなはすっぱなタイトルをつけたかって、それはたまたま、ブログを始めてみたら、とHさんに言われたその日に、わたしにtubefireを教えてくれようとしていたWくんに「好きな曲言ってみて、YoutubeからiTunesにとりこめるよ」と言われて反射的に答えたのが「あたいの夏休み」だったから、という理由だったのだった。

こっちの英文科の友人が、今年の夏休みはコロラドに行ってきたんだ、と言う。なんだかんだでけっこう高くついたけど、その価値はあったよ、と。もちろん山登りが好きというのもあるんだけど、これまでの人間関係もなにもないところで好きなだけ本が読めて勉強に集中できたしね。夏休みってそういうものだよね。と、言われてわたしは、自分にとってほんとにここでの生活が「夏休み」であることに気がついた。

なんだかわからないのだけど、ここに来てこのかた、やけに気持ちがリラックスしている。このわたしが、である。もちろん授業はほんとに大変。3コマとっているのだけれど、各授業で毎週1冊くらい本を読んでそれに対してresponse paperという感想文みたいなのを書かなきゃいけないし、ディスカッションは矢継ぎ早に発言が飛び交って、しかも学生の発言はコンテクストが掴めないからよくわからないこともままある。ただでさえ与えられたテクストが難しいのに、(Jamesonとか、ほんとに授業前はわけわかんなかった、正直)ディスカッションだって60から70%くらいしかわかってないんじゃないかな、と思う。もちろん発言なんてできない。授業自体はもの凄く充実感があるので楽しんでいるけれど、それでもディスカッションの最中に教授と目が合ったりするとアルカイック・スマイルでごまかすしかなく、最初の週は手足をもがれたような気がした。

が、いったん自分が「できない」ということを受け容れると、不思議なことに焦りや不安というのは退くもので、ある種の防衛機制なのかもしれないが、この無力さというかvulnerabilityのようなものを一種、楽しむことができるようになる。言語というのは人間の人格の礎であるので(というかなんちゃってラカニアンなわたしは人間というのは言語でしかないとさえ信じている)、母語を剥奪されて外国語の中に置かれると、ほとんど生まれたての赤子状態である。この赤子状態というのがやけに気持ちがいい。こっちに来てからなんでわたしはこんなに素直になったのかしら、と思っていたのだけれど、それはアメリカのせいだけではなくて、この5歳児的状況のせいでもあるのかもしれない。乾いた土みたいなもんで、言語のシャワーが気持ちがいい。いや、辛いときもあるのだけど、もちろん。

日本にいたときは、だいたいのことはある種の日本語の巧みさみたいなもので自分を守る壁が作れていたし、それはそれでよいことだったとも思う。人間関係の微妙な距離感みたいなものを言語で調節することも(得意ではなかったけれども)ある程度はできていたし、近寄りたくないものには近寄らないでいることもできた。が、今は自分を守ってくれる言語の壁がないので、常にいろんなものが好き勝手にわたしの中に出入りしてくる。言葉の微妙なニュアンスが出せないので、わたしの英語の世界は画素の粗い写真のようなものなのだが(ああそうだ、わたしはメガネを外すと世界がぼやけてリラックスするのだけど、それに似てるかもしれない)、ただ同時に自分の好意(大げさにいえば新しい世界に対するそれ)を知ってほしい、というような欲望(これは基本的には日本にいた時からあるものだと思うのだけど)もあるので、とにかくとりあえず一度受け容れてしまう。そうするとそれが案外楽しかったり楽だったりするのだ。

と、あんまりこんな風に多幸感に浸っているように書くと手ひどいしっぺ返しが来るのでは、と恐れるところがわたしなのだが、とりあえずわたしのここひと月のリラックス感についての考察は続く。たぶんまたいつか。

2010年9月6日月曜日

ポン酢愛


今日はlabor dayということで学校はおやすみである。ひと泳ぎしようと思ってジムに行ったら休みだったので、しょうがねぇなぁとUniversity Lakeの周り(徒歩で一周1時間強)を散歩していたら突然の雷雨に見舞われる。雨宿りする場所もなく、ずぶぬれのぬれねずみで家に帰る。とんだホリデーだ。勉強しろってことですね。

と家で本を読んでいたら知人のK先生から電話があり、昨日釣りに行ったのでお魚いかがですか、とのこと。もちろんありがたく受け取る。アメリカの食生活に文句を垂れまくるビッチ(ちなみにbitchという言葉は「文句を言う」という意味で動詞的にも使われる)にはなりたくない、というのが信条のわたしは一人暮らしのお料理生活をけっこう楽しんでおり、毎日一汁三菜を実践しているのであった(勉強もしてるよ)。だいたいLouisianaは食文化が豊かなのでこれを学ばない手はない。Redbeans and Rice とかGumboとか、ほんとにおいしい。しかし唯一アメリカ(いやBaton Rouge)に文句を言いたいところがあるとすれば、魚がない、ということなのだ。Walmartとかだとまずお魚コーナーがないし、それでもWhole Foodsにいけばある程度は買えるのだけど、どうも新鮮さに欠ける。Gulfがこんなに近いのに。Oil Spillのせいだけではなく、こちらの人はどうもそんなにお魚は食べないようだ。Catfish(ナマズ)のフライはよく食べるみたいなんだけど。あと寿司屋もけっこう流行ってるんだけど。

まぁそんなわけでしばらく家庭でお魚を食べていなかったので、目の前のRedfishなる白身の魚にうち震える。しかもけっこうな量がある。とれたてなのでお刺身でも食べられるわよ、とK夫人がおっしゃるので、さてほくほくしながら刺身で食べようとする。が、ワサビがない。オリエンタルフードマーケットは遥か遠くだしlabor dayで休みだし。醤油だけで食べてみたらやはりちょっと独特の臭みが気になる。なんとかいい方法はないものか。そうだ、ポン酢と薬味で食べよう。

もともとわたしはポン酢に対して異様な愛着がある。大抵の刺身やら寿司やらは(邪道だといわれようが)ポン酢で食べていた。醤油だとどうも塩味が濃すぎる気がするのだ。しかし普通のいわゆる「ポン酢」は酢がきつい。そこで日本にいるときには写真の「かけぽん(正式名称はチョーコーゆず醤油 かけぽん)」を水のように使っていたのだが、これがとにかくだしが効いててまろやかでうまい。一本500円くらいで、家族で月に2本は消費していたと思う。しかしもちろんこんな最果ての地に愛しのかけぽんがあるはずもなく、オリエンタルフードマーケットにはいわゆるポン酢が一本$6くらいで売られているのみ。普通のポン酢って200円くらい、という感覚がまだ残っているわたしには到底買えない。みりん(1リットルで$10)とかなら涙を飲んで買うけど。

そんなわけでポン酢が我が家にはない。しかし目の前の刺身をどうしてくれよう。そうだ、作ればいいんじゃん。というわけでポン酢を作ってみた。以下、覚え書き的に配合。

①みりん 100ml
②日本酒 40ml
③白ワイン 60ml (ほんとは酒100mlでいいんだけど、こちらでは日本酒のほうが高いので)
④顆粒だし 小さじ1/2強
⑤柑橘果汁 100ml (今日はいただきもののグレープフルーツ。key limeなどもこちらではやすいのでそれで作っても良さそう。日本なら理想的にはゆず。季節的に手に入らなければみかんとかオレンジとか、あとはポッカのレモン汁とかでもいけそう)
⑥酢 100ml
⑦醤油 200ml
⑧オレンジジュース 50ml

みりん、酒類は煮切ってあら熱をとってから混ぜます。ほんとは昆布とか鰹節とかあれば絶対おいしいのだけれど、あいにく母が送ってくれたはずのそれらはまだ届いていないので顆粒だしで代用。なのですが、できたのはかなりかけぽんに近い味。いや、もしかしたらかけぽんを超えたかもしれない。オレンジジュースをいれたのは甘みとフルーツ感がもう少し欲しかったからなのだけれど、これがけっこういける。あとコク出しにバルサミコ(こっちでは安い)も少しいれてみた。

そんなこんなで完成したポン酢をお茶の入ってた瓶で冷やして、たっぷりのネギ(こちらではgreen onionというのが一番和ネギにちかい)とたっぷりのおろし生姜(生姜も安い)をお刺身に乗せて自家製ポン酢をかけて食す。うまし!あああ、うまし!友達よぶのももったいなく、つい一サクひとりで完食してしまった。残ったアラとかはお魚カレーにしようと思います。これまたおいしいんだ。ほくほく。





2010年8月30日月曜日

ωππ


秋学期が始まって一週間が経過した。学校生活についてはまた改めて書くことがたくさんあるのだけれども、今日はとりあえず別の話。

この時期のアメリカの大学というのは日本の大学の4月に相当するわけで、とにかく学部生達がきゃぴきゃぴしている。しかもわたしの通っているLSUというのはなんというかな、昔は全米で10本の指に入るパーティ・カレッジだったらしく、いまなおその華やかなる面影をどこか残している。男女ともに目に優しい。アメリカに来る前、お洋服をパッキングしようとしていたら「そんな服を着る機会はまずない、基本的にみんな寝間着だから」「スカートなんて履いてようものなら犯される」といろいろな人にアドバイスをもらったのだが、ところがどっこい、LSUの学生はけっこうイケイケなのであった。特に黒人女子はスーパーイケイケ。原色のワンピを身にまといキャンパスを闊歩してたりする。ひゅうひゅう。

とはいえ、女子学生の6割くらいはTシャツに短パン(ただし半ケツしそうな丈…なのだがアメリカ人はケツがかなり高い位置についているので半ケツはしません)にビーサン(アメリカではflip-flopと呼ぶ)が基本なのだけれども、最近どうもそのTシャツに異変がある。みんなの胸にギリシャ文字が並んでいる。φμとかκδとか。なにごとだ、Abercrombieはどうした。

友人に話を聞いてわかったのだが、どうやらこれはソロリティというものらしい。なんと、ソロリティ。池田理代子の隠れた名作『おにいさまへ…』(必読)は青蘭学園高等部の女子連が一ノ宮蕗子さま率いるソロリティという見目麗しく血統正しい女子しか入れないグループに入るためにしのぎを削る、というような設定の漫画で、これがまたBSでアニメ化されたりしたのだ、わたしが小学校のとき。花のサンジュストさまとか薫の君とか、ああああもう懐かしい。それはまぁとにかく、だからわたしはソロリティというのは池田理代子的な世界にしか存在しないものだと思っていたのだけれど、アメリカにちゃんと実在していたのですね。

ソロリティというのはその男子部門、フラタニティとともに全米的な活動として多くの大学に存在しているそうで、たとえばφμはLSUだけじゃなくていろんな学校にあり、メンバー同士全米的に交流があって、就職活動のときなんかにも有利になったりするらしい。グループのメンバーは3、4年生くらいになると(これはLSUだけなのかもしれないけど、よくわからない)ソロリティ・ハウスみたいなところでみんなで暮らすそうな。ちなみにLSUのUniversity Lake のまわりには確かにギリシャ文字を掲げた白亜の邸宅が並んでいる。もちろんソロリティに入るためにはセレクションがあり、「ラッシュ」と呼ばれる時期にはワナビーソロリティたちが群をなして自分に合うソロリティを探す。ドレス審査やインタビューなどもあるということ。いやいやおつかれさま。

グループごとにいろいろ特色はあり、基本的にはお金持ちの白人子女たちの集まりらしいのだけど、すごく真面目にボランティアをやってるグループや、マイノリティグループのソロリティなどというのもあるそうな。まぁしかしやはり「ソロリティ」という響きは「イベサー」「テニサー」に近いようで(実際フラタニティの中にはなかなかスーフリ的なものもあるらしくて、ある種のフラタニティ・ハウスの中にはmattress roomと呼ばれる部屋があったりもするとのこと)、アメリカにも存在するサブカル系男女には煙たがられている。いずこも同じ秋の夕暮れである。

だからどうしたというわけでもないのだが、ここは南部も南部、深南部ということもあって、こうした社交がやはりかなり盛んなのだ。二言目にはPolitically Correctがどうした、という時代なのにまぁほんとに普通にPlantationという名前を堂々と冠したアパートなんかもざらだし、なんかこれはこれでカルチャーショックである。"Out of league"というフレーズが英語にはあるのだが、これは例えばnerdyな少年がチアリーダー/ソロリティ的な女子に恋をしたりするような状況を表すもので、しかしこういう表現がかなりの市民権を得てフレーズとして確立されているのを見ると、アメリカのteeagerおよび大学生の中には確固たる異性愛恋愛市場のヒエラルキーがあるのだな、と感じるわけだったりする。それは一種のカーストのようなもので、こと高校生の中では異カースト間のロマンスというのはほとんど成立しないと言うアメリカ人もいる。それを聞いたときはそんなの日本だって似たようなもんじゃないかね、と思ったりもしたのだけれど、いざこっちに来てソロリティ/フラタニティ的ないわゆる「メジャー」なものに対する価値付けの異様な高さ(素直さ)を目の当たりにすると、日本はそういう意味では恋愛市場に流動性があるのだなと感じる。やっぱり日本だと「へー、ソロリティ。そりゃまた。」というしらけた感じがあるものね。

ちなみにタイトルのωππは友人がソロリティについてわたしに説明する時に考えたグループ名である。読み方はもちろん「おめがぱいぱい」。おにいさま、なみだが、止まりません…

2010年8月15日日曜日

New Orleans, Louisiana 2


さて、New Orleansについてはまだまだいくらでも話すことがある。

日本にいるときにガイドブックを見て、New Orleansはフランス統治時代の面影を濃く残す街で、建物のバルコニーにはiron laceと呼ばれる美しい鉄細工が施され、中庭には花が咲き溢れています、というような記述を頭に入れていた。なるほど写真はディズニーランドの玄関から入って最初の街並みたいな感じで、ほんとに美しい。

実際に行ってみて、それが裏切られたというわけではない。ホテルや街並は乙女心をくすぐるヨーロピアンな装飾に溢れている。が、New Orleansという街の本質はそこにはない。この街を端的に表す形容詞は「猥雑」である。良くも悪くも。

French Quaterというのが観光のメッカなわけで、ガイドブックもここに多くの頁を割くわけだけれども、行ってみるとこれがほんとうに小さい。縦600m、横1.2kmくらいの四角形なので、すぐに歩けてしまう。そのFrench Quaterの目抜き通りはBurbon Streetというところで、ここにはジャズクラブがひしめき合っています、というのがガイドブックの説明だったのだが、それよりなによりひしめき合っているのは風俗店であった。ストリップ小屋の多いこと。しかも写真の如くおねえさんたちは白昼堂々店の前に来て下着姿で客寄せをやるのである。だからなんというか、ヨーロピアンな乙女風味と歌舞伎町と大音量の音楽(昼はクラブミュージック、夜は生のジャズが店から爆音で聞こえてくる)、それに小便的異臭を足すとFrench Quaterのイメージに近い。東京で一番好きな街は上野というわたしにはなんとなくこれが懐かしかった。

とはいえFrench Quarterはほんとうに小さな一画だし、酒の飲めない我々乙女はそんなにナイトライフをどっぷり堪能するわけにもいかない(なにしろ一泊二日だし)。そんなわけでStreet Carに乗ってGarden Districtという高級住宅街でごはんを食べることにする。New Orleans のStreet Car と言えば Tennessee Williams の Street Car Named Desire で、昔は確かにDesireという終着駅があったそうで「欲望という名の列車」も存在したらしいが、残念ながら今はもうない。しかしまぁやはりStreet Carというのは趣のあるもので、窓際の席に窓ガラスがないので窓際に座るとLouisianaの湿気で大きく育った街路樹がばさばさ顔に当たったりもするが、生温い風が気持ちいい。Garden District の邸宅は(Baton Rougeにも実はたくさんあるのだけれど)Plantation様式というのか、とにかくでかくてヨーロピアンでほんとに荘園領主っぽい。その名もCommander's Palaceというレストランでランチをしたのだが、中は白人のマダムでいっぱいだった。Louisianaは黒人人口が多く、Baton Rougeも人口の約半数が黒人なので、こんなにたくさんの白人を見るのは久しぶりだ。ごはんはすこぶるうまかった(New Orleansのごはんは何でもおいしいのだけれど)が、店の女主人が各テーブルを回ってにこやかに歓談するというのに、われわれアジア人のテーブルでは「ごきげんよう」くらいで終わったので、ああこれが噂のあれなのか、と妙にしみじみしてしまった。Baton Rougeではあまりにみんな優しいからすっかり忘れていたよ。

そんなDeep South体験までさせてもらった後に、我々は夕暮れのSwamp tourに繰り出した。これがもうほんとにすばらしかった。長くなったのでいい加減止めるが、また是非行きたいとほんとうに思う。ボートでswamp と呼ばれる湖と沼の間くらいのジャングル的湿地帯を巡るのだが、その風景が美しい。Gator(Alligatorの略)とよばれる鰐も売り物のひとつらしく、ガイドのひとり(仕事を始めて2年目)が調子に乗って口にソーセージをくわえて鰐をジャンプさせようとしていたのを見て、我々のガイド(彼はCajanの子孫なのだった)は冷静に、ああいう奴、小学校の教室にひとりはいるよね、みたいなテンションだった。

さんざん遊んで、Preservation Hall でジャズも聞き、名残惜しいがそろそろ帰ろう、と夜10時、ホテルの駐車場に歩いて戻るときに、サンダーストームが来た。稲妻が落ちまくり、雷が轟く。これまでに見たことのない量の雨に呆然としながらも、止む気配がないので夜の雨の中を友人と二人で走る。ずぶぬれになってホテルのトイレの乾燥機(ほら、手を乾かすやつ)で身につけたままのシルクのワンピースを乾かす友人の姿をわたしは一生忘れないだろう。New Orleansよ、必ずまた来るからね。See you later alligator, in a while crocodile!


New Orleans, Louisiana


もう一週間前になるけれど、New Orleans に行ってきた。

New Orleans までは Baton RougeからI-10というInterstateを通って約1時間。アメリカ的に言えばこれはご近所レベルである。5年前のHurricane Katrina の爪痕もまだ癒えぬうちにGulfのoil spillに見舞われたこの街は、東洋人的にいえばもしかして風水的になにか良くないのかもしれないなどと思わずにはいられないのだが、実はこの街自身も「全米一呪われた都市」を誇っている。

昨今、キリスト教を捨てたことで話題になっているAnne RiceのInterview with Vampire(Tom Cruise主演で映画にもなった)もこの街が舞台だった。ちなみに我らがBaton Rougeではこれから大人気ヴァンパイア映画 Twilight の最終章が撮影されるらしい。もうひとつちなみにVampireものというのはアメリカの腐女子(失敬)に大人気の確固たるジャンルで、女子達はイケメン吸血鬼との禁断の恋に身もだえるそうである。さて、日本の腐女子なわたしと友人もVampire tour というウォーキングツアーに参加して、夜のFrench Quaterでいわくつきの建物を巡った。大聖堂の前では写真の眼帯を着けたイケメンガイドが「その階段では、Vampireの調査をしていた女学生二人が失血死しして発見されたんだよ。体中の血液の80%が抜かれていたそうだ。これは頸動脈を切って天井から吊るしてもあり得ない数値でね、しかし僕は長年、しかしなぜ大聖堂の階段にわざわざ死体を置いたのだろうと考えていたんだが、ある時ツアー客のひとりがこう言ったんだ。『それはこれが天国への階段だからです』って」みたいなことを言う。ちなみに一応全部、新聞にも載っている実際の事件なのだった。Vampire tour の他にもGhost tourや、お墓巡りのツアーもあり、夜も更けているというのに、やはり演劇出身とおぼしきガイドに引き連れられた観光客の集団といくつもすれ違った。馬車(馬ではなく騾馬のようだったが)に乗った人たちもいる。New Orleansというのはほんとに観光都市なのだ。

New Orleansはもうひとつ、Voodooでも有名な街である。Voodooというのは、奴隷として連れてこられ、キリスト教信仰を強いられたアフリカ系の人々が、密かに持っていたもともとの宗教とキリスト教をフージョンさせたものである、というのがとりあえず一番シンプルな説明である。アメリカでは多くの場合、一種の黒魔術として認知されているのだが、実際わら人形のようなひとがたを使った呪術や、髑髏や木製の神々、それに呪い/祈りの対象となるものの写真を祀った祭壇、トランス状態の降霊術など、一見かなりおどろおどろしい特徴に満ちている。

わたしが修論を書いたZora Neale Hurstonという黒人女性作家は人類学者でもあり、このNew Orleans Voodooを題材にした本も書いている。彼女はその本のなかで、自分はVoodooのinitiation ritualも経験し、蛇の皮に包まれて飲まず食わずで48時間を過ごし、Voodooの神のひとりと交わって"Rain Bringer"という名を得た、とも言っている。そんな縁もあってFrench QuaterにあるVoodoo Museumにも行ったのだが、そこの管理人のおじいさんというのが(白人なのだけれど)、Marie LaveauというVoodoo Queenの直系の弟子だそうで、彼の念が入ったGris-girisと呼ばれるお守りぶくろ(いろんな種類があって、それぞれハーブがかぐわしい)や件の人形などがお土産コーナーに置かれている。買うときにいろいろおしゃべりをしたので、ついHurstonのことも話したら、急に顔が曇った。彼女は嘘つきだ、Voodooのことなどわかっていないのに、とつぶやく。Hurstonというのは一筋縄では行かない人で、黒人でありながら当時白人言説であった人類学で黒人研究をし、さらに"telling a lie" というのが黒人文化の礎なのだ、と主張する人であったから、彼女の発言の中で何が本当かを見極めるのはいつも困難で、そのevasiveさが好きで研究を続けてきたわけだが、改めてこうした反応に触れると、なにか胸につかえるものがあった。

ともあれ、Voodoo museum で買った恋守りは枕の下に置いてある。わたしは仏教徒なのだが、しばし日本仏教の懐の寛さに甘えることにする。