お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2012年7月18日水曜日

女、三十にして学に志す


去年もそうであったがどうも夏休みに入るといろいろ旅行をするので、あれも書こうこれも書こうと思っていると思わず書く機会を逸するのだけれども、とりあえず短くてもいいのでひとつ久々に書いてみようと思う。

一時間ほど前である、こちら時間で30歳になった。祖母を筆頭に、我が家はサバ読み家系である。サバ読みといってもかわいいもので、歳を若く言うわけではなく逆に上に言うのである。祖母はもう5年も前から、わたし90なの、を繰り返していたので、いったい彼女がいまいくつなのか瞬時に思い出せない。祖母の場合はあら、90歳!とっても見えないわぁ、お若いのね、と言われる快感からだと思うのだが(まぁ実際、外見は矍鑠とした祖母であるので90にはとても見えないので電車でもなかなか席を譲ってもらえない)、ばあちゃん子のわたしも27を過ぎたときからいやもう30だからね、などとことあるごとに繰り返してきたので、この夏で30になるのだといってもいまひとつ実感がなかったのだが、おとといあたりからなんだか胸騒ぎがしてならず、夜中に目が覚めるわ、腹はくだすわで、なににそんなに緊張しているのかと思えば、どうやら30になることに身がすくんでいるらしい。

十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、などと言われるわけだが、多くの身の回りの三十たちは立派に社会人になって、これからの人生どうなるのかってなんとなくは見えて、直立とはいわないまでも半腰くらいで立ててはいるのだろうが、2000年代に入り十余年も学生をやっていると、その基本姿勢は地を這うようで相変わらず先行きはなかなか見えない。しかも異国で暮らし謎の異国人と真剣交際などをしていると、自分がこれからどこに暮らすのかのレベルで地球規模に先行きが見えない。さらに加えてqueer studiesなどをやっていると、sexualityってなんだね、結婚てなんだね、intimacyってなんだね、と今度はホルモンレベルで先行きが見えない。どうにもこれがおっ立たないのである。

そんなわけで一回ひとりになってこれからの10年を考えてみようと、せっかくの誕生日なんだから早く来なよ、という現在ColoradoはDenverで避暑中の謎のアメリカ人に対し猛烈な勢いで、いいやあたしは30の誕生日をひとりで迎えるんだ、ひとりで立てるか見てみるんだ、と啖呵をきってはみたものの、考えてみれば恥ずかしい話、これがわたしにとって生涯ではじめて、ひとりきりで過ごす誕生日である。咳をしてもひとり、などと放哉的に呟きながら、黙々と淡々と、120冊のリーディングリストから1日1冊ずつ本を読んでかれこれ三週間がすぎ、いやぁひとりきりたとはかどるはかどる、などと思って突っ走ってきたのだけれど、ふとしたときにやはり思うのは、果たしてわたしはどういう人生を生きていきたいのか、ということなのである。

子供が絶対にほしいというわけではない—が、子供がほしいという気持ちは心身共に理解できるようになった。結婚がしたいというわけではない、いやむしろ頭でっかちな懐疑的は深まる—が、愛する人とすこやかに一緒にいるために国家の助けが欲しくなることがあるのもわかった。アメリカの阿呆のように広い空の下で生きたい―が、異国で親の老いを静観することができないのも知っている。けれどどんなにいくつかの問いの間で揺れようとも、崩れない軸は研究は続けたいということであったので、我ながらけっこうかわいいところがあるんだな、と思った。自分の論文の掲載された雑誌が、過去何十年分ものバックナンバーとともにあの2号館の黴臭い図書館に入っているのを初めて見た時に、自分が死んでも誰かがこれを手に取って読む可能性が(少なくとも理論上は)あるのだな、と思った時に、ああ、なんか、生きててよかったな、と思ったあの夏の日を思い出す。わたしはどうしても、教育と研究に携わっていたい。この先10年の抱負はそんなわけで、どんなかたちであれ誰かの為になる研究をすることであり、どんなかたちであれもう少し若い女性研究者に、あ、ああやって生きてもいいんだな、と思ってもらえるようになることである。

だから今夜は立てずとも、こんなよい月をひとりで見て寝る。それがひとりでないことも、知っているから。


でもなんか辛気くさいので週末に誕生日ケーキのレシピをこのポストにアップする予定。みなさん、30歳のわたしをどうぞこれからもお見守りください。

[追記]
上のケーキのレシピをアップしようとしたら覚え書き自体を紛失した模様なので、また見つかったら書こうと思います。とりあえず3つのオレンジチップで三十路トリニティを表現してみました。透けるオレンジを通してみる私の未来が南部の夏空のようなものでありますように。