お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」
ラベル school life の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル school life の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2012年9月23日日曜日

アメリカ南部で大統領選について教えるということ



さて前回のポストからすでに2ヶ月がすぎ、その間ColoradoはDenverで夢のような時間を過ごしたり、はたまたDenverからBaton Rougeまで2日20時間に及ぶ悪夢のロードトリップをしたりなどといろいろ書くべきことはあったのだけれども(そして機会があればDenverおよびSan Franciscoについては書きたいと思っているのだけれど)、今日は目眩のするように忙しい毎日のなか、妙な風邪をひいたおかげで少しだけ時間ができたので現在、目下わたしがほむら立っていることについて書こうと思うわけである。

Fall semesterが始まりひと月が経過した。アメリカに来て三年目にして生涯で間違いなく一番忙しく、青息吐息の毎日である。なぜというに今学期、わたしは授業をなぜか3つもとっているうえ、English 1001というコンポジションの授業を持っている。週三回毎朝一時間、22人の生徒を前にanalytical writingを教えるというのがこの授業のコンセプトである。週三回毎朝一時間。なんの苦があろう。世の社会人達は毎日平均睡眠6時間を優に下回りながら一日8時間以上の重労働を週に五日以上こなしている。しかしながらこれ、この週三回毎朝一時間の授業がもうなんというか、背中に燃える薪を背負いながら山を下るかごとくの荒行に思えてくるのである。

驚くべきことにその原因の第一は英語でアメリカ人に英語を教えるということにあるわけではない。最初のうちは緊張もしたし、今でも毎朝授業に向かう前にはやめたはずの煙草を一服吹かすことが儀式となっている。自分よりも明らかに英語が流暢な相手にその言語のいろはを教えるというプレッシャーは生半可なものではない。が、幸いなことにわたしがこれまでのひと月のティーチングから学んだことは、analytical writingを、ひいては批判的思考を教えるというのはまずもってinterpersonalなコミュニケーションであって、教師の側が絶対的な権威を持っているというパフォーマンスは必ずしも不可欠なものではないということだ。

この授業の目的は生徒が自律的かつ批判的に自らの思考(そして書いたもの、書く行為)を吟味できるようにすることであって、ある体系だった知識を受け渡すことではない。それはどちらかといえば自転車の乗り方を教えることに近く、生徒が自分で身体と頭を使わなければいかんせんどうにもならない。教師にできることはよき補助輪となること、そしてその補助輪を外すタイミングを見極めることであり、強力すぎる補助輪を提供することが必ずしも常に生徒の成長に資するわけではない。そんなわけで幸か不幸かわたしのような不安定な補助輪を得た生徒達はすっころびながらもそれなりの成長を遂げてくれている(ような気がする)。というのもわたしは自転車に乗れる楽しみをうれしそうに語ることと、すっころんだ生徒の傷にバンドエイドを施すことにだけは異様に長けている。中にはそんなもんいらねぇよ、おれは自転車なんて乗りたくねぇよ、ほっといてくれ、という生徒ももちろんいて、そういう生徒に関しては、たしかに自転車に乗ろうが乗るまいが、それはきみの人生だ、よし請け負おう、きみのやる気のなさできみを不合格にすることはしないから、まぁ決められたアサインメントだけはだしてくれ、あと剽窃だけはするな、といってとりあえずはほっておく。その間、自転車に乗りたい生徒たちには最大限の手助けをする。

この授業の最初のアサインメントはLiteracy Analysisといって自らがいかようにして書くという行為と接してきたかを分析することを通じ、最終的には書くということの意味について考えるというもので、これはまぁ、というか大変よかった。各生徒のパーソナリティを知るきっかけにもなったし、私的・個別的経験からある種の普遍的主張を導くという練習としてはとても効果的だったと思う。そしてなにより、誰も読み書きができない家庭に育ち、まともに書くことがままならなかったある日、教師から給食費泥棒の咎で責め立てられ、自分の無罪を立っするために必死で辞書をひいたことがきっかけでようやくものが書けるようになった、というような、こう書けば陳腐にしか響かないようなエピソードをしかし、その苦難を証だてるかごとくのたどたどしい英語で書く生徒のエッセイを読めば、なにくれと不自由なく皆が一律に読み書きができることが前提の環境で育ってきたものとして、書くことを教えるということの意義について考えざるをえない。それくらいわたしは教師としてまだ未熟であり、ナイーブであり、そしてまだこうした生徒達のエッセイにたじろいでしまう自分のナイーブさと甘ったれた理想主義をはずかしげもなく愛している。

しかしそれではなにゆえに今わたしが燃えさかる薪を背に山を駆け下っているかというに、それは所属大学の方針によりわれわれ1001の教師達は本年11月に行われる大統領選で争点となる議題を素材として生徒にペーパーを書かせなければならないのだが、正直いってわたしはまたここで、自分がここ、かちかち山に、いや南部にいるのだということを思い知らされているのである。

全共闘世代の親を持ち、東京で進学校に通い、東京で国立大学に通い、果てはなにを間違ったか人文系の大学院に通い、さらにアメリカで博士号を取得しようとしている人間(まぁわたしなんですが)は、リベラリズムの風呂に浸かってこれまでの生涯を過ごしている。よく記憶に残っているのは、高校生だったある日、わたしが母親に対しあなたは政治的にコンサバである、となにかのきっかけで言い放った時に、それまでなにをわたしが言おうとも(もう高校に行かないとさえ言っても)ああそうか、そうなんだね、と穏やかに聞いていた彼女が顔色をなくし震えながら、その発言だけは受け容れられない、と言ったことである。高校生のわたしは無論、リベラリズムの、コンサバティズムのなんたるかを全く(今以上に)理解などしていなかったわけだが、それでも理解できたのは政治的コンサバのレッテルがどうやら愛する母親にとって最大の中傷となりうることであった。それ以降は恥を忍んで告白すれば日本の、言ってみればアポリティカルな空気に怠惰に流されるまま政治についてなどとんと考えずにきたわけだが(そしてそれは全共闘世代の、そして互いの政治的立場の違いを抑圧しながら穏やかに子育てをしようとしてヒロイックに失敗した両親に対するこれまた怠惰な抵抗でもあったわけだが)、わたしのコンサバティズムに対する感情的忌避感は、アメリカの、政治的にアクティブであること、そしてリベラルであることが絶対的善であることのごとき人文系大学院においていやましに助長されてきた。

以前も「アメリカ南部でアメリカ文学を教える」ポストで書いたことだが、深南部に生活していようが、大学町に住み人文系大学院に通っている以上は、この地のコンサバティズムに触れることはほぼないといっていい。アジア系が極端に少ないこの都市であろうとも、あからさまな人種差別にあったことなどは一度もないし、むしろ街で出会う人々は朗らかで、人々が「コンサバ」であることに気づくのは、真夏の日曜日、Whole foodsで買い物をしている際、教会帰りの白人老女にいきなりむき出しの肩をさわられ、あらハニー、こんなに肌を出してちゃあ風邪をひくわよ、これをみたらあなたのママがなんていうかしら、セーターはどこなの?といわれる、などという微笑ましい(まぁ見ようによればぞっとする)エピソードを介してのみである(少なくとも幸運にも私の場合は)。しかし学部生を前に政治社会問題に触れる時に、南部のコンサバティズムはわたしの背中に燃える薪を押し付ける。生徒達は言う。Obamaは最低である、なぜなら彼の政策は怠け者たちにわれわれ善良な市民の金を与えるものだからだ。同性婚は許され得ない、なぜならそれを合法化すれば近親婚や重婚など、その他の婚姻関係を是認することになるからだ。こうした反応を目の前にした時、リベラリズムのぬるま湯にリベラルのなんたるかをも知らずに浸かりふやけたわたしの皮膚はちりちりと焼かれる。

ごく雑駁に定義すれば、いわゆるリベラリズムとコンサバティズムの対立は政府の機能と個人の権利を巡って説明されうる。リベラリズムは社会的な―階級、人種、ジェンダー、セクシュアリティを巡る—インバランスを是正するための「大きな、強い政府」を支持する。個人はそれぞれの人生に関する選択をする権利を平等に有し、その権利の追求の為には時には政府の介入が必要であるとする。これに対しコンサバティズムは「小さい、弱い政府」を支持する。逆にいえば基本的にコンサバティズムは個人がそれぞれの欲望(特に所有に関する)を追求する権利に対する政府の介入を拒む。が、あるケースに於いてはコンサバティズムは政府の介入を積極的に許す。それは国家に存するとされる「伝統的価値」を守るという目的を達するためである。言うまでもなくこれらは現代アメリカにおける「いわゆる」コンサバとリベラルの大衆理解であり、すべての立場がこの二極化によって説明されるわけではむろんないし、わたしの理解もまたこの雑駁な二項対立図式を凌ぐものではない。

が、問題なのは、この雑駁な二項対立がどうやらわたしと22人の生徒のうち少なくとも80%との間の、ただでさえおぼつかない相互理解を妨げる元となりうるということである。わたし個人としては、生徒が「怠け者の為に我々の金を使うのは筋違いだ」と言う際に、まずお前はどれだけの力と金に生まれた時からまみれてきた、誰が稼いだ金だ、誰の無力を搾取して得られた金だ、お前が怠け者という人間達をそのように知的・経済的に無力にしておくことでどれだけの人間が利益を得てきた、それを考えないお前は怠惰ではないのか、と唾を飛ばしながら言いたくなるわけだが、当たり前に教師として(そして人間としても)そんなことはできない。とりあえず張り付いたような笑顔を保ち、そうか、怠け者っていうのはどういうことなのか、考えてみよう、と言う。うまくいけば誰かが、働きたくても働けない人はいる、と言う。さらに(わたしにとって)うまくいけば誰かが、働けないのは必ずしもその人個人の責任ではない、と言う。それでも多くの生徒はうつむいてこの気まずい時間をやりすごそうとするか、頬杖をついて自分は高みの見物を決められる立場にあるというパフォーマンスをする。

こうしたコンサバのアパシーに対し、どう対処すべきか、未経験な教師であるわたしはまだなにも知らない。言うまでもなくわたしのこの授業での役割は彼らにanalytical writingのいろはを教えることであり、リベラリズムへの転向を促すことでは全くない。そしてこれまでメディアを通してしかその存在を知らなかったいわゆる「コンサバ」な存在が、自分の生徒として個人として肉化した時に、彼らの信じる「伝統的価値」や「個人の権利」を一概に議論も不要なもの、強者の特権として退けることも実はわたしにはできないし、するべきではないとも思う。というのも、同時にわかっていることは、わたしが浸ってきたリベラル風呂もまた高額の入湯料を必要とするスーパー銭湯というか高級スパのようなものだということだからだ。わたしはたまたまあの両親、全共闘世代に生まれながらそれを共闘という形で戦うという選択肢を自らの政治的判断で拒み、その罪悪感にまみれながらそれを抑圧し高度資本主義と折り合いをつけながら彼らの憎んだシステムの中ですこやかに子育てをしようとした彼らの子供である。わたしの(そしてわたしの世代の)政治的無関心はたしかに、彼らの世代のねじれた政治的無関心―失われた理想のメランコリックな抑圧―の振る舞いの写し鏡であるが、彼らがたしかに恥じながら隠し持っていたある種の政治的理想はわたしの政治的無関心の中には存在しなかった。そんな高額なぬるま湯にただで浸かってきた贅沢をいまわたしは、清算しようとしているのだと思う。

たかが必修のコンポジションの授業である。たかが週三回、一回一時間の授業である。けれども醜い狸のわたしは声も高らかにせせら嗤う美しいうさぎに対して、沈む泥舟からこう言うだろう。ほれたが悪いか、と。教育に対する愛と誇りが、三十となりいまだ子を産むことを潔しとしないわたしが自分の両親に対してできる最大限の恩返しであり、そのためには燃える薪でぬるま湯を熱くもしよう。でもちくしょう、あちぃよ、あちぃんだよ。

[Peach Pie (Pear Pie)のレシピ]
そんなわけで最近は日々頭から湯気をだしながら授業から家に帰ってくるわけだが、週末くらいはちゃんと気持ちを切り替えて心穏やかに過ごさないと身体に悪い。心に負った手ひどい火傷に対する一番の薬はうさぎのくれる軟膏ではなくて糖分なのである。よしきた、季節の果物をたくさんつかったパイを焼こうではないか。


DenverでPJとともにhouse sitterをしたおうち(PJの大学時代の友達の家なのだが)には庭に小さな桃の木が二本あった。こちらでは夏は桃のシーズンなので、ごらんのように三日に一度は抱えきれないほどの桃を収穫することになる。こちらの桃は日本のような果肉がとろけるような白桃ではなく、もう少しちいさく、酸味があって固い黄桃がメインである。しかしこの大量の桃、とてもふたりでは食べきれない。どうしたものかと考えた結果、パイを焼くことにした。どちらかといえばずっしりタルト派のわたしではあるが、アメリカでは焼き菓子といえばアップルパイに代表されるパイである(タカトシの「チェリーパイ」「欧米か」の懐かしいやり取りを思い出してほしい)。まぁいっちょ焼いてみるかと思い焼いてみたらこれがなんというかほんとうに美味しかった。

しかもこのレシピはかなり応用が効いて、固めの洋梨でもリンゴでも代替可。是非一度、季節のフルーツが大量に安売りされている時に作ってみてください。それからアメリカのパイクラストは日本のパイのようにさくさくほろほろと崩れる折りパイではなく、ガーッとFPをつかって混ぜるだけの練りパイが主流なので、これもらくちん。わたしは固めのざくざくが好きなので、キッシュの生地を使っています。


[フィリング材料]
☆黄桃 小8から10 個 (合せて1.5kgくらい。洋梨なら5, 6個くらい)
☆レモンまたはライム果汁 大1
☆ブラウンシュガー (あればバニラシュガー)70g (アメリカ 1/3 カップ強)
☆白砂糖 70g (なければどちらかの砂糖合せて140g アメリカ2/3カップ強)
☆シナモン、オールスパイス、カルダモンなど好みのスパイス 小1
☆コーンスターチ 大3
☆蜂蜜 大1
☆アーモンドエッセンス(なければ省略可)小1
☆卵 1個
[クラスト材料]
★薄力粉 240g(わたしは全粒粉を使っています)
★バター   140g(わたしは発酵バター: cultured butter を使っています)
★卵 1個
★砂糖 大1
★塩 小1/2
★冷水 30ml

①前日にキッシュの生地のレシピの①から④を参考にして生地を仕込んでおく。二つの丸くて平ためのかたまりにわけてラップできっちり包み、冷蔵庫で一晩寝かせる。
②打ち粉をした台とめん棒でそれぞれのパイ玉をパイ皿の大きさに合わせてのばす。一つはバターを塗り小麦粉をはたいたパイ皿に敷き込んで、もう一つは平たくのばしたまま、どちらも乾燥しないようラップをかぶせて冷蔵庫で保存。オーブンは215℃(420°F)に余熱。(なお、パイ皿に敷き込んだほうは、上に余った部分を左手の親指と人差し指のはらでちいさな「く」の字をつくり、生地の外側にそれをあてがい、右手の人差し指で「く」のくぼみ部分を押し込むようにすると波形ができる。)
③[桃の場合:湯剥き]大鍋に湯を沸かす。桃はお尻に包丁で大きめのX字を入れる。
④湧いたお湯に桃を投入して約2分待つ。湯きりして桃のかわをぴろぴろとはがす。なお、梨やりんごの場合はこの行程は不要。ただ普通に包丁で皮を剥いてください。桃もあまりに固いものの場合は湯剥きがうまくできないので、その場合は諦めて普通に皮を剥いてください。
⑤皮を剥いた果物をスライスしてゆく。固めの洋梨やリンゴの場合とくに薄くスライスすること。このレシピでは下煮をしないので、薄くして(1mmくらい)オーブン内で火が通るようにするのが肝心。レモンないしライム果汁をまぶし、変色をふせぐ。
⑥ブラウンシュガー、白砂糖、スパイス、コンスターチをボウルに入れ、泡立て器でよく混ぜる。
⑦果物に⑥をふりまぶし、果物が完全に⑥でコーティングされるようにまぜる。さらに蜂蜜、アーモンドエッセンスを加え、また混ぜる。
⑧②でパイ皿に敷いた生地の底に溶いた卵を刷毛で塗っていく。余った卵は上に塗るのでとっておく。卵を塗ることでパイがかりっとするが、この行程は省略可。
⑨⑧に⑦をおたまなどですくいいれていく。ボウルにのこった茶色い液体も必ず全て入れること。多すぎるかな、と思っても大丈夫。焼くと多少かさがへります。入れる時に若干中心が盛り上がるようにすると焼いた後に見栄えがいいです。
⑩ここからはいわゆる "latitce crust" といわれる、格子状のクラストの説明。②で冷蔵庫で冷やしてある平らなパイ生地をとりだし、幅1.5cm程度のストリップに切り分ける。全部で10本くらいになるはず。最初に縦になるストリップ(端から1本おきにとっていく)だけをすべて並べ、次に残ったストリップを一本ずつ横に並べ、縦ストリップの上下にくぐらせていく。lattice crustにはいろいろな作り方があり、ネットにもいろいろ載っているのだけれど、Smitten Kitchenというアメリカ人料理ブログのがわかりやすい。言葉ではなかなかうまく説明できないので、これを参考にしてください。
⑪あまったナイフでストリップを切り落とし、指で下のクラストに粘土遊びをするようにくっつけていく。⑧で余った卵液をストリップに刷毛で塗っていく。あればバニラシュガーを上からさらさらと散らしてもよい。
⑫アルミホイルを敷いた天板にのせ、215℃(420°F)のオーブンで20分。185℃(370°F)に下げてさらに30から40分。中の茶色の液体がぽこぽこと吹き上がってクラストにかかるくらいが理想(だから下にはアルミホイルを敷いた方がいいです)。
⑬粗熱がとれたら冷蔵庫で2時間から3時間冷やす。冷やさないとフィリングが固まらないので食べられない。室温に戻して召し上がれ。

ちなみにレシピの写真はさきほど鼻息を粗くして作った洋梨のパイだったのですが、焼き上がる頃にはあらふしぎ、気持ちも穏やかになっておりました。いまちゃんと冷えたのでコーヒーと食べてます。洋梨がまだしゃくしゃくとした食感がのこっていて、とても美味しいです。これで明日もがんばれる気がするよ。

2012年5月7日月曜日

お買い物抄

Baton Rougeというのはいちおうルイジアナのstate capitalなのだが、州都という名前に反してこれがまた逆立ちしても都と呼ぶ事ができない片田舎である。片田舎という風に呼べるようになったのはたぶんここに2年住んで、そろそろこの街を自分の一部としてこの街を認識しはじめて、卑下することに抵抗がなくなったからだと思うのだが、とにかくここは都市ではない。公共交通機関や大きな美術館や単館系の映画館はない。湖はある、大きな空はある。しかし智恵子はBaton Rougeには空はあるがデパートはないと言う。ほんとうのデパートが見たいという。これはあどけないお買い物の話である。



80年代の東京に生まれ90年代の東京に育ち、女家族と女子校の環境で思春期を過ごすとどうなるかって、女はマテリアルガールになる。どのくらいマテリアルガールになるかというと、小学校の時に習っていたバトンの発表会で、麻布十番夏祭りでマドンナのマテリアルガールにあわせて緑のレオタードで踊り狂うくらいマテリアルガールになる(ちなみにこのマドンナの歌とはなかなか縁が切れず、マテリアルガールにのせて乱舞するかの有名な「板尾の嫁」をわたしはやがて地元のスーパーで幾度となく目撃することになる)。別にお金が別段好きなわけではないし、高級ブランドが好きなわけでもないし、物質文明に嫌気をもよおさずに生きいられるわけでもない。だからこそある種のロマンチシズムをかくも美しく拗らせて大学というところにかれこれ12年もやっているわけだけど、困った事にわたしはお洋服が大好きなのである。

何が困ったかというと、大学院生と書いて赤貧と読むくらい大学院生はお金がない。前にも書いたけれども、アメリカの大学院生というのは学校や学部によって差はあれど、大抵はteaching assistantshipというのをもらって実際に学部生に教え、そのお給料で暮らす。LSUは公立大学の英文科の中では業務時間に比べてもらえる額が比較的高く、物価も安いので普通に生きる分には(貯金はできないにしても)まったく支障ないように思える。が、実際に月々支給される額というのは、初めに年額として提示される額を単純に12ヶ月で割ったものではない。教えることによって授業料は免除になるのだけれど、LSUでは諸経費と称されるものを年間2000ドルくらいと大学の健康保険料(これは年600ドルくらい)を支払わなければならないし、毎月の本代も馬鹿にならないし、留学生は税率もアメリカ人とは違うので(これは州によるがわたしの場合は月額200ドルくらい違う)、自由になる月々のお金は雀の涙ほどである。

しかしこれは正直なところなのだが、東京にいたときよりも物質的に困窮しているという実感はほぼない。アメリカにいると(これがNYCとかLAとかだと違うのだろうけれど)そんなにお金を使わないのである。東京に帰ると思うのは、この街にいると常にいたずらに欲が刺激されるということだ。ほとんどそれは性的刺激にも近く、たいしてその気もないのに常に誰かに触られてなんとなくたかまってしまうような感じで、気づけば欲しくもなかったはずのものがつい買い物袋に入っている。東京というのは物質欲の痴漢電車である。当たり前といえば当たり前で、欲望というものが本来的に他者の欲望に対する欲望だとすれば、Baton Rougeの大きな空とlive oakの樹に抱かれた過疎的な環境で他者と隔たって生きていれば、当然に欲は湧かない。今日も元気だご飯がうまい、研究は楽しい、愛に満ちた生活だ。なにをこれ以上望もうか。いやしかし、しかしである。お洋服がほしいのだ。これはもう病気のようなものだと思うのだが、繰り返すがわたしは服というものが好きである。別にわたしはファッションフリークなわけではなくて、ハイブランドの服がほしいとか、エッジーなかっこをしたいとか、そういうわけではないのだけれど、とにかくいろんな服がクローゼットに掛かっているのを見るとそれだけでほぅと桃色吐息が漏れるし、新しい服を買えば延々とひとりファッションショーをする。



ファッションや消費はアイデンティティのパフォーマンスである、という口幅ったい言い方に関しては多少の疑義はあるものの、腹の底ではやっぱりそうだよな、と思わざるをえないところがあるし、少なくともわたしにとってファッションというのは自分の女性性をどう折り合うかという二重の意味で悩ましい問題に深く関わっている。あまり知られていないことだけれど、The Awakening といういわゆるフェミニストクラッシックで有名なKate Chopinという世紀末作家(ルイジアナを舞台にケイジャンやクレオールの人々の生活を描いた牧歌的な作品を多く残しているので彼女の作品はわたしの研究対象でもあるのだけれど)が最も多く作品を発表した雑誌は実はあのVogueである(英文学専攻なら誰でも一度は読んだであろう "The Story of an Hour" もVogueが初出だし、これは1960年代に再発掘されるまで短編集など他の形では出版されていなかった)。Vogueがアメリカで創刊されたのは1892年、当初はNew YorkのFour Hunderedと呼ばれる一握りの上流階級の女たちをターゲットにした雑誌だったのだけれど、当時のVogueのマイクロフィルムを見ると、これがおもしろい。写真は1895年のある月の表紙なのだけれども、下のキャプションでは男女の会話が描かれる。「彼を不幸にしてやりたいの、どうしたらいいかしら」「そいつと結婚するのが一番いいと思うよ」。写真の通り当時のVogueはフェミニニティを全面に押し出したファッションをノームとして提示し続けていたのだが、中身を読むと結婚、出産を女の幸せの絶頂とする言説に対する皮肉(そしてそれに社会的には従わざるをえない自分達に対する自嘲)に満ち満ちている。こんな雑誌だからこそ他の文学誌からはNGをだされつづけたChopinの性描写の多い作品を掲載しつづけたわけだが、Vogue読者たちにとってファッションによって構築されるドラッグ・クイーンばりのover the topな女性性は、社会的な力あるいはファルスへの欲望を隠蔽するためのマスクである。これは今の時代でもおそらくそうだけど、金や権力を持つ女というのはとかく「で、結局のところいい女なの?」という半笑いの攻撃の前にさらされ、その言葉の馬鹿らしさを頭では理解しながらも、たじろぐ。この種の戦略の嫌らしさというのは、それに対する怒りを表せば、ああ怖い怖い、ほんとに女としての魅力にかけるね、とまた半笑いで返されることだ。だからこそ表面的に社会が理想とする女をやってれば、文句はないでしょう、と、ダックテープで股にぶるさがったものをタックして、笑顔のいい女を演じる。そういう時、女にとって女性性とはdragに等しい。



金も権力もないわたしにはポークビッツほどのファルスしかないのだが、それでも、こう言いたくはないがやはり、日本にいるときは正直しんどいなぁと思うこともあった。特に26を過ぎてから留学する前くらいが辛さのピークで、正直結婚焦ってるんでしょ、とか、そんな学歴で嫁の貰い手あるの、とか、まぁそんなことを言われるたびにはらわたを煮えくりかえしながら、そうなの困っちゃう、と目の奥の氷のような冷たさを隠すべくてへぺろで答えたものだ。アメリカに来てほんとに大きく深呼吸ができるように思えたのは、実はこういう経験をしなくて済むというのも大きくて、それは言語的不自由によって短小ファルスさえ去勢されたというだけでなく、ポリティカリーコレクトに敏感な社会がある種上記のような攻撃をすることをがちがちに規制しているので、別段女らしくしていなくても不快な思いをする必要がない、ということに関係していると思う。こと人文系の大学院にいれば、非婚の教授は男女問わず当たり前にいるし、ゲイ率もものすごく高いし、なんというか普通のジェンダーノームに媚びへつらっていると逆にそれは憐れみの対象になりうる(これはこれで問題といえば問題なのだが)。


が、これでわたしのお洋服熱が収まったかと言えば、そうではないところがわたしの業の深さである。前にも書いたがアメリカの大学生というのはおしゃれをしない、というのが多くの留学経験談で聞かれたことで、実際に服装をかまわなくても魅力的な人が男女問わずいるのは確かなのだけれど、その一方で少なくともLSUでは多くのおしゃれ女子を見かける。なにが興味深いかと言えばそれは、やはりファッションというのが権力に関わっているのだな、ということなのだけれど、白人女子(特にソロリティの)の多くがNikeの短パンにTシャツという格好を制服のごとく一様にしているのに反し、黒人女子はほんとうに多彩な服装をする。誤解を恐れずに一般化すれば、これは多分、白人女子はある種の社会的権力を既に階級的にも人種的に得ているので、ファッションによって自己表現をするというノームに対してなんらかの自己規制が働いているのに対し、南部の黒人女子はファッションによって自分が洗練されたテイストに代表される文化的権力および資本を持っていることをある程度誇示したいという切迫感があるのではないかと思う。大学院生もティーチングをしないときは首のよれよれのTシャツにジーンズという格好なのだが、教えるときは男女問わずこれがまたばっちり決める。それはひとつには教師というのがひとに見られる職業だというのにも関係あるのだけれど、同時にそれは新米教師としてのある種の不安を払拭すべく、自分の教師としてのauthorityを服によってパフォームしているのだということでもあるかもしれない。こう考えてみると、ファッションというのは第一に自分がその社会の求める美やノームを知っているという文化的洗練を、第二にはそのノームに対する自分の反応―順応する、崩す、ずらす、あるいは抗う—を、第三にはいかにそれを表現する自分を客観的に見る能力を示すもので、それを自分のものにできている(無視するという形でさえよいのだ)人は「強い」のだと思う。

もちろんわたしはこちらでは圧倒的なマイノリティであり、かつ教師としても割ったらひよこがちょっと形になっててドンびきする有精卵くらいの未熟ものなので、ティーチングをする時には自分の中の自信を最大限に増幅すべく服を選ぶ。こちらでは日本のようなゆるふわファッションというのはまず通用しないので、こちらに来てからクローゼットの総入れ替えを行わねば、ということになったのだが、前述のように赤貧なわたしはそんなに服に投資できない(服よりも本を買うというところにわたしの学者の卵としての良心が垣間見られますね)。それから服を買う場所も実はあまりない。Baton Rougeには(というか多くのアメリカの中小都市には)伊勢丹のようなファッションに特化したデパートというものがない。その代わりにモールはある。モールというのはデパート(Macey'sやDillards、JCPenny)を含む、なんというかすべての買い物ができる巨大なショッピング街のようなもので、ずらりとならんだアーケードに無数の店が軒を連ねている。が、このモール、どうも購買意欲をそそらない。アメリカの服屋というのは(大都市ではないかぎり)ほんとうにいまひとつディスプレイが下手で、常にイトーヨーカドーのごとく大量の服が全ての在庫をぶちまけたかのように置かれているので、日本のデパートで洋服を見た時のような身体の奥が痺れる感覚が起こらない。

それではお金がない女子はどうやってアメリカですてきなお買い物をするのか―オンラインショッピングはその答えの一つである。アメリカでは驚くほどにオンラインショッピングサイトが発達していて、どこのブランドも必ずショッピングサイトを持っていて、それがかなり充実しているし、型落ちのセールもまめに行われていて、多くの場合送料は無料、そして返品も無料である(アメリカはリターン天国なので、気に入らないというだけの理由で返品することは普通である)。しかもオンラインだと一点一点の服がディテールや素材も含め吟味できるので、モールで得られない快感が得られる。スタディ・ブレイクにお茶を飲みながら、ああこれが終わったらこれ買うんだ、と夢を膨らませられる。そういうわけで、というか実はこれが本題だったのだが、以下はお金のない日本人留学生女子のためのショッピングサイトリストである。(余談だがファッション雑誌が100種類もある日本と違い、アメリカではファッション雑誌が極端に少ないのだが、そのかわり意外にファッションブログが発達しているようである。有名どころにはStyle.comThe SartorialistCupcakes and Cashmere などがあるが、その名の通り低価格のおしゃれを謳うBudget Fashionista や学部生のおしゃれに特化したCollege FashionYouTubeのスカーフ巻き方講座で有名になったベトナム系美女Wendy NguenのWendy's Lookbookなどもなかなかおもしろいです。)


言わずとしれたアメリカブランドのアバクロは日本より格段に安い。さすがに今年30なのでもうあまり買わないが、Tシャツやジーンズの形のよさとサイズの豊富さはやはり高く評価できるので姉妹ブランドhollister、ライバルブランドAmerican Eagle(アバクロより安い分質やデザインは多少落ちるが、掘り出し物もある。わたしはここのJegginsというジーンズとレギンスの間の子のスキニーパンツを履き倒している)とともにたまにはチェックする。ちなみに広告はいつも男女が半裸体なので、つくづく広告は商品ではなくイメージを売るものだよな、と思う。


下着ブランドの印象が強いVictoria's Secretだが、実は洋服もけっこうある。下着に関しては、ブラジャーは寄せ上げbombshell系が多く、なんでわざわざ痛い思いをしてない乳盛らにゃあかんのだよと思う貧乳のわたしはまず買うことはないのだけれど、パンツ類はかなりよい。トランクス型からティーバックまで安くてわりと頑丈なものが揃うし、5つで25ドルくらい(ただし巨尻のわたしでXSなので合うサイズのない人も多いかもしれない)。なお、下着で日本人女子にお勧めなのは上記のAmerican Eagleの下着ブランド、Aerieで、小さなサイズからあるし、デザインもドッカンドッカンのアメリカンセクシーではなくかわいらしいものが多い。Vicroria's Secret の洋服は多くのものがアメリカ人の思うセクシーを絵に描いたようなもので、いやさすがにちょっとな、と思うことも多いのだけれど、ドレス(といってもドレスではなくワンピースなのだが、ワンピースは和製英語のようでどこのサイトでもDressesというカテゴリーになっている)に関しては60ドルくらいで値段のわりに質のよいものが手に入るのでパーティ用(といってもパーティというよりは単なる飲み会なのだが、前述のように南部はドレスアップに寛容な地域なのでカジュアル・ややフォーマルを問わずワンピースを着る機会もけっこうある)に何着か持っているし、ティーチングの際に着るドレスシャツやタイトスカートも悪くない。しかし特筆すべきはなんといってもやはり水着。日本で水着を買うと1万円ではすまないが、こちらでは上下合せて50ドル程度でなにより品数が豊富である。


日本だとわりと高めなアンスロポロジーだが、こちらではだいぶ安く手に入る。Victoria's Secretのような服に嫌悪感をしめすアメリカ人大学院女子には圧倒的な人気を誇るブランドである。とはいえやはりその他のブランドに比べるとお高いはお高いので、女子たちは包丁を研いでセールを待つ。わたしはふんわり系があまり似合わないので服を買った事はないが、アクセサリーおよびキッチン用品は大変かわいいのでたまに買う。ほぼ毎日着けている大きなフープピアス(20ドルくらい)と、このブログでもよく出ているお皿たち(ひとつ5ドルくらい)はここのものである。なお店舗も大変かわいらしく、行くと癒される。
追記:College Fashionでよく使われているModClothの洋服はヴィンテージの服に想を得たものが多く、Anthropologieの服が好きな女子達にはけっこううけるのではないかと思う。値段はAnthropologieの半額近くで、店舗を持たない完全オンラインショッピングブランドなのでリターンやエクスチェンジもほぼ無料である。


正直言うと日本にいるときはJ. Crewってなんか冴えないなぁと思って店にも入らず敬遠していたのだが、こちらではGap系列のBanana RepublicAnn Taylorとともにこぎれいな格好をしたい20代後半から30代女性に人気で、実際入ってみると意外にかわいいものが多いし、形もきれいで値段も手頃である。いかにも大学院生らしい格好がしたければJ. Crewを着ておいて大幅に間違うことはない(が、なんだかつまらない気がしてしまいわたしはそんなに買わない―「お得感」にかけるんだもん)。とくにシャツやセーターはなかなかよくて、しかも10ドルくらいでイニシャルをいれることができるのでクリスマスにPJのイニシャル入りセーターをプレゼントした。つまりサイズもアジア人女子から特大アメリカ人男子まで幅広く対応してくれるということだ。



Anthropologie同様、Victoria's Secretのセクシーセクシーアイムセクシーな服に嫌悪を示すアメリカ人大学院生および学部生にものすごく人気である。Hipsterと呼ばれるような人たちのファッションを大衆化させたものがUrban Outfittersだと考えてよく、ほんもののhipsterはUrban Outfittersを馬鹿にしがちだが、けっこうかわいいものも多い。だがわたしは以前買ってみていまひとつ縫製と素材の悪さが気になったのですべてリターンしてしまった。なぜか化粧品ブランドStillaの安売りがよくされていて、Stillaのリップグロスとアイシャドウの質のよさに惚れ込んでいるわたしはたまにそれを買うことがある。ちなみにほかのコスメブランドでお勧めはやはりMACで、日本の半額で買えるのだがスモールアイシャドウの発色のよさは特筆すべきものがあり、茶系ばかり5種類とアイラインをぼかすための黒を1種類持っている。なお、同じhipster系に若干ビッチテイストを足したその名もNasty Gal、さすがに買った事はないのでクオリティのほどはわからないけれども、たまに目を疑うほどかわいいものもある。



日本でもお馴染みのForever 21はアメリカン・ファストファッションの代名詞でとにかく安く、選び様によってはかなりよいものもあるので大学院女子にもファンが多いが、わたしは実はあまり好きではない(やはり縫製および素材が気にかかる)。ただし小物に関しては一定の評価ができ、太いラバーのベルトやヘアアクセサリー、スカーフなど小さなところで服の印象を買えたい場合は大変使える。が、洋服に関しては同じファストファッションブランドで言えばスペイン系のZara、イギリス系のTOPSHOP、北欧系のH&Mの順でクオリティが高く、Forever 21は残念ながらそれよりもだいぶ劣るように思う(ZaraとTOPSHOPはどちらもなかなかよいのだけれど、Zaraのほうが品数は豊富)。どれもアメリカ用のサイトはあり、日本と同じ商品が3割程度安いのだが、もともとのアメリカブランドではないのでリターンなどの点でやや面倒なのが難点である。
追記:日本には入っていないイギリス系のファストファッションブランドASOSは店舗を持たないオンライン専用ショッピングサイトだが、トップス、ドレス、アクセサリー類に至るまで、どれをとっても個人的にはTOPSHOPやZaraより質が高いように思う。値段もかなり抑えめで、H&Mと同じくらい。オンライン専用なのでフリーシッピング&フリーリターンなのもポイントが高い。


Charlotte Russeは日本には入っていないと思うのだけれど、Forever 21同様、とにかく安いし、私見では素材および縫製もForever 21よりも若干よい。どこのモールにもほぼ必ず入っているアメリカブランドで、一度友人に連れられて店舗に入った時はあまりのごった煮感に、うげ、と思ったのだけれど、実は掘り出し物も意外に多い。特にブラウス類はかわいいものが多く、わたしはよくティーチングの時にタイトスカート+ふんわり系ブラウスという組み合わせをするのだが、その際に大変便利である。滅多にしない夜遊び用のキラキラ系トップスも20ドル前後で手に入る。ベルト類も豊富。大人でも着られるものは多いので、もう少し評価されてもよいブランドなんじゃないかと思う。


ターゲットはWalmartよりグレードが若干高いスーパーで、食料品だけではなく家具から生活雑貨、服や靴も揃う。わたしもこちらに来たときは生活のセットアップのために来てくれた友人Yとともに家とターゲットを10往復くらいしたのだけれど(ああその節はほんとうにありがとう、あなたに買ってもらった大きなピロウは今でも愛用してるよ)、いまだにどれもしっかり使えている。靴はけっこう大学院女子の評価が高く、ティーチング用ヒールをここで選ぶ人も多い。服に関して特筆すべきはたまに行われる有名ブランドとのコラボ(ユニクロみたいな)。写真はJason Wuという中国系アメリカ人デザイナーとのコラボレーションもので、本家は失禁するほど高いのだけれど、わたしは真ん中のワンピースを40ドルくらいで買ったのだが、これを来ていると知らない人たちにとにかく誉められるのでテンションがあがる(ちなみにアメリカ人は見ず知らずの他人でも道で服を誉める。南部だけではないと思うのだが、とくに南部にいるとびっくりするほど男女とわず知らない人が服にコメントをくれる)。



靴に関して言えば、PiperlimeShoes.comなどもあるけれど、わたしはなんとなくレビューの豊富なzapposを推している。値段に関係なくフリーシッピング・フリーリターンを謳っているので、靴という大変サイズセンシティブな商品をオンラインで買う際にはありがたい。万年ハイヒール派のわたしにとって、アメリカで靴を選ぶのは至難の業なのだが、TSUBOYOU by CrocsAerosolesIndigo by Clarks の4ブランドはどれも100ドル程度でありながら、ある程度のヒールがありつつ大変にパッディングがしっかりしているので、女子たちの見果てぬ夢である「走れるハイヒール」が実現されうる(女子がこぞってヒールで歩く日本と違い、ハイヒールが特別のオケージョンのための国アメリカでハイヒールを買おうとするとAmy Winehouseいうところの "Fuck me pumps" ばりの10cm以上のヒールが多くてずいぶん困っていたのだが、この四ブランドは5cmから7cmの地に足のついたミディヒールをたくさん出しているのでありがたい)。ちなみにどのブランドも本家のショッピングサイトで買うよりもZapposのほうが安いことが多い。Piperlimeとともに服もなかなか豊富でいろいろなブランドを取り扱っているが、わたしの好きなBCBGとそのセカンドラインBCBGenerationが安く手に入ることもまれにある(なお、セレクションのおしゃれ度に関してはPiperlimeのほうが俄然高く、日本でもわりと有名なRachel ZoeのRachel Zoe Picksなどもある)。



言わずとしれたアマゾンだが、本家アメリカでは日本より断然規模が大きく、本はもちろん家具から食料品、オフィスサプライにおとなのおもちゃまで揃う(最後のは買ったことありませんが、某大学院女子がそう言ってました)。意外に服や靴もあり、一見の価値はある。ちなみにAmazon Studentというのを見過ごしてはならなくて、これに加入すると2-Day Shippingがいつでもただになる。初年度は無料、次年度以下がいくらだったかは忘れたが、本を買いまくるのが仕事の大学院生ならば間違いなくもとがとれる。


さて最後は日本でも建物前のドアマンで有名なBarneys New Yorkとともにアメリカのおしゃれデパートの双璧をなすBloomingdalesのショッピングサイトである。もちろんお値段は張るので、基本的に苦学生のわたしがここで買い物をすることはないのだけれど、去年のクリスマスにカリフォルニアからYという名のサンタクロース女子が一年よくがんばりましたとここで買ったTheoryのセーター(奥さんカシミアですよ)をプレゼントをしてくれたのがきっかけで、たまにチェックして妄想に浸るようになった。VinceJoe'sなど日本のおしゃれ女子も大好きなブランドが勢揃いで目の保養になる(ちなみに詳細は省くがYの涙のがんばりでなぜかわたしはbloomingdalesからただでJoe'sの紫のパンツをただでせしめてしまう事になったのだが、LSUカラーのためこれを履いていると皆笑顔で話しかけてくれる。サンタさんはほんとにいるんだよ)。それになにしろ日本よりはどれもだいぶ安く買えるのでなにか特別なことがあったらここで買い物してもいいんじゃないかと思うんです。特別なことってなんだろうって、まだわかんないんですけど…。


をんなが附属品をだんだん棄てると
どうしてこんなにきれいになるのか。

智恵子も内心、なにいってんだか、と思っていたかもしれない。少なくともわたしにとって附属品は附属品ではなくわたし自身である。そんなわけで、ついに大学はファイナルズウィークに突入。今回はレポートは一本だけ(18世紀末から19世紀末のSentimental Fictionについて)なのだが、後に生徒の最後レポートと試験のグレーディングが控えているので油断はできない。貧乏暇なしとはこのことよ、とほほほ、と思う事もあるけれど、こうやって少しずつお買い物もして、好きな研究ができているので、努力が即座にお金に換算されないのが辛いと思う事もなくはないが結局のところ文句の言えない生活だと思う。あと、そんなわけでお金では苦労しているので今年は帰国の際のお土産は買えないかもしれないんですが、それでも優しく迎えていただけると大変ありがたいです。いやほんと、こんなポスト書いてるのも最近お買い物してないからなんです。

2012年4月7日土曜日

アメリカ南部でアメリカ文学を教えるということ (2)

そんなわけで教師として振る舞うということに関してはさほど意識的にならずに済む環境がすでになぜか最初のクラスでは整いすぎるほどに整っていたのだけれど、それでもちろん話は終わりではない。

Louisianaに留学することを初めに奨学金を出してくれるひとびとに告げた時、Deep Southに行く心の準備はあるのですか、と問われたことを、一年目はよく思い出して、あれは西海岸や東海岸の都市部に居住した経験のあるひとたちが、南部を時代に取り残された他者として思い描いていたにすぎないのかもしれないな、と思っていた。けれど大学街に住み人文系の大学院にいるということは、当然にリベラルな思想の人々に囲まれるということなわけで、深南部に生活してそこここに南部の文化を目にしても、それはまだ南部の一部しか見ていない事だったのだ、と気づいたのも、ティーチングを始めてからのことだった。

もちろん21世紀も10年あまりを過ぎた今日、深南部とはいえおおっぴらに人種差別が横行しているわけではない。学生達は当然に中学高校と、痛いほどにpolitically correctであることとはなにかを学んできている。けれどもあの、南部の政治的文化的保守性という、教科書的な言葉が衝撃をともなって実感される瞬間というのはまぎれもなくあって、そういう時にはブンガクを教える意味、という、いかにも大時代的なテーマが頭をよぎる。それはたとえばNella LarsenのQuicksandという作品を教えた時に、生徒が無邪気に、でもこの主人公の黒人の女の子は、どこのコミュニティにいっても文句を言うばかりで共感できないです、最初に牧師がこの女の子に言ったとおりに、自分が黒人の血を引く存在であることを素直に受け容れて、黒人共同体にいることに満足をすればよかったのに、と言う時であり、たとえば生徒達が口を揃えて、個人の努力と考え方次第で人生というのはなんとかなるのだから、人生に満足できないのは、その個人の責任だと思う、という時である。

なんども、もうなんども書いてきたことではあるけれど、日本にいる時には無自覚にpolitically correctであること、人種的階級的弱者の口を借りて彼らの権利を声高に語ることに対する嫌悪感を覚えていたし、政治で文学が読めるのか、といらだつことも多かった。けれど、こちらに来て文字通り痛感したのは、そうやってある種の文学の政治性をないがしろにできるのは、多くの場合、自分があらゆる特権を知らぬ間にまとってきていたからだったのだと思う。個人の意識で人生がすべてうまくいくのならば、公民権運動もgay marriageの権利獲得運動も、必要はない。けれどそうではないから、個人というのは社会や国家にどんな形であれ包摂された存在であるからこそ、権利獲得のために集団的な運動が必要になる時というのは必ずある。けれどEmersonの個人主義を高らかに歌い上げるエッセイを読んで、これこそがわたしのルーツだと思った、と、そのエッセイが究極的な個人主義の国家にあってコミュニティとはなにかという問題を投げかけていることには気づかずに輝くような笑顔で言う生徒たちを目の前にすると、一瞬、水風船でも顔に投げつけられたかのように、衝撃をうけ、そしてひるみ、この州が極右のSantorumが圧勝する地であることを思い出す。

文学というのは、お金もうまないし、テクノロジーもうまないし、社会のなんの役にもたたないんじゃないの、というのは、文学に携わる人間が、誰に実際に言われるわけでもなくてもほとんどニューロティックに(程度の差はあるとしてもすくなくとも頭の片隅で人生に一度は)問う問題だと思うし、その問いにこうやって飛びついて、いや、文学を教えることにはこんなに意味があるんだ、と安易に答えを出すのには抵抗があるのだけれど、それでもいざ彼らを目の前に、自分がなにがしかのことを言うことができる立場にいることは、心からありがたいことだと思う。わかっているのは、この学生達はそれぞれに真摯に自分の人生を生きてきている、ということであり、人種的にも文化的にも圧倒的に他者であるわたしが、自分の他者性を振りかざして、あなたたち強者は弱者の痛みをわかっていない、と言う事は、どう考えても間違っているということだ。南部に生まれ育ち、その中には、ひいおじいちゃんが南軍で戦ったという子達もいて、自分の生まれ故郷が西海岸、東海岸のリベラルな(そしてマスメディア的には強者である)文化からbackwardな田舎として扱われていることもおそらくは肌身で知っている生徒達に、ただあなたたちは白人だから強いんだ、と舌のもつれる英語でかきくどくのは、どうにも卑怯なことだと思う。けれども、自分に教師という立場が与えられていて、自分がどうみても彼らとは違うバックグラウンドから来ていて、だからこそある種の興味をもってもらえる存在だからこそ、言っておかなければいけないことというのはきっとあるのだとも思う。わたしたちが今学期読んできた小説の主人公達はみんなどこか壊れていて、彼らの選択はどう考えても理解できないことが多々あります、だけど、けっきょく文学を読むっていうことの醍醐味のひとつは、理解できない人間を理解しようとする練習をすることだと思うのです、とはいっても結局は理解できない人ばっかりです、でも、理解ができないときに、この人たちは間違っていると一刀両断に切り捨てる時には、たいていの場合自分がなにか彼らにないなんらかの力を持っているときだと思っていいと思います、それがみなさんよりたった10年ばかりだけれども長く生きてわたしが学んだ事です。それがわたしが最初の学期の最後の授業に笑顔で言えたことであり、臆面もなく自分の道徳をそうして言葉にしたことは、教師一年目だからこその恥はかきすてだったにしても、とりあえずのところはよしとしている。

[Collard Greens with Bacon のレシピ]
久しぶりに書きながら脇汗をかいた恥ずかしいエントリーだったのだけれど、Louisianaという土地を上辺だけではなく、もう少し知る事ができる機会が得られた事はうれしかったので、久々にLouisiana風の料理のレシピを。カラードグリーンというのは左のような菜っ葉で、お店で見かけてもなんか固そうだなぁと(実際ほんとに固い)思って敬遠してきた野菜だったのだけれど、先日南部料理のお店でベーコンと煮たものを食べたらこれがとってもおいしかったので自分でも作ってみた。話はややずれるがKey and Peeleというこちらで人気の黒人のコメディアンのコンビがいるのだけど、彼らの冠番組でふたりの黒人ビジネスマンがHarlemのレストランでどちらが黒人らしいかを競うためにいろいろソウルフードを頼みまくり、ヒートアップしたあげくに最終的には「人足を揚げたものに豆の煮たのををかけてください」という、みたいな、まぁ文字に起こすとアメリカ人の笑いのつぼってなんだろうというようなコントがあり(実際にはビジネスマンである二人が自分が黒人性から離れていることに異様な罪悪感を感じている設定がけっこう効いていて笑った)、その中でももちろん初めに出てくるくらいカラードグリーンはソウルフードの代名詞みたいなものなわけだが、Louisiana風はやっぱりいつものごとくホットソースを効かせたのが特徴です。

☆collard greens ひとたば
☆ベーコン 三枚
☆玉ねぎ ひとつ
☆にんにく ひとかけ
☆お酢(いつものごとくわたしはすし酢なんですが)50cc
☆ブロス 500cc
☆ホットソース(タバスコ)10ふりくらい

①玉ねぎ、にんにくはみじんぎり。ベーコンは1cmくらい。カラードグリーンはまんなかの固い茎を切り取り、くるくると丸めて太めの千切りにする。
②フライパンでゆっくりとベーコンを熱する。脂を溶かすように。
③脂がしっかり出たら、にんにくと玉ねぎをいれて、これもゆっくり炒める。きっちり色づくまで。
④カラードグリーンを投入。最初はかなりかさがあるけれど、炒めているとしんなりしてくる。
⑤お酢を入れて、水分を軽く飛ばす。(みりんをすこしいれてもおいしい)
⑥ブロスを入れて、ふたをして1時間、ほぼ水分がなくなるまで。
⑦仕上げにタバスコをふって、よく混ぜる。ベーコンとブロスの塩気によるけれど、塩味がたりなければ塩こしょうで調味。


Great Gatsbyというのはあまりにもよく出来すぎていて、あまり好きな小説ではなかったのだけれど、教えるためにもう一度よんだらやっぱりよく出来すぎているよ、と思いつつ、最初のページのNickの父親の言葉に—そのアイロニーも含め—力強く線をひかざるを得なかった。"'Whenever you feel like criticizing someone,' he told me, 'just remember that all the people in this world haven't had the advantages you've had." 文学を教えるということは、こういう言葉に素朴にもういちど生徒と一緒に打たれることなのかもしれないな、などと思う。アメリカでアメリカ文学をアメリカ人に教えるというのは、間違いなくわたしの(いってみればお気楽な)人生の中で一番くらいにチャレンジングな経験であるわけだけれど、同時に一番くらいにやってみてよかった経験でもある。先学期の生徒たちからの評価アンケート、うれしくて泣きながら読みました。だからこの山積みのレポートも、なんだかんだ仲間と愚痴をいいながら、笑顔が隠しきれずにまた採点するのだと思う。

アメリカ南部でアメリカ文学を教えるということ (1)

Easterを目前にしてLSUはようやく他の多くの大学からおよそ三週間ほど遅れてSpring Breakに入ったわけだけれど、10日間の春休みは休みとは名ばかりで、大学院生にとってはひらすらお仕事の期間である。コースワークの間は授業のファイナルペーパーのドラフトの締め切りがたいてい休みの後に設定されているのでペーパーライティングで虫の息となるのが定番なのだけれど、今年はそれに加えてわたしの目の前にいま、30本のペーパーが積まれている。そう、今年からはわたしも先生として生徒のレポートのグレーディングをしなければいけないのだ。

アメリカの大学院では(学校や学部によっていろいろ条件は異なるのだけれど)大学院生が実際に学部生を教えることが半ば義務化されている。たいていの場合、Teaching Assistantshipというのを受けると、授業料が免除になったうえにお給料として生活費(ええ最低限のですけれど)が大学から支払われる。Teaching loadは大学によってまちまちなのだが、LSUの英文科では大学院生は(PhD、MFAともに)一学期に一コマ(三時間:週に一時間を三回ないし一時間半を二回)担当すればよいことになっている。英文科の学生はたいてい30人くらいのcompositionのクラス(日本で言うところの小論文なのかな)を持たされるのだけれど、わたしは去年一年はよそからお金をいただいていたので教えることはなく、今年一年ははじめてのteachingだからということで、教授の教える150人のアメリカ文学のクラスのTAをしており、週に二度は教授のレクチャーの補助、実際に生徒を目の前にして教えるのは週に一度だけで済んでいる。

週に一度だけ。週に一度、ただ一時間だけなのだ。しかしこれだけ濃密な一時間をわたしはこれまでの人生で他に知らない。もともとわたしは英語が流暢に話せるわけでもなんでもない。こちらに来て一年を経た頃には、一対一のコミュニケーションや授業でのディスカッションは形ばかりだとしてもなんとかこなせるようになってはいたのだけれど、ひとクラスのアメリカ人を目の前にアメリカ文学について英語で話し、生徒にディスカッションをさせるというのは、話が別である。個人的な会話やディスカッションでは、多少言葉がみつからないことがあろうが、話しながら英語の森に迷って出てこられなくなろうが、結局のところアイディアがおもしろければ拾ってもらえるし、ああ外国人なのにがんばっているね、と最終的にはあたたかい目で見守ってきてもらっていた。けれど教師であるということは、コミュニケーションの責任を負うことであり、それまで享受してきた社会的弱者としての特権に対する甘えが許されないということでもある。障害物競争のハードルが一気に背面跳びのバーに変わったようなものだ。

去年の8月、初めて教壇に立った日のあの戦慄は今でもけして忘れることができない。アジアから来たとおぼしき妙な英語を話すこのひとが、ああ、先生なのか、と思ってきょとんとしている30人の学部生を前に、満面の笑顔でかみしめるように自己紹介をしながら、9cmヒールのパンプスに脇の下から一滴、また一滴と汗がしたたり落ちるのをなんの誇張でもなくわたしははっきりと感じていた。アメリカの学生というのは隙あらば教師にクレームをつけて成績をあげさせようとする、というのがティーチングのトレーニングで言われた事のひとつでもあったので、とにかくなめられてはならない、教師としての立場は死守しなければならないと身を固くしていたのが最初の数週間だった。が、驚くほどにその緊張は杞憂に終わった。アメリカの学生—というかこれはおそらく保守的な南部特有のことなのかもしれないが—は教壇に立っている存在はすべからく敬うべしという教育を施されているのか、なんというか日本でわたしが見ていた(自分を含め)すれっからした学生とはだいぶ違い、なんとも素直にわたしの話をうんうんとうなずきながら聞き、なにか訊ねれば口早にYes Ma'amと言ってから答え、ディスカッションでは矢継ぎ早に手を上げて発言する。まるで軍隊さながらではないか。

2011年5月14日土曜日

Done and Done



2011年5月14日土曜日朝8時45分
3本のレポートが仕上がり
わたしのアメリカでのfirst academic yearが無事に終わりました

また近々書きますがとりあえずいま言えるのは
日本にいたときよりも数百倍忙しかったのに
深刻に体調を崩さなかったことがなによりの達成だということ
アメリカ来て、よかったな、とまだ心底思えることが心からありがたいということ

うん

「わたし今、気分爽快だよ」


2011年2月25日金曜日

バスケットは、お好きですか?

説明は不要かとは思うが、タイトルから察せられるとおりわたしはスラムダンク世代である。で、実際のバスケットボールが競技として好きかっていうと、大学入試前に高校の体育の授業でチェストパスを受け損ない骨折するくらい球技が苦手なわたしのことである、スポーツ観戦一般に言えることではあるが、別段興味はなかった。

だが、わたしのアパートは大学のバスケットボールスタジアムの目の前にある。そしてわたしの彼はアメリカ人である。うちでごはんを食べると、ねぇねぇちょっとパソコン見せて、と言ってかちゃかちゃなんか検索してるなと思うと、あ、いま試合やってる。おなかいっぱいだから散歩がてらに観に行こう、みたいな感じでしばしば試合に連れて行かれることになる。

LSUは基本的にスポーツに対する投資が半端ではない。特にフットボールに関しては、ギリシャのコロセウムをドラえもんのライトででかくしたみたいなみたいな巨大なフットボールスタジアム(10万人収容)があるくらいで、実際けっこう強い。最近では2007年に全米チャンピオンになって、その後コーチが代わって不振が続いてたそうだが、今年はわりと成績も悪くなくて、ベスト8に入ったようだ。だがその分、チケットはとりづらくて(定価10ドルくらいのチケットが100ドルくらいで売られている)、しかもコースワークのまっただ中、3時間もフットボール観戦なんてできませんよ、ということで今年は観戦に行かなかった。が、バスケットボールはここ何十年と成績の低迷が続いているせいであまり人気がないため、試合中盤になるとチケットもなにも持たずふらっと行ってもチケットなしで入れてしまう。

そんなわけで最初はなんの期待もなしに渋々ついていっただけだったのだが、これがまぁ、すごいのである。なにがすごいって、大学生の試合で普通にダンクとかアリウープとかまったくもってスラムダンクの世界が展開され、おまけに空いてるからとことこと階段をおりて3列目とかで見られてしまうのだ。これにはさすがに無関心でいられるわけもなく、今シーズンはなんだかんだで6試合も観に行ったのだった。いやほんと、ほんとにほんとにほんとにすごい。特に黒人選手の肉体と動きというのは、普段教室で、異人種にプリミティブな力を見いだすのはいかがなものかというPC的アカデミックディスコースの中にいるのを忘れるほど、いや、もう、なんかやっぱり人種によって遺伝子って違うんだなぁと思わずしみじみとほれぼれしてしまう。

写真はこれまた眼福のチアリーダー。今日はたまたまブロンドちゃんが目の前ではじけてくれたのでこの写真だが、近くで見るとけっこういろんなタイプがいて、ハーフタイムはもちろん、タイムアウトの度に思い切り目の前で踊ってくれるのでなんかもう、アメリカ万歳の気分である。しかも今日は、入った時は7-22で負けていたというのに最終的には延長で勝つというドラマチック具合で、ほんと、あきらめたらそこで試合終了ですよ、という安西先生の言葉が心に沁みて本気で感涙しかけた。

というわけで答えは、「大好きです。今度は嘘じゃないっす。」おたくですみません。

                             

2011年2月22日火曜日

Dracula

ここ最近、前述のVictoria朝文学の授業で、Bram Stoker の Dracula (1897) を読んでいたのだが、これがめっぽう面白い。

以前New Orleansについてのポストでも触れたが、アメリカにおけるvampire人気はけっこう凄まじい。映画Twilight Saga、テレビシリーズ True Blood (なお、両方とも撮影はわが町Baton Rougeで行われた、というか今も最新のTwilight Sagaの撮影が行われている)は言うまでもないが、StokerのDraculanには数えきれないくらいの映画のアダプテーションがあるし、vampireもののライトノベル(という呼び名が英語にないのがもどかしい)、アニメ、ゲームなどなど、vampire産業の発展はとどまるところを知らない。が、なにせsimulacraの国日本から来ましたわたくし、あらあらアメリカにもそんな文化があるのね、微笑ましいこと、でも日本のオタク文化には及びませんことよ、みたいな感じで、正直、特別な興味はなかった。

 が、いざ読み始めてみると、なるほど納得の面白さ加減で、ひさしぶりにワクワクテカテカしながら読み切った。Stokerはいちおうれっきとしたプロの作家なのだが(ちなみにStokerはIreland出身のエリートで、かのOscar WildeとともにTrinity Collegeに通い、文武両道に優れた生徒会長みたいなものをつとめ、後にはWildeの許婚を奪い取ったりしている)、小説としてのinner logicはけっこうはちゃめちゃで、おいおいさっきまでの記述と食い違うよそれ、というような瞬間がけっこうあるのだが、それでも(むしろそれゆえ、に近いのだけど)とにかくぐいぐいと読ませる勢いがある。というか要は本人がほとんど勢いだけで書いてるので、ある意味でauthorial controlの行き届いていない、無意識丸出し感が強い。しかし作者の無意識が丸出しになっているだけならそんなものは単なる自慰文学にすぎないのだけれど、Draculaのすごいところは作者の無意識が時代の無意識とみごとに混じりあってur-fantasyを作りあげているところなのだと思う。もちろんGothicというジャンル自体、この作品をrealism小説として読むことを不可能にしていて、だから多くの批評は作品の描写をsymbolicあるいはmetaphoricalなものとして捉え、作品の起源にある欲望を特定しようとするわけなのだが、作品自体(そしてDracula伯爵の造形も)があらゆる「他者(性的他者、人種的他者、階級的他者、その他いろいろ)性」をごたまぜにして一つにまとめているもので、なんらかの単一的な欲望を措定しようとする批評的目論見はたいてい頓挫させられる。が、頓挫させられると知りつつ、批評的欲望をいかんなくそそるのがこの作品の名作たるゆえんである。

特にsexuality関連の批評の数は、たぶん他のどんなメジャーな英語圏文学作品より多いのではないかと思うし、実際この作品について語る時、性に関する言及を100%避けることは不可能ではないにしても、極めて難しい。というのも、Draculaという作品自体がDracula伯爵の生殖活動/reproductionを巡る物語だからなのだが、この伯爵の生殖活動(相手の血を啜る、自分の血を送り込む)の描写が極めて「性的」なのである。が、あえて括弧に括って「性的」というのはむろん、それが果たして我々がなにをもってある行為を「性的」と見なすかに関わってくるからで、Draculaという作品の倒錯性とそれが読者にもたらす快楽は「性的」とはなんであるか、というのことを常に問いかけてくる。作品が書かれた19世紀後半というのはsexualityが言説化された時代で、それまでは単なる行為にすぎなかった「性」が、科学的、社会的、法的言説として整備され、知の対象としてsexualityというアイデンティティカテゴリーを形成するようになった、というのがFoucaultの説なのだけれど、Draculaにおける「性」の乱れはまさにこの時代のsexuality言説強化の動きと密接にかかわり合っている。

そんなわけでこの間は授業でこの作品に関してプレゼンをした。Draculaという作品自体を、無制限に自分のコピーを再生産する伯爵の肉体とのアナロジーで捉え、この作品を分析欲望を無制限に再生産する身体として論じたのだけど、タイトルは "Anal/ytic Desire: Fear and Lure of Non-genital Reproduction of Dracula"で、これがけっこうウケた。 FoucaultはThe History of Sexuality の中で、西洋社会の性にまつわるモードをscientia sexualis (science of sexuality)、東洋社会の性にまつわるモードをars erotica (erotic art)と命名していて(このFoucaultのオリエンタリズムはそれだけでもけっこうおもしろいのだが)、後者が性行為の快楽そのものの多寡に関わる知識の集積を目指すもの(カーマスートラ的な)であるのに対して、前者は性を科学的にカテゴライズしコントロールすることを目指す、としているのだけど、おもしろいことにFoucaultは、scientia sexualisというのは実は、西洋的なars eroticaの変異であって、性を言説化すること自体に性的快楽が宿る、という可能性をちらっと示唆している。そんなFoucaultに乗っかってわたしもDraculaという作品を巡る分析欲望(Analytic Desire)自体が性的欲望に備給されていて、Draculaの性について公に語ること自体が、性器結合から逸脱した性的満足(Anal/ytic pleasure)を生産している、というような論旨の発表をしてars eroticaの国から来た人の面目躍如を目指したのだが、そんな中、ここぞとばかりanalとかanusとか大声で連発して、ああすっきりした、というそんなわたしの満足が性的なものではないと、誰が言えようか。

2011年2月10日木曜日

Epistemology of the Closet

いちおう、前回の続きで、セクシュアリティの授業の話である。

Eve SedgwickのEpistemology of the Closet (『クローゼットの認識論』)、実は大学に入った時に目を通した覚えがあるのだが、Judith ButlerのGender Trouble同様(実際この2冊の刊行年は同じ90年で、邦訳も両者ともに99年)、ガチガチの構築主義で直感にあまりにも反するというか、なんかなぁ、という感じでほっておいたのであった。本質主義と構築主義というのは、誤解を恐れずひらたく言えば本質主義が「社会的なものは自然なもの(=本質)を反映している」という立場をとり、ある概念、カテゴリーに対しそれに固有な普遍的特徴を与える一方、構築主義は「自然とされているものは社会的に自然に見えるように構築されているにすぎない」という立場をとる、というようにとりあえず説明される。たとえばButlerのGender Troubleは、これも恐ろしく雑駁にいえば「自然な二項対立」の最たるものとされる「男と女」という生物学的カテゴリーでさえ、gender同様、社会的に構築された恣意的な区分だとに主張するわけである。Butlerのこの主張自体についてはもう少し考える必要があるが、とりあえず言えるのは、まぁ読んだ当初の感想は当たり前といえば当たり前で、Butler的に言えば「直感に反する」の「直感」が社会的構築物なんだからそんなの当然だ、当然にバイアスがかかっているのだ、ということになるし、それは正しいような気がする。

で、今回セクシュアリティの授業(授業タイトルはEtiology of Sexualityという)で改めてSedgwick を読んだわけだが、Sedgwickの場合、標的となる「自然な二項対立」はhomosexual/ heterosexualである。Sexual object choice (ある主体が性欲望の対象とする性)によってセクシュアリティをばっさりと二分割し、あたかもそれ以外の区分軸が存在しないかのようにその分類を規範化することの恣意性をSedgwickは指摘し、この強引な二分化の下で(二分化が「自然」でないからこそ)いかにheterosexualityが自らをhomosexualityから切り離し、homosexualityをstigmatizeすることで自己規定を行ってきたかを示す。この二分化がはっきりなされたのは19世紀半ば(Foucaultによれば1870年代)であって、それまで同性間の性関係はあくまで「行為」にすぎなかったのが、これ以降同性間で性行為を行う者にはhomosexualというアイデンティティが与えられることになった、とするSedgwickは、近代において男性は常に自分のheterosexualityを証だてるよう迫られてきたのだと主張する(ちなみにHenry Jamesの傑作短編 "The Beast in the Jungle" を強制的異性愛の軸で分析した第四章はほんとに美しくて泣ける)。

初めて読んでから10年になるわけだが、そりゃ10年前に読んでなにがわかるでもないよな、と思うのは脳みそ的な成長もさることながら、やっぱりいい意味で年をとったということなのだと思う。よく言えば花盛りわるく言えば発情期の18の女子大生に強制的異性愛がどうこう言っても、だってアイラビュー恋をしようよイエィイエィなわけで、馬の耳になんとやらである。別にイデオロギーから自由になったなどというつもりは毛頭なく、強制的異性愛というターム自体いまやアカデミア的イデオロギーの産物のひとつであるわけなのだけど、Sedgwickを読んで、ついつい自分の来し方行く末に思いを馳せてしまいながらしみじみと思うのは、hetero/homo binary自体の恣意性もさることながら、romantic love ideologyというのは罪なものだよなぁということで、同性異性に関わらず恋人や伴侶がいないと人間失格みたいな風潮はほんとにどうにかならないもんか、と思うのだった(そしてかの教授の博論のテーマはcelibacy、つまりこれまで抑圧されたhomosexualityとされてきた独身生活/非性交的生活をひとつのsexualityとして捉えるというものなのだった)。

脱線になるが、同時にSedgwickみたいな理論家が出てくるのはやっぱりアメリカだからなのかなぁと思うのは、こっちにきて初めて男性にかかる異性愛プレッシャーの強さを肌で感じたからなのかもしれない。日本とアメリカという対照で面白いのは、genderとsexualityの縛りの強さの差だったりする。gender的に言えば日本のほうが縛りがきついというか、男は男の役割を女は女の役割をきちんと演じることが日常レベルでわりと常に要求されるのに対して、アメリカでは60年代以降そういうgender roleはどんどん失われており、例えば私たちくらいの世代(あるいはもう、その親の世代でもそうなんだけど)になると専業主婦は絶滅危惧種というか、「お母さんが料理(というか家事全般)をする」というコンセプトも廃れ、いやな言い方をすればママの味は冷凍ピザということも珍しくないし、そのかわり男性にかかる「大黒柱」としてのプレッシャーも比較的小さい。大学院生を見ていてもそれはけっこう明らかで、女の学生が結婚している場合、遠い地の大学院に通うことになったら旦那さんが一緒に引っ越してその地で仕事を探しながら家事をする、というような例も多く、少なくともわたしの学年の英文科の女子8人のうちなんとも3人がこのケースに当てはまる(もちろんアメリカの大学院が大学院生にTAのポジションを与えて月15万くらい稼げるシステムだから可能なのだけど)。

が、そのようにgenderに関してはある意味ユートピアみたいなアメリカ、惜しむらくはsexualityにおける規範の強さで、その点日本はsexualityに関してはありがたいことに縛りがゆるい。どういうことかというと、アメリカのsexualityというのはどうにもpenetration orientedというか、いわゆる普通の(こっちでいうと"vanilla"な)セックスの支配力が強大なのだが、その点は日本チャチャチャ、日本人のセックス観というのは比較的多くのvariationを許すのである。わたしの日本でのアメリカ人の友人が「日本人は全員変態だ」というのが至言を残したのだが(ちなみにこの友人、以前書いた「日本人には愛がない」を発した人で、この二つの発言はアメリカにおける「愛」と「性器中心的なセックス」の緊密な関係を示している)、いろんな意味で日本人はfetishisticであり、男女の性器結合そのものよりむしろその周縁(遥か果ての周縁にまで)にこそエロスを見いだすという風に彼は言っていたのだが、乱暴な一般化を恐れずにいえば、うん、それは全く正しい。で、アメリカ的genital orientedなセックスが何を生み出すかというと、男は常に固いイチモツにより自らの性の規範性を示さなければいけないというようなプレッシャーなわけで、だからこそバイアグラがこんなに流行るのだろう。Gay、lesbian、bisexualを初めtransexual、transgender、transvestiteその他もろもろいろいろなsexual minorityが力を持つアメリカは日本よりも性的に開放的であるというイメージが強いし(モザイクもないしね)、政治的に言えばまったくそのとおりで、日本のsexual minorityがアメリカより遥かに肩身の狭い思いをしているというのも事実ではある。が、アメリカの"sexual minority" が自らのsexualityを明確なidentityとして定義し、コミュニティを形成するのは、実はそうやってはっきり白黒つけることが求められるほどに強制的異性愛のプレッシャーが強いことの裏返しでもある。日本だともうちょっと「スタンダードなセックス」の幅が広いので、ある程度の性的偏向を持っていてもmajorityでいることができる…気がする。

いつものとおり話が脱線したまま長文になってきたのでこの辺でとりあえず終わるが、さて、sexualityがidentityの主要構成要素となり、sexual minorityが "sexual minority" としてのidentityを持つというのは、それによってある種の政治的社会的権利を獲得しうるという美点は間違いなくあるにしても、ある意味では自分がどのようなsexualityを有するかというのがことほどさように社会的に問題化されているということの証左でもあり(たとえば「牛より豚が好き」はidentityにはならないわけで)、べつに単なる好みなんだからいちいち宣言するほどのことじゃないじゃないですか、という緩さを社会が許さないということでもある気がする。べつに「カミングアウト」の意義を貶めるわけではないのだが、自らをgayであるとidentifyしそれを社会に対して表明することは、ある意味ではhetero/homo binaryによる社会構成を一度受け容れることであるわけだから、「カムアウトしない」という行為自体にもそれなりの政治的意義はあるのではないかな、などと思うわけだ。

そんなわけでわたしは自分のsexualityに関しては当分何者としてもカムアウトしません。牛より豚が好きだけど!でも牛も煮こめば美味しいし!というわけで、もう、なにがなんだかわかんないけどとりあえずアップ。

我片思うゆえに我あり

さて、新学期がはじまった。前学期で少しは慣れたかと思いきやどっこい以前に輪をかけてリーディングの量が多く、相変わらず自転車操業の日々である。しかもなんというのだろう、前学期は(どこかで書いたと思うのだが)英語環境における自分のvulnerabilityのようなものをほぼ全面的に心地よいものとして受け容れられていたのだが、結局のところどうもわたしはphallic woman以外の何者でもないということなのか、今学期はやけに去勢感が強く、言語で環境をコントロールできないという状況に涙する日々であった。前学期の終わりには割に普通にディスカッションにも入り込めていたのに、今学期の初めはどうにも割り込めない。自らを強引にねじ込めるでかいファルスがほしい。

というような状況が一週間ほど続き、国に帰りたい、とここ七ヶ月で初めて思ってしょぼくれて廊下を歩いていたら、今学期とっているセクシュアリティの授業の先生にばったり出くわした。Queer Studies枠で去年LSUに入ってきたばかりの若い先生(メガネをかけたテディベアみたいな風貌で、ハリーポッターみたいなコートを着ている)なのだが、この人が本当にもう、なんというか、仏のように優しい。挨拶したら「元気?オフィスに寄ってったら?」みたいな感じであれよあれよという間にオフィスに連れ込まれ世間話をする。途中、彼の仲のよい女性教授が訪れるも、「いまもっと大事な用事があるから!あとでねあとで!」とか言ってわたしとしょうもない話を続けてくれる。で、なかなかディスカッションに割り込めなくてすみません、と本題に入ると、真面目な顔になり、アメリカで研究を続けて行くにはやっぱり自分の研究のいいところをプッシュできないとだめだから、しゃべる練習はしなくちゃね。たくさんいいアイディアを持ってるのはわかってるんだから!来週からはどんどん当ててくよ!とにこにこ笑顔で言う。

翌週、実際授業になるとこの先生、わたしの表情をほんとによく見ていてくれていて、わたしがしゃべりたい時に話をすっと振ってくれる。あ、しゃべれるじゃん、と思って安心すると、なぜか彼がお母さんみたいな顔でうんうんうんうんうんとうなずいており、いつの間にか話をさらに広げてくれている。そんなこんなで、ああ、今日はなんか調子が取り戻せた、としみじみしながら廊下を歩いているとまた先生に出くわし、「今日はほんとにありがとうね、すごく、すごくよかった」みたいなことを言ってくれる。そんなこんなで今日は三週目だったのだか、なんとかディスカッションに入り込めて授業も無事終わり、帰ろうとすると雨が降っていることに気づき、まぁでも歩いて5分だしなんとかなるか、と思っていたら、また先生に出くわす。「雨すごいよ!車のってきなさい!5分でもダメダメ!」みたいな感じで家まで送ってもらう。

さて、こんな風にされたら恋するしかないじゃないかとおもうのだが、Queer Studiesの教授ということから予想されるとおり、我々は性指向的に交わらない運命にある。しかし、なんというか、ふと思ったのだけど、他人にこういう形で優しくされた経験はわたしの人生になかったようかもしれない。当たり前といえば当たり前で、日本ではこういう風に絶対的に弱い立場に立ったことがなかったということなのかもしれないし、それに一時的にどうしようもなくなった時、友人、もちろん友人はかけがえなく、いつでも無限と思えるものを与えてくれる。が、ある意味で友人関係というのは互恵性の上になりたっている(それがたとえ対称的なgive and takeではなくても)わけで、機が熟せばわたしも惜しみなく与えうると思っているが故に、相手の優しさを素直に受け容れることができるのだろう。しかしまぁなんというか、ほんとにこういう風に、ある意味なんの関係もないのにひとに優しくできるって、どういうことなんだろう、となんだかしみじみ考えさせられる。それはたとえばマイノリティ同志の連帯、ということなのかもしれず、たとえばアメリカに来てつくづく感じたのは、アフリカンアメリカンの人々がやけにアジア人であるわたしに優しいということで(もちろん例外はある)、ゲイの彼がアジア人であるわたしに同様のマイノリティ連帯感で優しくしてくれているという可能性もある。が、どうもこの説明もしっくりこない。あの人の優しさはいったいどこからくるのか。わたしはあの人みたいになりたい。

などと悶々と考えていたら深夜二時を回った。ただでさえ貴重な睡眠時間なのに眠れないのは困るので、せめてここに思いの丈を綴っておくことにした。この思いをなんと名付ければよいのか。やっぱり片思いか。まいったなもう。

※ちなみに写真は「我アウトするゆえに我あり」なのだがこのアウトはもちろんcoming outを指す。

2011年1月24日月曜日

あわわわわ

今学期はコースワークのリクワイアメントの関係上、ヴィクトリア朝の文学の授業をとっているのだが、この授業の先生、お若く見目麗しい男性なのだが(ちくしょうそんなことはどうでもいいのだ)とにかく授業のためにブログを開設し、そこにリーディング・アサインメントに対するレスポンスを書けという。それだけなら全然いいのだが、このブログをやっているBloggerというGoogleのブログメーカーをその授業ブログでも使っているので(そしてgmailのアカウントを通して投稿することになっているので)、このブログのわたしのアカウントとどうしてもリンクしてしまう。プロフィールを閲覧できるように設定すると、「あたいの夏休み」という、彼らアメリカ人にとっては文字通り意味不明な文字列が出てきて、そこをクリックするとこのブログに飛んでしまう。日本語なんだからいいじゃないかという話なんだが、ところどころに英語も混じってるし、こないだはfacebookのわたしのページに友人が日本語で書き込んだコメントを翻訳ソフトで翻訳しようとした輩もいたので、肝っ玉のちいさいわたしは耐えられない。プロフィールを非公開にすればいい話なのだが、そして今現在そうしているのだが、10人いる受講者の中でプロフィール非公開にしているのはわたしだけという状況。明らかに変なアジア人だ。また秘密のアルカイックスマイルで通すしかないじゃないか。ちなみに画像はEngland's Other Others(ヴィクトリア朝における、他者は他者でも「白人」他者の授業)と題されたおしゃれなブログのトップ画像。やだもう、先生ってばおしゃれすぎ。いやいやそうじゃない、若い先生って熱心過ぎてこういうことが起こるから困る。しかもこれまでアカウント名をうちの猫の名前でやってたもんだから、最初にサインインしたら「Nell」とかでて、誰この人状態。もうほんと、羞恥プレイもほどほどにしてくれよ。

2011年1月22日土曜日

薬考

さて、新学期がはじまり、ひとしきり友人とハグなどを交わしていると、友人のひとりが煙草をやめたんだと言う。へぇ、そうかわたし相変わらずニコレットがやめられなくて、いつ止めたの?と言うと、12月末くらいにanti-depressantを飲み始めたんだけどこれが禁煙に効くんだよ、試してみたら?ととびきりの笑顔で言われた。

日本でだって精神科(という名前がまずなんかあれだけど)とか心療内科とかは90年代以降ポピュラーになってきて(ちょうど「癒し」が流行語になったあたりと重なるような気がする)、昔のようにかかってるだけでstigmatizeされるということも比較的少なくなって薬で鬱治療する人も増えているように思うわけだが、しかしやはりアメリカ人の薬に対する天衣無縫さというのには驚かされる。わたし自身、けっこう病院にかかるタイプなので薬に対する抵抗というのは少なく、それこそ気分がどうしてもコントロールできない時にぽいっと薬を飲むことだってあるわけなので、さしてかわりはないといえばないのだが、それでもこんなにうららかに「抗鬱剤が禁煙に効くんだ♥」とは言えないだろうと思うのは、根本的には薬というのは(とくに精神科系の薬)あくまで対症療法であって治療効果はあまりのぞめないという、正しいかどうかはともかくもそんな認識があって、それでなんか薬を飲むことにどこか罪悪感があるからのような気がする。

とにかくself-control というのが信条の国だからだろうか、アメリカ人は心身的問題が起きたときにそれを薬でコントロールするということに日本人より抵抗がない、というかむしろそれをよしとする気があるようなないような(どこまでをセルフとするかというのは微妙な問題で、わたしなんか薬を飲むことが果たして「セルフ」コントロールなのかどうかわからなくてためらっちゃうんだが)。時間帯にもよるが、わりと大手テレビチャンネルでピル(しかも生理を三ヶ月に一回にするような)とかバイアグラめいたもののCMが流れるのはけっこうよくあるし、もちろんバイアグラそのものの普及率も高い。たしか初期バイアグラのCMには誰だったか、共和党の元副大統領がでていて、「この薬のおかげでまた妻に愛を伝えられるようになりました、ありがとうバイアグラ」とかそんなコピーを口にしていたというような話も聞く。最近はparty drugと一緒にバイアグラを飲むのが若者の間で流行っているようで、ナニが止まらなくて病院に駆け込むというような例も増えているとかなんとか。

話がナニよりに傾いたが、とにかくアメリカ人の薬に対する抵抗のなさというか薬に対する信頼というか、は、どこか Brave New World (Aldous Huxley の1930年代のSFなのだが、ドラッグによる社会コントロールの話で、作者の来歴とか時代背景とかいろんな意味でけっこうおもしろいのだ)を思い出させるものがある。もちろんケミカルなものを嫌う人々は薬は飲まないのだけど、そのかわりにhomeopathy系の薬というかタブレットが普通にWholefoodsに置いてあったりするわけだし、あとは薬というよりはドラッグに近い話だが、大麻の普及率の高さには目を見張るものがある。南部だからなのかアメリカだからなのかわからないけど、普通にバーなどでとくに秘密めいた感じもなく平和そうにジョイントを吸っている人を見かけるし、英文科でも実はまだけっこう使用率は高いようだ(まだ、というのはなんか大麻というのはちょっとold schoolな感じがするというか、ヒッピー的な香りがするからなのだけど)。ある友人のMFAの男の子(彼氏のルームメイトなのだが)はとても温厚でなんというかまじめそうなヴェジタリアンでアルコールさえ飲まないのだけど、趣味がケーキとかクッキーとかを焼くことだということで、わたしはその彼とお菓子作りの話に花を咲かせていたのだけど、どうも彼が作っているのは(ほぼ必ず)マリワナ入りのケーキやらクッキーやらのようで、レシピについて話していると、まずバターで大麻をいためて成分を溶かし出すでしょ、という過程がかならずある。普通にパイプで吸うのの何倍かの効果らしく、この間は彼氏の友達が空腹時に普通のブラウニーと間違って彼の特製ブラウニー食べて、そのときはよかったんだが数時間後にレストランでごはんを食べている際にブラックアウトしてしまい(ほんとに白目を向いて倒れた)、事情を察した彼氏は救急車を呼ぶこともできず必死で友人を介抱し、彼を肩に担いで帰ってからそのMFAの男の子を死ぬほど叱りつけていた。

なんのこっちゃわからなくなってきたが、だいぶ身も心もアメリカナイズされたとはいえ、脆弱な身体ゆえ、身体に入れるものについては重々用心しているので彼のブラウニーは食べていない。だいたいわたしなんかカモミールのハーブティー飲んだだけで寝ちゃうんだからそんなもん食べたらどうなるかわからない。今学期も薬をあまり飲むことなく、健康でいられますように。あ、これが達磨のお願いかなぁ。

2010年12月4日土曜日

すーぷの薄さが身にしみる

こちらの大学院の忙しさには慣れたとはいえ、やはり一度に三本のレポートを2週間で仕上げるというのはさすがにしんどい。どだいそんなの無理なんだからクオリティなど考えずただ字数を埋めるものだと言うアメリカ人もいるが、どの授業でもファイナルの前に必ずラフドラフトを提出してそれに教授がコメント(ある教授など、ペーパーへの書き込みの他にレターサイズの紙2枚分のコメントと、さらには関係するであろう論文数本—ちなみにFredric Jameson "Culture and Finance Capital" はほんとに読んでよかった—とさらにGeorg SimmelのThe Philosphy of Moneyをメールボックスに突っ込んでおいてくれた)をくれるので、適当に仕上げるというのはなんだかどうにもできない。忙しすぎて現実逃避がしたくなり、なぜか無性にベルばらが読みたくなったのでネットで探していたらベルばらかるたなるものが発売されていた。

わたしの最近の食生活を言い当ててくれた一枚。料理する暇がついになくなった。バスティーユの白旗がいまだに見えない。

2010年8月30日月曜日

ωππ


秋学期が始まって一週間が経過した。学校生活についてはまた改めて書くことがたくさんあるのだけれども、今日はとりあえず別の話。

この時期のアメリカの大学というのは日本の大学の4月に相当するわけで、とにかく学部生達がきゃぴきゃぴしている。しかもわたしの通っているLSUというのはなんというかな、昔は全米で10本の指に入るパーティ・カレッジだったらしく、いまなおその華やかなる面影をどこか残している。男女ともに目に優しい。アメリカに来る前、お洋服をパッキングしようとしていたら「そんな服を着る機会はまずない、基本的にみんな寝間着だから」「スカートなんて履いてようものなら犯される」といろいろな人にアドバイスをもらったのだが、ところがどっこい、LSUの学生はけっこうイケイケなのであった。特に黒人女子はスーパーイケイケ。原色のワンピを身にまといキャンパスを闊歩してたりする。ひゅうひゅう。

とはいえ、女子学生の6割くらいはTシャツに短パン(ただし半ケツしそうな丈…なのだがアメリカ人はケツがかなり高い位置についているので半ケツはしません)にビーサン(アメリカではflip-flopと呼ぶ)が基本なのだけれども、最近どうもそのTシャツに異変がある。みんなの胸にギリシャ文字が並んでいる。φμとかκδとか。なにごとだ、Abercrombieはどうした。

友人に話を聞いてわかったのだが、どうやらこれはソロリティというものらしい。なんと、ソロリティ。池田理代子の隠れた名作『おにいさまへ…』(必読)は青蘭学園高等部の女子連が一ノ宮蕗子さま率いるソロリティという見目麗しく血統正しい女子しか入れないグループに入るためにしのぎを削る、というような設定の漫画で、これがまたBSでアニメ化されたりしたのだ、わたしが小学校のとき。花のサンジュストさまとか薫の君とか、ああああもう懐かしい。それはまぁとにかく、だからわたしはソロリティというのは池田理代子的な世界にしか存在しないものだと思っていたのだけれど、アメリカにちゃんと実在していたのですね。

ソロリティというのはその男子部門、フラタニティとともに全米的な活動として多くの大学に存在しているそうで、たとえばφμはLSUだけじゃなくていろんな学校にあり、メンバー同士全米的に交流があって、就職活動のときなんかにも有利になったりするらしい。グループのメンバーは3、4年生くらいになると(これはLSUだけなのかもしれないけど、よくわからない)ソロリティ・ハウスみたいなところでみんなで暮らすそうな。ちなみにLSUのUniversity Lake のまわりには確かにギリシャ文字を掲げた白亜の邸宅が並んでいる。もちろんソロリティに入るためにはセレクションがあり、「ラッシュ」と呼ばれる時期にはワナビーソロリティたちが群をなして自分に合うソロリティを探す。ドレス審査やインタビューなどもあるということ。いやいやおつかれさま。

グループごとにいろいろ特色はあり、基本的にはお金持ちの白人子女たちの集まりらしいのだけど、すごく真面目にボランティアをやってるグループや、マイノリティグループのソロリティなどというのもあるそうな。まぁしかしやはり「ソロリティ」という響きは「イベサー」「テニサー」に近いようで(実際フラタニティの中にはなかなかスーフリ的なものもあるらしくて、ある種のフラタニティ・ハウスの中にはmattress roomと呼ばれる部屋があったりもするとのこと)、アメリカにも存在するサブカル系男女には煙たがられている。いずこも同じ秋の夕暮れである。

だからどうしたというわけでもないのだが、ここは南部も南部、深南部ということもあって、こうした社交がやはりかなり盛んなのだ。二言目にはPolitically Correctがどうした、という時代なのにまぁほんとに普通にPlantationという名前を堂々と冠したアパートなんかもざらだし、なんかこれはこれでカルチャーショックである。"Out of league"というフレーズが英語にはあるのだが、これは例えばnerdyな少年がチアリーダー/ソロリティ的な女子に恋をしたりするような状況を表すもので、しかしこういう表現がかなりの市民権を得てフレーズとして確立されているのを見ると、アメリカのteeagerおよび大学生の中には確固たる異性愛恋愛市場のヒエラルキーがあるのだな、と感じるわけだったりする。それは一種のカーストのようなもので、こと高校生の中では異カースト間のロマンスというのはほとんど成立しないと言うアメリカ人もいる。それを聞いたときはそんなの日本だって似たようなもんじゃないかね、と思ったりもしたのだけれど、いざこっちに来てソロリティ/フラタニティ的ないわゆる「メジャー」なものに対する価値付けの異様な高さ(素直さ)を目の当たりにすると、日本はそういう意味では恋愛市場に流動性があるのだなと感じる。やっぱり日本だと「へー、ソロリティ。そりゃまた。」というしらけた感じがあるものね。

ちなみにタイトルのωππは友人がソロリティについてわたしに説明する時に考えたグループ名である。読み方はもちろん「おめがぱいぱい」。おにいさま、なみだが、止まりません…