お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2011年4月29日金曜日

Catfish Po'Boy

お昼前、冷房のキンキンに効いた図書館で凍えながら、お腹空いた…死ぬかも…と思っていたら、友達から「Catfishを釣ったから今からPo'Boyをつくるよ、食べにこない?」というメールが来たので、一も二もなく図書館を飛び出した(ちなみにルイジアナの夏は3月下旬に始まる。4月にはいって最高気温が30℃を下回ったことはほとんどない。従って建物の中は相変わらず冷蔵庫のように寒い。真面目にこの国のエアコンに対する態度はどうにかすべきだと思う)。

Po'Boyというのはルイジアナ名物のサンドイッチで、揚げたシーフード(catfish, crawfish, oyster, shrimpなど)をこれまたルイジアナ名物の柔らかいバゲットに挟んだもの。もともとは大恐慌の時に、ストライキをしていた男の子達にNew Orleansのあるレストランの主人が無料で配ったのをそのレストランの従業員たちが "poor boy" と呼んだ、というのが名前の由来で、南部訛でこの綴りになったということである。Catfishというのはナマズのことで、ルイジアナではこれがよくとれるらしいのだが、ルイジアナ出身、代々Cajunの家系を誇る彼はついこの間、全部で1000 pound (500キロくらい)近くのcatfishを釣り上げたらしい(ちなみにこの人は冬場の禁漁期間中にshrimpを釣ったのがばれて法廷にまで呼ばれている、自他ともに認める "Coonass"なのであった )。え、何匹釣ったの、だってナマズってそんなに大きくないでしょ、と聞いたら、いやいやサイズはいろいろで、釣った中にはあんたより大きいのもいたよ、と言われて驚いた。ナマズ恐るべし。

で、よくレストランなんかでは食べていて、それはそれなりにおいしかったのだけど、作り立てのPo'Boy はどう考えても桁外れの美味しさで、頭がおかしくなるかと思うほどだった。作っている行程も見られたので、レシピを書いておこう。

まずはcatfishの下ごしらえから。Catfishはかなりfattyなので、ちゃんと余計な脂肪と(ただし全部はとらない)血合いをとることが大切とのこと。丁寧にそぎそぎする。ちなみにcatfishは白身の魚で、いちばんイメージ的に近いのは鱈かもしれない。ただし鱈よりもやわらかくて、淡水魚なので独特の臭みもなくはない。が、今日食べたのは新鮮だったからか(あとはたくさんスパイスを使ってるからか)まったく臭みを感じなかった。

それから衣。ポイントは卵の中にマスタードとパプリカをけっこうたくさんいれること。それから粉はcornmeal と小麦粉、それからCajunスパイスを混ぜたものを使う。Zatarain'sというメーカーはjambalaya mixなども出している、cajun料理のもとの老舗なのだけど、今日はここのflour mixを使ったそうだ。通常のフライと同じで、 卵→衣の順番で絡めていく。

ポイントはとにかくオイルをきちんと高温にしておくこと。Catfishはわりとすぐに火が通るので、二度揚げなどはしなくて大丈夫なのだけど、その代わりに高温で揚げないとべしゃっとしてしまう。おすすめはpeanut oilで、温度も高くなるし、香りもいいということだ。その間にレタスを千切り、トマトとピクルスをスライスにしておく。バゲットに切り込みをいれて、マヨネーズとケチャップ、それからこれまたけっこう大量のタバスコをふりかけ(以前も書いたかもしれないがLousianaは猪木もびっくりのタバスコ王国である)、レタスとトマトを挟んでおく。オイルが十分熱したらcatfishを揚げる。浮いてきてからもしばらく待って、きれいに色づくまで待つ。こんがり揚がったらそれをバゲットに挟み込んで、トースターで1分くらいでできあがり。

食べながら涙ぐむほどおいしかったわけだが、シンプルだけどおいしく作れるようになるには案外練習が必要だし、なにより大事な調味料はTLCだね、とウィンクしながら言う友人はやはりアメリカ人だなと思った。Tender Loving Careがすべての料理の基本なのは万国共通であるが、日本人はウィンクとかしないもんな。

2011年4月22日金曜日

Don't Be a Drag, Just Be a Queen!?

Reality showというのにはたいして興味がなかったのだけど、こればかりは完全にドつぼにはまってしまった。

いつものごとくsexualityのクラスで和んでいたら、ゲイの友人がRuPaul's Drag Raceという番組について口角泡を飛ばしながら熱く語っている。Drag Raceはその名のとおりdrag queenたちが "America's next drag superstar"の座をかけて鎬を削る番組で、2009年にシーズン1が始まり、現在はシーズン3が放送中である。写真左が番組のホストを務めるRuPaulという全米一有名なdrag queenで、おそらく年齢は50歳をゆうに超えているのだが、顔はもちろん体中しわひとつない。右がシーズン3の12人のクイーン達で、現在はトップ3まで絞り込まれた。

我が家にはテレビがないのだが(テレビ自体はあるのだが、ケーブルを契約していないので3チャンネルくらいしか見られないのでクローゼットにしまってある。アメリカのテレビチャンネルはあほみたいに量があるのだが、その分けっこう値段もして、最低でも月50ドルくらいする。あとはチャンネルの量によって値段もあがっていく)、アメリカのすばらしいところはけっこう多くの番組がインターネットで見られることなのだった。もちろんHBO(Sex and the CityとかTrue Bloodとかの)なんかは全然見られないし、ネットで見られるのは超大手のABC系列(Desperate Housewivesはこのおかげでみられている)とかあとはDrag RaceをやっているLOGO(ちなみにこの局はLGBT-Lesbian Gay Bisexual Transgender-関係の番組に特化している)とかそういう小さな局に限られるのだけど、あとはNetflixというTSUTAYA DISCUSSみたいなサービスがものすごく充実していて、月8ドルでDVDが無制限に借りられる(とはいえもちろん一回に1枚しか送られてこないので借りられる数は8枚くらいかな)のみならず、streamingでものすごい量の映画及びテレビドラマを流しているので、ノンストップで過去のドラマをまとめて見ることができる。ちなみに先学期はなにかペーパーが終わるたびに自分へのご褒美にthe L Wordをまとめて1シーズンずつ一晩でみて、そんなこんなで6シーズン見終わった。

さて、Drag Raceなのだが、正直恥ずかしいことに番組を見るまでdrag queenとtransgenderの違いもいまひとつわかっていなかったのだが、drag queenというのは「女性になりたい」男性transgenderとは異なり、普段は自分の男性としての肉体を愛していて、ショーの時に限って女装をする(ゲイの)男性を指す。よっていろいろなqueenが番組中何度も「よく勘違いされるけど女装してセックスしたりしないし、dragはあくまで自分にとってのアートである」と言う。Season 2の最後、同窓会的な回があって、そこに集ったクイーンのひとりが泣きながら「みんなには理解してもらえないと思うけど、わたしは実は女の子で、メイクを落として自分の男の顔を見るたびに辛いので、transの手術を受けることにした」と告白するようなシーンもあった。

Dragはperformance artである、などというと口幅ったいように響くが、実際に番組を見ていると、ほんとにそうだよね、と納得してしまう。毎回いろんなお題が出されて、それに合せてクイーンたちは衣装を縫ったり(メイクのみならず裁縫技術の高さというのも優れたdrag queenの必須要素である)スキットを演じたり、時にはストレートの男性をqueenに変身させたりするのだが、まぁほんとにただただすごい。根幹にあるのは、やはりButlerが言うようにgenderというものの虚構性というか、それがパフォーマティブなものであることを示すという姿勢で、dragの目的はただ「リアルな女性」を演じることではない。方向性はいろいろあって、誇張に誇張を重ねた女性性(ラテックス製のメロン乳が最近dragでは流行っているみたいだが)を身にまとうクイーンもいれば、自分の肉体そのものを活かしてそこにオートクチュールのランウェイ並みに美しい衣装をまとってステージを闊歩するクイーンもいる。中でもわたしが愛してやまないのはRavenというクイーンで、動画のとおり女性性にまつわるカルマをいかんなく表現してくれる(しかもメイクをとると超いい男)。



Lady Gaga の "Born This Way" はLGBTの人々の権利のためにと作られた歌なのだけど、この歌、実は一部のLGBTにあまり人気がない。Lady Gaga自体はdrag queenのアイコンみたいな存在だし、歌自体も一見すると「神があなたをこう作ったのだから、人と違ってもいい。自分自身を愛しなさい」的なストレートなメッセージなので(それ自体ちょっと問題含みで、LGBTアイデンティティが遺伝子的に決定されたcongenitalなものであるか後天的に構築されるものであるかという長年のqueer studiesの議論と抵触するようだけど)、なんでかなぁと思ってたのだけど、Drag Raceを見てようやく納得がいった。"Don'be a drag, just be a queen" という曲中のリフレイン、善意のものであるにしても、やはりちょっと違和感が否めない。Dragはgenderfu*kerたちのアートなのであって、女になりたくてなれなかった人々のものではないのだ。

さて、そんなわけで来週はいよいよSeason 3のフィナーレである。その翌日にペーパーの締め切りがあるんだけど…誘惑に抗する自信は皆無。今回はAsian queenが2人ともうひとりはLatino、3人とも甲乙つけがたいので、楽しみだ。YouTube見てたらSeason 2のトップ3のクリップがあったのでこれも乗っけてしまおう(ちなみにRavenは残念ながらTyraに負けてしまった)。Don'be jealous of my boogie!



追記:
やったやったーRajaが選ばれた!

追記2:
やっぱりOngina…




2011年4月21日木曜日

Pasta Salad

いつも写真を撮るのを忘れてしまうのでこの写真はネット上のものなのだけど、Orange Beachに行ってから、Pasta Saladにはまっている。

一緒にいった友人のひとりがベジタリアンで、よくいろいろサラダレシピを教えてくれるのだけど、今回は小腹が空いた時にちょこちょこ食べられるようにこれを大量に作ってくれた。とても手軽だし、腹持ちもいいし、野菜も炭水化物も適度にとれるし、なにせ夏向きでおいしいので覚え書き。

分量はとにかく「適当」である。好みのショートパスタ(写真のフジッリが基本のようだけど、この間は家にあったコンキリエ(貝のかたちのやつ)で作ったし、今日はマカロニしかなかったからそれで作ったけどどっちもおいしかった)を大目に塩をいれたたっぷりのお湯でゆでる。わたしは一人暮らしなので100グラム強くらい。これで3日くらいもってしまう。

お湯を湧かしている間にドレッシングを作る。これもほんとに適当。こちらはバルサミコが日本よりやすいのでバルサミコを大さじ3くらいに普通のお酢(すし酢みたいなののほうがわたしは好み)を大さじ1くらい、そこにおろしにんにく(ひとかけ)、さとう(小1)、塩(小1)、好みのハーブ、あとはわたしは昆布茶などをいれて、よく混ぜる。混ざったらオリーブオイルを大1くらい加えて、さらに混ぜる。

この辺でだいたいお湯がわくので、パスタを投入。あとは10分くらいだから、このあいだに野菜を切る。トマト(大きいものなら1個分をダイスに、ミニトマトなら1パックを半分に切る)、ズッキーニ(またはきゅうり、これもダイスに)、黄色いパプリカ(1個を色紙切り)、セロリ(1、2茎を皮を剥いてスライス)、それからグリーンオニオン(日本なら分葱みたいなねぎ、細切り)にあとはミックスナッツ(形が残るくらい粗めに刻む)。これを切ったはしからドレッシングのボウルに加えていく。ミックスナッツがなかったらアーモンドだけでもいいし、でもとにかくこのナッツをいれることでおいしさが増す気がする。オリーブを輪切りにして入れてもおいしそうだけど、バルサミコベースでないドレッシングのほうがあうかもしれない。ドライトマトのみじんぎりもよさそう。友人のレシピではブロッコリーが入っていた。

あとは茹だったパスタをよくお湯を切って加えて、全体を混ぜて好みの味に調節してゆくだけ。友人のレシピではフェタチーズを加えてたけど、うちにはフェタがないのでパルミジャーノを加えたり、あとは低カロリーのマヨネーズを少しだけ最後に絡めたり。乳製品を少し加えるとまとまりがいい。作ったその日より、冷蔵庫で一晩寝かせた方が味が馴染んでおいしい。

お湯をわかしてから出来上がるまで、15分強。忙しい大学院生にはもってこいの栄養バランスのとれたお食事です。今日はペーパーに追われてまったく家を出なかったので、パスタサラダとハマス(セロリと人参につけて食べる)がごはん。ベジタリアンではまったくなくて、相変わらずCane'sというルイジアナ発のフライドチキン(ただし中身はササミ。でもまったく低カロリーではなくて、大量のフレンチフライにさらに揚げパンまでついてくる)やらFive Guys(これも南部発のハンバーガーチェーン。とにかく お い し い)やら食べているのだけど、せめて動かない日くらいは健康食でね。しかしながらそれにしてもわたしの知っているアメリカ人はほぼ全員料理がうまい。わたしより全然うまい。Geekな彼はコックになる修行をしていたらしく、アメリカで食べた中で一番完璧なミディアムレアのステーキ(最初はフライパンを使うのだけど、最後にオーブンに入れるのがコツらしい)やら、shrimp and scallop scampiのカッペリーニ添えやらを作ってくれた。しかも同時にベジタリアンの彼にはvegetable medleyを作っていた。「アメリカ人は料理の感覚がおかしい」というcultural stereotypeは完全に崩れ去った。

※追記※
素敵女子H(Double Dateの項目を参照)は実は相当な美食家で、プロ級に料理がうまい。先日彼女が新しいパスタサラダのレシピを教えてくれて、それがとてもおいしかったので、覚え書き的にレシピを書いておきます。

[Zucchini Pasta Salad]
☆好みのショートパスタ 1カップ
☆ズッキーニ 2本
☆slivered almond 1/2カップ(日本でこういう形状のアーモンドをあまり見たことがないのだけど、なければ普通のアーモンドを粗みじんにしたもの、あるいはスライスアーモンドでもOK。ただしslivered almondは湿りにくくてこういうパスタには向いている)
☆エクストラヴァージンオリーブオイル 大2 (もとレシピは大5なのだけど、わたしはあまり油が多くないほうが好きなので大幅に減らしている)
☆果実酢 大3(もとレシピはレモン果汁ひとつ分なのだけど、わたしはあまり酸っぱすぎるのが得意ではないので、すし酢や果実酢を合せている)
☆フェタチーズ、シュレッデッドパルメザンなど、好みのチーズ あわせて大4くらい

①ズッキーニは縦2等分してスライサーでとにかく薄くスライス(つまり半月のスライス、こちらではcarpaccio styleと言うそうな)。塩小さじ1を加えて混ぜ合わせ、そのままざるなどに載せて20分放置。かなり水分が出てくるが、自然に水が切れる程度で、絞らなくても可(わたしはごく軽く絞っている)。
②パスタを茹でる。くどいようだが、お塩はたっぷり(お湯が軽く塩味になるくらい)。茹であがったらざるにあげて少しオリーブオイルを絡めておく。
③アーモンドをフライパンでから煎りする。すこし色づくまで。スライスの場合はこげやすいので注意。
④オイルと酢をよく泡立て器で混ぜ合わせる。
⑤ズッキーニ、アーモンド、チーズを合わせる。
⑥パスタを投入。塩こしょうでややきっちりめに味付け(サラダの場合はオイル系ドレッシング冷やすと少し味が薄く感じられるので、ややきっちりめの味付けが基本)。④のドレッシングを合わせて、よく冷やす。

Orange Beach, Alabama

情けない話だが3月11日以来、すこし体調を崩した。ちょうど10ページとはいえミッドタームペーパーの締め切りに追われていた夜中、なんとなくfacebookを見ていたら、知人が「ものすごい揺れだったけどわたしは大丈夫」という書き込みをしていたので、まさかと思ってニュースをチェックし、慌てて実家に電話をかけたが繋がらず、家族の安否が不明なままいたずらに不安ばかりが募った。幸い6時間以内に連絡がついたので明け方にはベッドに入ることができたがやはりまんじりともせず、翌朝、彼から電話があり、事の次第を淡々と話していたらふとした瞬間に堰を切ったように感情が暴走しだし、その日は中毒のようにニュースをチェックする以外何もできず、かといって締め切りは刻一刻と迫ってきていたので結局全く眠らずにペーパーを仕上げ、ニコレットのかみすぎで食欲は皆無、そんなわけで当たり前のように発熱してしばらくはまったく使い物にならなかった。

アメリカは基本的にトラウマ大国なのでこうした心身症的症状には理解が深く、ゆっくり休みなさいと言われたが休んでいれば休んでいるで、対岸の火事としての悲劇を貪っているような罪悪感に見舞われ、日本人の少ない南部なので電話やテレビで取材をさせてほしいと言われるたびにアメリカの報道のセンセーショナリズムを思い出して知るか阿呆と憤りつつ断ったら断ったで自分の国のために立ち上がらないのかと問われ、周囲の付け焼き刃的ナショナリズム・チャリティの精神にうまく乗ることもできず、かといってそんな自分にも腹がたち、レッドクロスになけなしの金を募金したり、それでもチャリティTシャツは買ったりして、心情的には勝手にひとりで忙しかった。

「離れているだけに辛いこともある」とも言うことはできるだろう。日本にいれば周囲の状況がもっとよく把握できるから、こんなに不安になることもないと。実際わたしの家族は元気にしていて、買い占めなんてそんなアホなこと23区で停電もないのにしませんよ、おばあちゃんはこういう危機的状況になるとテンションがあがるからいつもより元気よ、放射能は心配だけど、そうね、時間はかかるけど、心配してもどうにもならないからね、かわいそうにそっちで状況がよくわからなくていろいろ不安なんでしょ、はやく元気になんなさい、と笑顔で言う。どこかにこの、松尾スズキ的に言えばぬるい地獄をそうやって慰めてくれる人がいることはほんとうにありがたいけれど、それでも「離れているだけに辛い」などとは口が裂けても言うまいと、そう思ったし、いまでもそう思っている。

が、そんな風に悲壮な決意で地震についてなにか口にするのをやめたところで、八方塞がりというか、なんとも気持ちのやり場がなく、かといってこのブログになにかを綴る気にもなれず、言葉を失うというのはこういうことかと、唯一日本語でだらだら書ける場所があることのありがたさをなんとなく遠いものとして感じながらこのひと月を過ごした。大学は相変わらず冗談のように忙しく(タックス関係とか事務手続きとか、異様にペーパーワークが多かった)、そろそろセメスターも終わりに近づき20ページのペーパー3本を3週間で書くといういつもの無茶ぶりが近づいてきた先週末、ようやく待望のスプリングブレークという一週間の春休みが始まった。あまりにしょぼくれていたわたしを見かねて、彼の友人(地元出身)が両親がアラバマのオレンジビーチというところにビーチハウスを持ってるから、ちょっと休みに行こうよ、と誘ってくれたので、4人と1匹(彼の犬)で2泊3日で海に行ってきた。

Orange BeachというのはBaton Rougeからだいたい車で4時間半くらいのところにあるリゾート地で、去年BPのoil spillで有名になったGulf、メキシコ湾に面した海岸である。多くの白浜が石油でドロドロになったという話を聞いていたから、大丈夫なのかなぁ、と思っていたら、写真のとおりさらさらでゴミひとつない鳴き砂(ちなみに英語ではsinging sandというそうだ)だった。Oysterはなかったけど、新鮮で身のぷりぷりしたシュリンプをたくさんかって、コンドミニアムのキッチンでみんなで料理をして食べた。カヤックに乗って沖まで出た。Geekな友人は大きな大きな双眼鏡をもって、コンドのバルコニーからビキニのブロンド娘のお尻を眺めて、これくらいの距離がちょうどいい、とひとりごちていた。夜にはその双眼鏡でOrange Beachの名の由来でもある、昇りはじめの橙色の満月を見た。夜の砂浜は冷たくて、上空に昇りきった月は銀色で、Gulfも一部が銀色に光っていた。それだけで隣のひとの顔がはっきり見えるくらい明るかった。Kate ChopinのThe Awakeningで主人公のEdna Pontellierという女の人が、Gulfの声はseductiveで孤独な魂を呼ぶといって、最後には入水自殺をするのだけど、ずっとなにいってんだくさいな、くらいにしか思ってなかったのだが、初めて意味がわかった。Gulfの再生をみて、きっとなんとかなると思った。たくさん持って行った本はもちろん読めなかった。それからアラバマはルイジアナより南部で、でかい白人のおっさん(彼はわたしよりだいぶ年上である)とアジア人の短いスカートの女が手をつないで歩いていると、明らかに娼婦を見る目で見られる瞬間がけっこう本気であった。街のほとんどが白人で、スーパーにいた白人の子供にとってはわたしが初めてのアジア人だったのだろう、とことこと寄ってきて珍しげにしげしげとわたしの顔を見ていた。ちょっとおどかしてやった。

だから、あと3週間がんばれる。その後はきっと日本に帰る。帰って大事な人たちに大変だったね、と言う。