お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2010年12月18日土曜日

Orange Tart

日本にいたときもそれなりに料理は好きだったのだけれど、アメリカに来て一人暮らしをはじめてしみじみと料理のセラピー効果を実感するのは、こうやってペーパーから解放されるとまずなにがしたいって、ケーキが焼きたいのだな。

サンクスギビングの時にはピーカンタルトを焼いて、それもわりに上出来だったのだけど、昨日は深夜に思い立ってオレンジタルトを焼いてみた。オレンジの甘煮を作って、アーモンドクリームの中にオレンジの皮のすりおろしとラムを入れて焼いたらこれがおいしかった。

しかし惜しむらくは本来ラムの代わりにいれるべきコアントローがこちらではめさくさ高いこと(一瓶$50だよ、一週間の食費が飛ぶよ)、それからアーモンドプードルがいまいち粗いのか、生地をのばすときにあり得ないくらい崩落すること。アーモンドプードルを探すときもけっこう苦労して、almond powderはどこかと聞いても、なんだそりゃ知らないよ、と店員に困られた。結局こちらではalmond mealないしはalmond flourとして売っているということがわかったのだけど、どうもしっとり感が足りないんだよね。しかしMartha Stuwartのレシピなどを見るとどうやらこちらではタルトの生地にはアーモンドプードルは使わないようで、しかも全部フードプロセッサーでがんがん混ぜる様子。フードプロセッサーに関しては、こっちはCuisinartの本場ということで日本の半額以下なのですでに入手済みだから、今度はアメリカレシピをおそるおそる試してみる予定。ちなみにお菓子の基本、発酵バターはEuropean butterないしcultured butterの名称で売られていて、Wholefoodsではだいたい$5くらいで手に入るので、これも日本よりはお得感あり。日本だと1000円くらいしちゃうからね。

そんなわけできれいなタルトが焼けたとドヤ顔で彼に報告したら、それなにと困惑していたのでタルトタルトあまくて美味しいタルトと連呼していたら、あ、tartか、とようやく理解してくれた。なにが困るって日本でカタカナ語として慣れ親しんでいた単語はLとRの区別がないのでわたしが日本語のタルトを英語風に発音するとtaltになってしまうのである。カタカナ表記すると英語のタルトはタートに近い。ついでにもう一個こまったのはキューブリック。Cube lick?なに舐めるの?みたいな感じでまた困惑していたのでほら映画監督、Crockwork Orangeの、と説明したら、あ、Kubrickか、と納得していた。カタカナ表記するとクーブリックに近い。LとRの発音の区別は彼の苦心の成果でどうやら無事にできるようになったのだが(ちなみに彼の親は語学教師だった上、本人もドイツ育ちなので、外国語教育に大変熱心で、ありがたいことに事あるごとにいろんな例題を出してくれる。Are you allowed to use the public library?とか)、カタカナで記憶していてスペルのあやふやな単語というのはいまだに鬼門。あとliterature、LとRの区別をちゃんとつけようと発音するといつも舌がもつれるんですけど、とぼやいたら、それはletter+tureで発音すればいいんだよ、と教わった。なるへそ。

                                                                             * * *

[基本のアーモンドクリーム(クレーム・ダマンド)のレシピ]
☆無塩バター 75g
☆グラニュー糖 75g
☆卵 65g
☆アーモンドパウダー 75g
☆ラム 大さじ1.5

①バターは室温に戻して柔らかくしておく(薄く切って温かいところに置いておくと戻りが早い)。
②ボールにバターを入れ、泡立て器でクリーム状になるまで練り混ぜる。マヨネーズみたいになる。砂糖を一気に加え、さらに泡立て器で白っぽくなるまですり混ぜる。
③よく溶いた卵を1/6ほど残して少しずつ加えては混ぜる。一気にいれると分離する。
④ふるったアーモンドパウダー(アメリカのアーモンドミールは粗いのでうまくふるえなくてちょっと困るが、めげずに根気よくふるう)を加え、ざっと混ぜ、さらにラム、残りの卵を加えて混ぜる。混ぜすぎないこと。

上に載せるものによってラムの代わりに香りのいいリキュールをいれてもいいし、今回のようにオレンジの皮をすりおろしたものや、ナッツ(ピスタチオなど)、ごま、ココナツパウダーなどを混ぜ合わせても風味がよいのでおすすめです。

[オレンジの甘煮のレシピ]
☆無農薬オレンジ 2つ
☆グラニュー糖 50g
☆水 100cc
☆ラム(コアントロー)15cc

①オレンジは皮を粗塩でこすり、その後水でよく洗い、ちゃんと乾かす。ひとつは皮をすりおろして(クリームに混ぜ込む分)ジュースを絞っておく。もうひとつは3mm厚さにスライス。
②水とグラニュー糖を小鍋にかけて沸騰させる。
③スライスしたオレンジを投入してふたたび煮立ったら弱火でことこと15分。そのまま冷まして、タルトを焼く時に水気をペーパータオルで拭き取って、クリームの上に載せて焼く。
④小鍋に残ったシロップにしぼったオレンジ果汁、リキュールをいれてことこと。とろりとするまで煮詰めたら冷ましておく。
⑤焼き上がったタルトにあついうちに刷毛で④を塗る。ぜんぶ塗ると多いかな、と思ったら加減する。冷めてからもう一度塗るときらきら度が増す。だいたいのアーモンドクリーム系のタルトにいえることだが、冷蔵庫で一晩ひやすとより美味しい。


2010年12月17日金曜日

巻いてやったぜ

こちらに来てからこのかた、ことあるごとにポットラックがあり、またその度ごとに「お寿司は?」と聞かれ「日本人は寿司は作らない。寿司は食べに行くものだ」と強弁するのにももう飽きてきた。おとついあたりようやく60ページのペーパーから解放され、しばらくあまりちゃんとした料理をしていなかったので、調子を取り戻すためにも、ええいこの際巻いてしまえ、とカリフォルニアロールなるものを作ってみた。わたしは日本人失格と在バトンルージュ日本人家族に後ろ指を指されてしまうほどのごはんいらず(あんまり白米に興味がないのだ)なのでもちろん炊飯器もないのだが、さてすし飯どうする。そうか鍋で炊こう。というところから始まった。

カリフォルニアロール(というかこちらのロールの8割)はごはんが外にくる、通称「裏巻き」である。寿司を導入しようとした当初、アメリカ人が海苔が黒々しているのに抵抗感をしめしたので、それじゃあ飯で巻けばよくない?と考案されたのがこの巻き方の発祥だとかなんとか。ともあれこれ、いったいどうやって巻いてるんだ?巻きすにごはんつかないの?と思ってたら、なんとラップを活用するのだな。まず普通に海苔を巻きすに置いて、その上にごはんを敷き詰め、その上からラップをかぶせたら海苔をひょいと持ち上げて裏返す。すると下から、巻きす→ラップ→ごはん→海苔の順番になる。で、海苔の上に具材(カリフォルニアロールの基本はカニカマ+アボカド+キュウリ+サーモンらしいのだけど、BRのサーモンは高いし鮮度がいまひとつなのでかわりに冷凍のマサゴとクリームチーズ、あとはツナバージョンも作った)を乗せて手前からきゅっきゅと巻く。切るのは多少大変だが、少し冷蔵庫に入れて落ち着かせて、一回一回濡れ布巾で包丁をよく拭きながら切ると案外きれいに切れる。

で、これがなかなかおいしいし(BRのお寿司屋さんにはけっきょく4件ほどいったが、どこもすし飯がいまいちなのだ。ていうか、すし飯じゃないのかも。単なる白米?)、 なんだかものすごく喜ばれるのだった。3合炊いて4本作った太巻きが瞬間的になくなった時には、なんだか日本人としての役目を果たしたような、また妙なステレオタイプの強化に一役買ったような(とはいえこんなこともあろうかと巻きすは持ってきていたわたし)、いつもながらのわきわきした気分になったが、とにかくわたしはやったのだ、この学期を乗り切って、その証にカリフォルニアロールを巻いたのだ!ひゃっほう。

2010年12月8日水曜日

a*s and sh*t

英語まみれの生活が始まってそろそろなんと五ヶ月になる。学校が始まったときは永遠にこの言語は理解できないと思ったのだが、不思議なもので今ではわりと自然に授業でもしゃべれるようにはなった。しかしながらいまだに困るのが友人との日常会話で、そんなもんわかるか、ガリ勉なんだから辞書に載ってない表現はどうしようもないんだよ、ええん、とわめきたいような気分になることもあるが、言語ってゆうのは変化してゆくものなので仕方がないね。たまにfacebookなどで意味不明な表現に出くわしてググってみるとurban dictionaryというページに定義が書いてあったりするのだけど、時にはそれでさえわからないこともあるのだった。スラングというのは手に負えないが、その分興味深い。

で、よくわからないままなのもなんなので人に聞いてみて、ほーそうかそうかと納得した表現をいくつか思い出したので書いておくと、まず "ass" という言葉の意味の広さというのに驚いた。愛しのリーダーズによれば「《卑》しり、けつ;けつの穴;女性器、性交(セックスの対象としての)女(=piece [bit] of ~);まぬけ野郎、抜け作;[one's~]自身(self)」などとやっぱり愛しいぜリーダーズ!な定義が書いてあるのだけれど、そしていま書き写しててやっぱリーダーズすげぇな、と思ったのだけど、この最後の「[one's~]自身(self)」というやつ、これがほんとによく使われるのである。kiss somebody's ass(=誰かの尻にキスをする→おべっかを使う)とかって言う表現は、文字通りの「ass=尻」なので理解しやすいのだけど、いきなり "move your ass" とかって言われても、最初はなんのことやら、ケツ振れってことですか、くらいの感じだったんだけれど、ass を selfに置き換えるとことは単純で、move yourselfすなわち 「動け、どけ、行動を開始しろ」というような意味になるらしいのだ。なるへそ。あと語源はよくわからないんだけど、"badass" は褒め言葉で、かっこいい、クールだ、というような意味になるようだ。

あとはshit。これもほんとによく使う。これもリーダーズの定義がすばらしいので一応書いておくと「《卑》くそ; [the ~s]下痢; [the ~s]うんざり、むかっぱら、かんしゃく (:give sb the ~s); くそをすること;くだらない野郎;いけすかないやつ、くそ野郎;うそっぱち、でたらめ、だぼら、いんちき、見せかけ、たわごと;ひどい扱い、無礼、侮辱;くだらんもの、げてもの、がらくた;厄介な難題、くそいまいましい事;《広く》こと、物、状況;財産、持ち物;薬(やく)《ヘロイン・コカイン・マリファナなど》」まだまだ続くのでこの辺で止めるが、そしてさらに成句として50個近くが載っているのだが、それでもまぁこれだけ美しい定義を並べてもらっても正直実際にはどの定義がどの表現にあてはまるのかって、直観的によくわからないのが実情だ。で、どんな表現が実際によく使われるかというと、たとえば "I don't give a shit" なら「どうでもいい、くそくらえ」みたいな感じで、"talk shit" は「どうでもいいことをペラペラしゃべる」、"full of shit" は「いんちき、偽善、たわごと」、あとこれもよくわからなかったんだけど "know one's shit" で「心得てる、エキスパートである」(授業評価の紙に友人が教授に関して「 "she knows her shit"って書いてもいいと思う?」と聞いてきて、なにそれ、と聞いて判明。)。

まだまだいろいろあるのだけど(あとジェスチャーもやっぱり言語なのでけっこう興味深くて、これについてもいろいろそのうち書きたいところ)、もちろんこのポストはペーパーからの逃避でいまは午前4時なのでもうやめる。基本的にはこういうスラングを外国人のたどたどしい英語でしゃべると無駄にかわいらしくなるか通じないかでバシっと決まらないので使わないようにしてるんだけど、「bullshit」だけはきれいに発音ができるようになったので内緒でたまに使ってます。あと「douche bag」も密かに練習中。リーダーズによると「膣洗浄機(の洗浄水を入れる袋の部分):《俗》ブス、いけすかない女、いやなやつ[男]、くそったれ」。もちろん最後の意味。


追記:画像がないとさみしいのでだいたいGoogleイメージ検索で探してるんだけど、今回は shit で検索したらリアルshitの写真がてんこ盛りでうんざりしました。自業自得だけどさ。

2010年12月6日月曜日

I love you までどのくらい

アメリカのテレビドラマを見ているとしばしばI love you問題が取沙汰される場面に遭遇する。要は「付き合ってずいぶんなのに彼(彼女)が "I love you" と言ってこない」「"I love you" と意を決して言ったのに "I love you, too" と言い返してくれなかった」などということなのだけれど、英語圏のリレーションシップにおける最初の "I love you" というのは事ほどさように大問題である。

アメリカにおける恋愛関係の発展というのは、おそらくdating (「付き合う」以前の試行段階:ただしここに肉体関係が含まれる場合も多々あり、「俺はdateしかしない主義だ」などと宣う者も目にする)を経てgoing out(ある種のcommitment)に至るということなのだと思うのだけど、たとえ相互の承認のもとgoing outの状態、またはrelationshipに至ってもすぐには "I love you" を発しないのがどうやら普通のアメリカ人の感覚らしい。前にアメリカ人の友達に「日本の男女関係って、愛がない…」とぼそっと言われ、なんだそりゃと思ったのだけど、考えてみれば日本だと付き合ったその日に「愛してるよ」とかわりと普通どころか、ゴスペラーズに至っては「愛してるって最近言わなくなったのは/ほんとうにあなたを愛し始めたから」とか歌い上げるわけだし(日本における愛と恋の差というのは興味深い問題で、結局のところ宗教に関わってくると思うんだけど、平安時代に仏教的に愛はだめだけど(執着だから)恋はokみたいなノームがあった事も多少関係してくるのかもしれない)、まぁアメリカ人の「love」と日本人の「愛」というのには若干の乖離があるのだろう。

さてそれではアメリカ人が"I love you"というまで平均的にどのくらいかかるのかと思い、試しに"How long does it take"とGoogleバーに打ったら第一候補に"How long does it take to say 'I love you'?"が出てきたので、やっぱりこれって女子的にも男子的にもそれなりに一大事なんだろう。で、結果はというと、そんなもん人によって違うよ、という当たり前の結論はさておき、だいたい2、3ヶ月というのが平均値のようである(もちろん「一週間くらいかな」という人もいれば「2年付き合ってるのにまだなにも言われてない」とか「半年以内に言われてもいまいちピンとこない」とか言う意見も各複数あり)。で、ちょうどわたしはいま付き合って3ヶ月ほどになる彼氏がいるのだが(そうですそうです、新歓コンパ的なものでロックオンされて振り切れずそのまま付き合うことになったんです)、ついに昨日、そんな劇的 I love you モーメントがあった。

冷蔵庫の中身がついに底をついたのでこれは死ぬと思い、彼に電話して買い物に連れて行ってもらったのだけど、うちに帰ってきたらいかんせん忙しいし早く勉強始めたいし、しかし買い物行ってすぐバイバイはなんか申し訳ないし、とジリジリしながらも一緒にしばらく時間を過ごしていたら、そのうちわたしのコンピューターにかじりついてESPNでFC Barcelonaの試合を見始めたもんだから(わたしのパソコンは彼のより性能がいいのでESPNのビデオが滑らかに移る)、げ、あと2時間いるつもりかよ、と思わずこめかみがひきつった。で、さらにしばらく一緒にいて、さて、さすがにもうそろそろペーパー書くよ、と言ったら、やけに深刻そうな顔をして、なにか僕たちの関係に不安や不満とかある?と言われたので、ないないないない、大変人間的な関係でありがたく思ってる、と返したところ、でもさっきすごい顔してたよ、Barcelonaの試合のとき、と言う。で、いや、実はほんとにそろそろ勉強したくて…と言おうとしたところ、「さっきは "I love your computer" とかいってごめん。I love you more than your computer and Barcelona …というか比較の問題じゃなくて I love you in general」と真面目な顔で言われ、大変に焦った。なんかすごい誤解がある気がしたのだが、とりあえず義理堅い日本人としては I love you, too と返さなければいけない気がして応えてみたのだけど、なんだろうこの不全感。

2010年12月4日土曜日

すーぷの薄さが身にしみる

こちらの大学院の忙しさには慣れたとはいえ、やはり一度に三本のレポートを2週間で仕上げるというのはさすがにしんどい。どだいそんなの無理なんだからクオリティなど考えずただ字数を埋めるものだと言うアメリカ人もいるが、どの授業でもファイナルの前に必ずラフドラフトを提出してそれに教授がコメント(ある教授など、ペーパーへの書き込みの他にレターサイズの紙2枚分のコメントと、さらには関係するであろう論文数本—ちなみにFredric Jameson "Culture and Finance Capital" はほんとに読んでよかった—とさらにGeorg SimmelのThe Philosphy of Moneyをメールボックスに突っ込んでおいてくれた)をくれるので、適当に仕上げるというのはなんだかどうにもできない。忙しすぎて現実逃避がしたくなり、なぜか無性にベルばらが読みたくなったのでネットで探していたらベルばらかるたなるものが発売されていた。

わたしの最近の食生活を言い当ててくれた一枚。料理する暇がついになくなった。バスティーユの白旗がいまだに見えない。

2010年11月27日土曜日

Twitterにおける自意識の変容

アメリカに来てからこのかた、ほんとにみんなfacebookを鬼のように使っているので、これまで文学的自意識によって遠のいていたsocial network系のサイトに触れる機会が多少増えたのだが、ひょんなことから昔付き合っていた人のtwitterアカウントに遭遇し、そのあまりの自意識の丸投げっぷりにしばし近代的自我の混乱をきたした。

facebookアカウント(facebookは基本的に本名でやる)にリンクが貼ってあるということは匿名性の保証がすでにないということだと思うのだけど、にもかかわらず、え、そんなこといっちゃう?え、まじで?みたいなこと(わたしとの過去の関係も含め)を一日5回くらいの頻度でtweetしているではないか。twitterというのはstream of consciousnessを通り越してautomatic writing、というか自己検閲の彼岸なのか。で、いやいやこの人だけに違いない、人間そんなに自意識から簡単に逃れられるもんじゃないよ、と思って念のため有名人のtwitterを確認したらやはり自己検閲の敷居の低さはある程度共有されるものだった。ようするに、他人に見られる存在としての自己の公共性みたいなもの(芸能人てとりあえずそのembodimentだと思うのだけど)、およびその抑圧が限りなくゼロに近づいているようなのだ、twitterという空間では。てゆうかそれが眼目なのか。ある種のvulnerabilityを通した、絶え間ない自己検閲からの自由というのが。

こんなことブログが出来たころから言われてることなのかもしれないけど(と、わたしなんてネット的にsocially awkwardでsocial network siteもブログも処女みたいなもんだからいちいちこうやって自己検閲してしまうのだけど)、ネット空間における自意識の変容というのは凄まじいものがある。昔は「ヴァーチャル/匿名だから言えること」だったのかもしれないが、ネット空間におけるvirtualityというものが言説として確立されたいま、ネット空間上でした言動をactualな世界におけるその人と繋げるのは粋じゃないことみたいに見なされているわけなの?だからみんなあんなに自由なの?恥ずかしいと思うほうが恥ずかしい、みたいなこと?しかしもちろんわたしもこのブログを始めたことによってだいぶ自意識の閾を下げつつあるので、twitterを始めるのも時間の問題かもしれない。ええ、うそ、やだ、そんなこと…やっぱできないよ、とネット処女としては頬を染めるのであった。

2010年11月25日木曜日

Thanksgiving

Nerdの要件のひとつに世界を己の肉体を以てではなく本を通して知るというのがあるわけだけれども、そろそろ大学生をはじめて10年になる真性nerdであるわたくし、生身の世界に驚かされることがしばしばなのだが、アメリカに来てからはほんと、明治の学生が留学したような感じで驚かされることがけっこうある。

Thanksgivingもそのひとつで、こっちに来る前からThanksgivingのことは一応知ってはいたのだが、よもやこんな盛大な国を挙げての祭りだとは知らなんだ。この時期PhDの学生はみんな締め切りをかかえているわけだし(しかもTAやってるわけだからundergradのペーパーのgradingもあるわけだ)このクソ忙しい時期にThanksgivingだ?なにを寝言を言ってるんだ、くらいの勢いかと思ったら、どっこいThanksgivingというのはクリスマスに次ぐ大行事らしく、みんなそれはもう精魂込めて祭るのであった。

Thanksgivingは日本のお正月みたいな位置づけにあるらしく、基本的には家族で祝うものみたいなのだけど、大学院生の多くは全米各所から来ているのでたった3日くらいの休みで帰るわけにもいかず(とはいえわたしの友人の半数は帰っているか中間地点で親戚と落ち合ったりしている)、町に残った者が集まって持ち寄りパーティ(potluck)をするということ。日本の正月同様Thanksgivingは食祭なので(ちなみに発祥は入植当初、農作物が育たなくて食べ物がなかったpilgrimにNative Americanが食べ物をあげたのに感謝をするということだったらしい)、Turky (ローストが基本なのだがここは深南部、チーズケーキまで揚げるのでもちろん七面鳥も深鍋で1時間くらい揚げたりする)だのSweet Potato Casserol に始まるさまざまなCasserolだの、伝統料理がずらりと並ぶ。

鼻血を吹くくらい忙しいわたしは(徹夜でペーパー書いてるときにほんとに吹いた)当たり前に祭らない気満々だったのだが、Thanksgivingを祝わないなんてお前はそれでも人間か、とまで言われたのでけっきょくに出席することになり、そのためにpecan pie(わたしはパイよりタルト派なのでタルトにしたんだけど)まで焼いた。ていうか、招待のメールに食卓に並ぶべき食べ物のリストが書いてあって、そこに自分の名前を記入してみんなが持って行く、ってどんだけ気合い入ってるの。

で、Thanksgivingというのは毎年11月最終週の木曜日に行われるのだが、その翌日がまたBlack Fridayと呼ばれる大行事のようである。なにがBlackかって、その日からクリスマスに向けて大規模なショッピングシーズンが始まるので、その日は夜明け前のまだ空が黒々とした時間帯から店がオープンして、一大セールを繰り広げるんだって。もちろん人々はThanksgivingの夜が更けたころぐらいから店の前に並ぶ…うん、やっぱり日本のお正月の福袋みたいなもんかね。

そんなわけでThanksgivingに行ってきたのだけれど、どれもこれも…おいしかった。アメリカの飯がまずいというのはアメリカに留学した100人90人くらいが言うことだと思うので、わたしの舌がよほど貧しいのかとも思うのだけれど、ひとつには外食(特にアメリカ料理及びアメリカナイズされた中華料理など)、これはあまりいただけない。なんかぜんぶ同じ味がする。おかげで外食の機会がドラスティックに減った。でも、結局のところ手料理というのはやはり別物なわけで、なんだか知らないんだがおいしいし、日本人のpotluckのときと変わらないくらいのクオリティだと思う。というかむしろパーティ慣れしているので大皿料理を作るのがうまい。そんなわけでここ何日かCampbellのスープ(くどいようだがここは深南部、Campbellがchiken gumboを出していて、これがけっこうおいしい。お米も入ってて雑炊みたい)とチョコレートでしのぎ、締め切り前の2日で体重が2kg減っていたわたしの身体は、三皿くらいおかわりしたアメリカ手作りごはんのおかげでふたたび脂肪を取り戻したのでした。Happy Thanksgiving!

2010年11月19日金曜日

transformed into abstraction

唐突にこんなことを言うのもなんなのだが、アメリカに来てから見ず知らずの男性に声をかけられる事が増えた。信号待ち、喫茶店、ガソリンスタンド、プール等々トレンディドラマかどっきりかと思うようなシチュエーションで声をかけられるので、最初の頃はそれなりにうぶうぶしくドキドキもしていたものだが、けっきょくのところ東京で別段モテていたわけでもないのでアメリカに来て急にモテても自分の魅力が増したという自信に繋がるわけもなく、むしろつまるところ性愛というのは抽象的な記号によって立つところが多いのであるな、というnerdな結論に落ち着くしかないのだった。

そうなのである。わたしはいま、生まれてはじめてアジア人女性という記号を一身に背負うている。で、髪がのびまくったので最近は高い位置でひとつに結っているのだが、こないだでかいピアス(垂れ下がるやつ)を探している自分に気づき、アジア人女性のステレオタイプを強化しようとしている自分にポストコロニアル的アカデミア自我が待ったをかけたのであった。外国人として抽象的、匿名的記号に還元されることによって個人神話という絶え間ない差異化への欲望地獄から自由になるというのは皮肉なものだが、最終的な解放に至るにはまだまだ時間がかかりそうである。そんなわけでOh, me so horny, me-me so hormyと思わず口ずさむ秋の宵であった。

2010年11月11日木曜日

ラジオ体操


ここのところめっきり忙しく、そして忙しさの止む気配がない。12月の2週目までには20頁のペーパーを3本ださねばならないのだが、それまでの間も授業は粛々と執り行われる。つまり毎週400頁くらいの小説と300頁くらいの批評書を読み、それに対するコメントをレスポンスペーパーに書いて、時には10頁くらいのショートペーパーを書いたり発表をしたりして、その上でタームペーパーに備えなければいけないわけだ。ああ。

そんなわけで最近睡眠サイクルがおかしい。もともとが大人げないほどに夜型だったのだけれど、最近じゃだいたい朝の6時に寝て10時に起きて学校に行って帰ってきて昼の3時にまた寝て夜の7時に起きるというような睡眠分割体制が続いていた。これは勉強の面では思いのほか効果的でなかなか気に入っていたのだけど、身体には案外しんどかったようで、肩こりがどうもとれない。そんなわけで最近ラジオ体操を始めた。YouTubeで動画を見ながら体操するのだけれど、これがけっこう気持ちがいい。第一、第二ともにフィニッシュ近くに跳躍の後で深呼吸に入るのだけれど「弾んだ呼吸を整えましょう」というお姉さんの言葉、最後に体育の授業があった高校生のころはよく意味がわからなかったのだけれど、今は身にしみる。体育って大学院生にこそ必要な授業だ。コースワークに入れてほしい。

2010年10月30日土曜日

あたいのHalloween

アメリカ人はハロウィンに本気だ。全力投球だ。わたしの初ハロウィンはDrag Partyであった。みんな(特にMFAの人々)すごいことになっていた。そんなわけでわたしもDrag Kingデビューしてみた。今回気づいたのはあごひげとか口ひげとかがいかに安心感を与えるかということで、宴の途中汗かいて口ひげがなくなったら去勢されたようで急に心細くなり、その後ずっとあごひげを触っていた。ようやく男子のあのジェスチャーの意味がわかった。フロイトはあながち間違ってないよね、やっぱり。

2010年10月15日金曜日

canker sore

アメリカに来たらタバコなんて吸えないだろうなと思っていたのだが、どっこいここは南部。LSUの喫煙率は東大の3倍くらい。いや5倍かな。10mごとに灰皿がある。というかゴミ箱の上がどれも灰皿になっている。お値段は4ドルから5ドルと日本よりややお高めだが、それでもみんなけっこうパカパカ吸っている。

とはいえわたしも自分の身体の弱さはよくよく知っているので、調子に乗って釣られタバコをしないように肝に銘じている。幸いこっちはニコレットが安い。だいたい日本の3分の1くらいの値段かな。100ピースで30ドルくらい(日本だと1ピースだいたい100円)。アマゾンなんかで頼めるのだが、「定期購入の勧め」みたいなのまである。ニコレットもいつかはやめなければという感覚がなくなる。

が、やはりそろそろニコレットもなんとかしなきゃな、と思うのはやはり口内炎が出来た時である。わたしはよくものを食べるとき勢いあまって口の中を噛んでしまうのだけれど、ニコレットを噛んでいると確実に口内炎がひどい。今も久々の口内炎に苦しめられているのだけれど、友人に愚痴ったら写真のKANKA(口内炎は英語でcanker soreというのでその音をとってキャンカという。小林製薬的なネーミングは万国共通なのだね)という薬を買ってきてくれた。蜂蜜みたいなテクスチャーの塗り薬なんだが、これがまぁ痛みを見事に殺す。塗った一瞬後には口の感覚がなくなる。治療効果はおそらくない。いやしかしほんとにアメリカっぽい薬である(アメリカ人は保険の関係で日本人より病院にいかないからというのもあるのだろうか、市販薬がけっこう強烈)。身体にいいわけはないのだが、それでも帰国の際には10本くらいは買って帰りたいものである。あーなにも感じない。そしてまたニコレットを噛み締めるのである。とほほ。


2010年10月13日水曜日

HipなMFA NerdなPhD

アメリカの英文科のおもしろいところのひとつに、多くの大学院でMA(修士)やPhD(博士)の他にMFAと呼ばれる学位を出していることがある。

MFAとはMaster of Fine Artsの略で、英文科でMFAというとクリエイティブライティングを専門とする人たちの学位を指す。よって英文科には、詩、小説、スクリーンプレイなどの創作を専門にするMFAの学生と、英米及び英語圏文化文学研究を専門にするPhDの学生がいることになる。他の大学のシステムはわからないのだが、LSUではPhDの学生もクリエイティブライティングの授業をとれるし、MFAの学生も批評の授業がとれるので、同じクラスにPhDとMFAが混在していることがままある。というかほとんど全部の授業がそうである。

MFAの学生は一見しただけで区別がつく。MFAとはhipsterの異称なのである。写真はうちのMFAの人々ではなくネットに落ちていたhipsterの写真なのだが、この三人が三人ともクラスにいておかしくない。ぴたぴたのスキニーデニムにコンバース、でかいフレームのだてメガネないしサングラス、スカーフ、アメアパ的ネオンカラーのVネックなどがその目印になる。で、みんないかにも不健康そうな顔色をして週末はパーティに興じてはいるのだけれども実は健康マニアで食べ物は主にオーガニック(ベジタリアン率が高い)、名前を聞いた事のないようなインディーロックを支持して、facebook, twitter, myspaceその他social networに常に繋がり1000枚単位の写真をアップしている、というのがいわゆるカリカチュアライズされたhipster 像なのだけれども、MFAの学生は多かれ少なかれこうした記述に当てはまるところがある。

MFAの学生を揶揄するためにこれを書いているわけでは全くないのだけれど(実際みんないい人なのである)、hipsterというのはやはり現象として興味深い。Hipsterというのは一言でいえば中上流階級の若者のカウンターカルチャー「的」身振りである。40年代に初めて使われてBeatと結びつけられていたこの言葉は、90年代後に復活をとげて今に至るらしいのだけれど、現代におけるhipsterというのはポストモダン的エートスをその身にいっぱいに浴びた、それはもう引用につぐ引用でできたコラージュ、ということのようだ。見かけとしてはまごうかたなき「カウンターカルチャー」なのだけれど、その実、西洋文明批判という旧来のカウンターカルチャーの精神を(無意識に)換骨奪胎したというのがポイントで、実は物質文明を批判しながら徹頭徹尾消費文化に貫かれていて、もともとの文脈からあらゆるカウンターカルチャー的要素を切り取ってそれを商品として消費して身にまとう、という頽廃性がなによりもその基盤にあるようだ。ちなみに上の写真の引用もとのブログの記事("How Do I Know If I'm a Hipster?")はなかなかおもしろかった(http://www.antiquiet.com/features/editorials/2008/11/how-do-i-know-if-im-a-hipster/)。

繰り返すようだけどhipster的MFAの人々をバカにしているわけでは全然ないし、MFAという制度に疑問を抱いているわけでもない。MFAというカテゴリを設けて作家達に教職を与え、また絶滅危惧種である文学を保護し育てようとするアメリカの大学院の試みは立派だし、それ自体ある意味文学的な営みであるとさえ思う。が、たとえば面白かったのはこの間のTheoryのクラスで発表したMFA女子のペーパーで、彼女は「"lowbrow"と"highbrow"の垣根はなくなっているとしばしば言われているけれど、そんなのは根本的には"lowbrow"をアカデミズムの制度に取り込もうとする"highbrow"側の欺瞞にすぎない」と言うような趣旨の事を述べ、ちなみにこのペーパーを書くきっかけになったのは、New Orleansの街角詩人と意気投合しかけたのだがLSUでMFAをやっていると言った瞬間に嘲笑された経験だ、と言っていたことだったりする。Hipsterも楽ではないのだ。

なおこの間American EagleでJegginsというジーンズとレギンスの間の子のようなパンツを買って履いていたらPhDの学生に「hipsterだね」とからかわれ、ニコレットを貪っていたら他のPhDの学生に「禁煙たいへんでしょ、なんかほら、ここだとみんな煙草吸うじゃない…MFAの人とか?」と心配された。我々nerdなPhDとhipなMFAの溝はかくも大きい。

2010年9月29日水曜日

食生活:たんぱく質とわたし


怒濤のようにひと月が過ぎて、Baton Rougeもようやく秋の気配(とはいえ日中はまだまだ30℃を超える)。学校生活にもだいぶ慣れてきた。こないだは初めて長めのペーパーをクラスで発表して、これがけっこう受けた。ディスカッションにも参加できるようになって、ようやく微笑みのアジア人から脱しつつある。が、極東から来た謎のまろうどフェイズが終わった分、普通に学生としてがんばらなきゃいけないのでその分鬼のように忙しいが、それでもなんとか体調も崩さずやっている。

留学経験者のみなさんからは「アメリカの大気には脂肪酸が含まれているので呼吸するだけで太る」というような忠告をいただいていたのでどうなることやらと思っていたが、先日体重計におそるおそる乗ったら体重は減っていた。一日5回くらい食べているのだけど、一回の食事量が少ないというのと、あとはやはりコンビニがないというのがわたしにとっては決定的なのだと思う。東京にいたときも基本的には野菜中心の正しい食生活を送ってはいたのだけれど、あのコンビニの光にどうしても弱くて、学校帰りにふらりと正門前のファミマに寄っちゃ肉まん食べたりしてたからな。いやでもやっぱ肉まん食いたい。

まぁそれはともかく、一週間に一回ないし二回しか買い物に行かないというのはなんだかんだでいいことなのかもしれない。しかしなんというか「食べ物がなくなったらどうしよう」という不安感はやはりどこかにあり、大量におかずを作ってもなくなった時のことを考えると貧乏性的にちょこちょこ食べてしまうのであった。実際一回あまりに忙しくて週に一度の買い出しさえ行かなかったときには食材もつき、キャンベルのスープ缶と冷凍のブリトーで生き延びたのであった。みんなスープ缶まずいって言うけど、あの缶臭さはワイン入れて煮とばしたりスパイスいれたりしたらなんとかなると思うんだけど。ちなみに冷凍のブリトーはお豆たっぷりで案外からだに優しかった。

そうそう豆である。豆を食べまくっているのだ、ここふた月。というのも、アメリカは肉食文化だからスーパーにはさぞかし肉がみっしりあるのだろうと思っていたのだけれど、そしてたしかに日本のスーパーの3倍くらいのスペースがお肉コーナーなのだけれども、買える肉が極端に少ない。鶏。これはいい。こっちは丸鶏とかターキーハムなんかもWalmartとかで普通にあるので、鶏にはほんとにお世話になっている。煮てよし蒸してよし焼いてよし。ただしだいたい皮は剥がれているので皮目をパリっと焼いたチキンはご無沙汰。一番登場回数が多いのは蒸し鶏で、もも肉にたっぷり(これがポイントでもも一枚につき大1くらい)お塩をすりすりして、生姜の輪切りとリーク(ふとネギ:とても甘い。日本だとやたら高いのだがこちらでは普通のおねぎの価格)の青い部分を乗っけてお酒を50ccくらいかけてリークの白い部分と一緒に蒸す。保存も利くしサラダにもつかえるし蒸し汁はスープに使えるしで便利。まぁとにかく鶏はよいのだ。牛もまぁいい。牛はひき肉以外あまり食べないのだけれど、実際のところお肉コーナーの約50%は牛とかラムとかの赤いお肉。当たり前だが日本よりはぜんぜん安いので心行くまで煮込める。で、問題は豚、そう豚なのだ。豚がめっぽう少ない。まず薄切りなんてコンセプトは牛だろうが豚だろうがこちらにはないのでそれは涙を飲むにしても、豚のひき肉というのがなぜだかほとんどお目にかからない。しかもブロックもまぁ赤い赤い。要するにこっちのスーパーの肉というのはなぜかものすごく脂肪コンシャスで(鶏の皮が剥がれているのもそれが理由のひとつかもしれないが)、紅白のミルフィーユ的バラ肉というものが存在しないのだ。これは困った。ひき肉で餃子が作りたい。バラ肉で角煮が作りたい。ぱさぱさの豚肉なんて豚肉じゃないやい。

まぁそんなわけでどうも使える肉が限られているので蛋白源が自然と豆になる。こちらは缶詰文化が非常に発達しているので、野菜でも肉でもなんでも缶が売っているのだけど、とにかく有り難いのが豆の水煮缶。日本でももちろんあるはあるのだけれど、けっこう高かったり量が少なかったりであまり毎日使おうという感じにはならなかった。しかしこっちだとでっかい豆缶がひとつ1ドルくらいで売っているし、種類もとにかく豊富。南部は豆料理が豊富だから、というのももしかしたらあるのかもしれないけれど、でもメキシカンもやっぱり豆をすごく使うし、これはアメリカ全体的なことなのかもしれない。Red kidneyを筆頭に(といってもこれだけで4ブランドくらいはどこでも置いている)chick peeやblack eyed peeやらrima beanやら、普通の水煮だけじゃなく調理済みの缶などもあり、とにかく豆豆豆である。で、これがほんとに助かる。ありがたいことに毎週野菜市場に連れて行ってもらっているのでそこで大量に野菜を買い込んで、まず帰って必ず(ここ2ヶ月で100%)作るのが鍋一杯のラタトゥイユなのだが、初日は普通に食べるにして、翌日の朝とかなんか物足りないなぁと思って豆缶(あとはソーセージとか)を投入すればなかなかheartyなごはんになる。Red beans and riceももちろん簡単でおいしいし、それになによりhummusがすばらしい。Hummusというのは中東発信の料理でベジタリアンのたんぱく源らしく、chick pee(ひよこ豆)をペーストにしたものなのだけれど、一度外で食べてすっかりはまり、これもほぼ毎週作っている。ポイントはやはりtahiniというごまのペースト、すりおろしのにんにく、レモン汁などを練り混ぜることなのだけれど、その時々でドライトマト(これまた安い。とにかく野菜市場の手作りドライトマトのうまいこと)を刻んでいれたり、カレーのスパイスを入れてみたり、クルミをローストしたのをまぜたり、いろいろ応用がきく。そのまますくって食べてよし、パンにはさんでサンドイッチにしてよし、野菜につけてよし。夜中に腹が鳴ったときの定番である。

食べ物の話をし始めると切りがないことがわかったのでそろそろやめなければいけないが、そんなわけでたんぱく源が肉から豆に変わった。あとは乳製品もなんだかんだで食べている。こっちはチーズの種類が(くどいようだがWalmartでさえ)豊富なので、ラタトゥイユにちぎったチーズを乗っけてチンすればとろとろうまうまだし、夜中に冷蔵庫の前に座って海苔(これは送ってもらってます。なにしろ日本で300円くらいのが優に10ドルはするのだ)にはさんでぱくつけば勉強もはかどる。牛乳とグラノーラのおいしい関係についてはまたいつか書くけれども、牛乳も日本では全然飲まなかったけどこっちに来てからなんだかんだで毎週買っている。興味深いのはどんな製品にもreduced fatバージョンが豊富に売っており、チーズでも牛乳でもなんでも気味が悪いほどに低カロリーのものが選べるようになっていることで、アメリカ人の脂肪コンシャスにはほんとに驚かされるのだけれども、ああしかしそれにしてもこんなに脂肪コンシャスなのに多くのアメリカ人はほんとに大きいのだ。体質的な問題(それから階層的な問題—Wholefoodsの顧客とWalmartの顧客の平均体重を比較したら15kg以上は違うはずだ)もあるのかもしれないけれど、バラ肉や鶏皮の脂肪を恐れた結果、身体が脂質を欲してバターや揚げ物に走っているのだとしたらなんとも皮肉なことだな、などと思う。くどいようだけど、豆も好き、でも、わたしは脂肪の適度に入ったお肉が食べたいんです。で、友達にバラ肉の説明を必死でしたら(赤いお肉で白い脂肪がサンドイッチになってるの、口に入れたら溶けるの、みたいな)それはWholefoodsに行って、お肉コーナーのお兄さんをつかまえて、marbledなお肉がほしい、と言えば切ってもらえるかもしれない、と教えてもらえた。Marbled。なるへそ。角煮まであと一歩。



2010年9月13日月曜日

emasculation


日本の大学で一緒だった友人(同時期に留学)から電話がある。英語で話すのに疲れた我々は久々の日本語での長電話を楽しむ。彼が言う。去勢の日々です、と。そうなのだ、言語というのは力でありphallusであるわけなので、言語的な不自由さというのは去勢状態に外ならない。が、なぜわたしの場合それが(比較的)frustrationにならないかといえば、わたしは去勢されて今どうやら自分のfemininityと折り合いがついてしまっているからのような気がする。涙のphallic womanを返上してアメリカで今堂々と女やってる自分てどうなんだろう、とフェミニストの自分が問う。これまでの何年間で最大の問題だったものが、言語的不自由によって(少なくとも表面上は)いかにも容易く解決している。なんということだ。でも大丈夫。4年後にはポークビッツのようなものが芽生えているはずだから。

2010年9月9日木曜日

あたいの夏休み 1


このブログのタイトルは中島みゆきの名曲『あたいの夏休み』から来ている。なんでこんなはすっぱなタイトルをつけたかって、それはたまたま、ブログを始めてみたら、とHさんに言われたその日に、わたしにtubefireを教えてくれようとしていたWくんに「好きな曲言ってみて、YoutubeからiTunesにとりこめるよ」と言われて反射的に答えたのが「あたいの夏休み」だったから、という理由だったのだった。

こっちの英文科の友人が、今年の夏休みはコロラドに行ってきたんだ、と言う。なんだかんだでけっこう高くついたけど、その価値はあったよ、と。もちろん山登りが好きというのもあるんだけど、これまでの人間関係もなにもないところで好きなだけ本が読めて勉強に集中できたしね。夏休みってそういうものだよね。と、言われてわたしは、自分にとってほんとにここでの生活が「夏休み」であることに気がついた。

なんだかわからないのだけど、ここに来てこのかた、やけに気持ちがリラックスしている。このわたしが、である。もちろん授業はほんとに大変。3コマとっているのだけれど、各授業で毎週1冊くらい本を読んでそれに対してresponse paperという感想文みたいなのを書かなきゃいけないし、ディスカッションは矢継ぎ早に発言が飛び交って、しかも学生の発言はコンテクストが掴めないからよくわからないこともままある。ただでさえ与えられたテクストが難しいのに、(Jamesonとか、ほんとに授業前はわけわかんなかった、正直)ディスカッションだって60から70%くらいしかわかってないんじゃないかな、と思う。もちろん発言なんてできない。授業自体はもの凄く充実感があるので楽しんでいるけれど、それでもディスカッションの最中に教授と目が合ったりするとアルカイック・スマイルでごまかすしかなく、最初の週は手足をもがれたような気がした。

が、いったん自分が「できない」ということを受け容れると、不思議なことに焦りや不安というのは退くもので、ある種の防衛機制なのかもしれないが、この無力さというかvulnerabilityのようなものを一種、楽しむことができるようになる。言語というのは人間の人格の礎であるので(というかなんちゃってラカニアンなわたしは人間というのは言語でしかないとさえ信じている)、母語を剥奪されて外国語の中に置かれると、ほとんど生まれたての赤子状態である。この赤子状態というのがやけに気持ちがいい。こっちに来てからなんでわたしはこんなに素直になったのかしら、と思っていたのだけれど、それはアメリカのせいだけではなくて、この5歳児的状況のせいでもあるのかもしれない。乾いた土みたいなもんで、言語のシャワーが気持ちがいい。いや、辛いときもあるのだけど、もちろん。

日本にいたときは、だいたいのことはある種の日本語の巧みさみたいなもので自分を守る壁が作れていたし、それはそれでよいことだったとも思う。人間関係の微妙な距離感みたいなものを言語で調節することも(得意ではなかったけれども)ある程度はできていたし、近寄りたくないものには近寄らないでいることもできた。が、今は自分を守ってくれる言語の壁がないので、常にいろんなものが好き勝手にわたしの中に出入りしてくる。言葉の微妙なニュアンスが出せないので、わたしの英語の世界は画素の粗い写真のようなものなのだが(ああそうだ、わたしはメガネを外すと世界がぼやけてリラックスするのだけど、それに似てるかもしれない)、ただ同時に自分の好意(大げさにいえば新しい世界に対するそれ)を知ってほしい、というような欲望(これは基本的には日本にいた時からあるものだと思うのだけど)もあるので、とにかくとりあえず一度受け容れてしまう。そうするとそれが案外楽しかったり楽だったりするのだ。

と、あんまりこんな風に多幸感に浸っているように書くと手ひどいしっぺ返しが来るのでは、と恐れるところがわたしなのだが、とりあえずわたしのここひと月のリラックス感についての考察は続く。たぶんまたいつか。

2010年9月6日月曜日

ポン酢愛


今日はlabor dayということで学校はおやすみである。ひと泳ぎしようと思ってジムに行ったら休みだったので、しょうがねぇなぁとUniversity Lakeの周り(徒歩で一周1時間強)を散歩していたら突然の雷雨に見舞われる。雨宿りする場所もなく、ずぶぬれのぬれねずみで家に帰る。とんだホリデーだ。勉強しろってことですね。

と家で本を読んでいたら知人のK先生から電話があり、昨日釣りに行ったのでお魚いかがですか、とのこと。もちろんありがたく受け取る。アメリカの食生活に文句を垂れまくるビッチ(ちなみにbitchという言葉は「文句を言う」という意味で動詞的にも使われる)にはなりたくない、というのが信条のわたしは一人暮らしのお料理生活をけっこう楽しんでおり、毎日一汁三菜を実践しているのであった(勉強もしてるよ)。だいたいLouisianaは食文化が豊かなのでこれを学ばない手はない。Redbeans and Rice とかGumboとか、ほんとにおいしい。しかし唯一アメリカ(いやBaton Rouge)に文句を言いたいところがあるとすれば、魚がない、ということなのだ。Walmartとかだとまずお魚コーナーがないし、それでもWhole Foodsにいけばある程度は買えるのだけど、どうも新鮮さに欠ける。Gulfがこんなに近いのに。Oil Spillのせいだけではなく、こちらの人はどうもそんなにお魚は食べないようだ。Catfish(ナマズ)のフライはよく食べるみたいなんだけど。あと寿司屋もけっこう流行ってるんだけど。

まぁそんなわけでしばらく家庭でお魚を食べていなかったので、目の前のRedfishなる白身の魚にうち震える。しかもけっこうな量がある。とれたてなのでお刺身でも食べられるわよ、とK夫人がおっしゃるので、さてほくほくしながら刺身で食べようとする。が、ワサビがない。オリエンタルフードマーケットは遥か遠くだしlabor dayで休みだし。醤油だけで食べてみたらやはりちょっと独特の臭みが気になる。なんとかいい方法はないものか。そうだ、ポン酢と薬味で食べよう。

もともとわたしはポン酢に対して異様な愛着がある。大抵の刺身やら寿司やらは(邪道だといわれようが)ポン酢で食べていた。醤油だとどうも塩味が濃すぎる気がするのだ。しかし普通のいわゆる「ポン酢」は酢がきつい。そこで日本にいるときには写真の「かけぽん(正式名称はチョーコーゆず醤油 かけぽん)」を水のように使っていたのだが、これがとにかくだしが効いててまろやかでうまい。一本500円くらいで、家族で月に2本は消費していたと思う。しかしもちろんこんな最果ての地に愛しのかけぽんがあるはずもなく、オリエンタルフードマーケットにはいわゆるポン酢が一本$6くらいで売られているのみ。普通のポン酢って200円くらい、という感覚がまだ残っているわたしには到底買えない。みりん(1リットルで$10)とかなら涙を飲んで買うけど。

そんなわけでポン酢が我が家にはない。しかし目の前の刺身をどうしてくれよう。そうだ、作ればいいんじゃん。というわけでポン酢を作ってみた。以下、覚え書き的に配合。

①みりん 100ml
②日本酒 40ml
③白ワイン 60ml (ほんとは酒100mlでいいんだけど、こちらでは日本酒のほうが高いので)
④顆粒だし 小さじ1/2強
⑤柑橘果汁 100ml (今日はいただきもののグレープフルーツ。key limeなどもこちらではやすいのでそれで作っても良さそう。日本なら理想的にはゆず。季節的に手に入らなければみかんとかオレンジとか、あとはポッカのレモン汁とかでもいけそう)
⑥酢 100ml
⑦醤油 200ml
⑧オレンジジュース 50ml

みりん、酒類は煮切ってあら熱をとってから混ぜます。ほんとは昆布とか鰹節とかあれば絶対おいしいのだけれど、あいにく母が送ってくれたはずのそれらはまだ届いていないので顆粒だしで代用。なのですが、できたのはかなりかけぽんに近い味。いや、もしかしたらかけぽんを超えたかもしれない。オレンジジュースをいれたのは甘みとフルーツ感がもう少し欲しかったからなのだけれど、これがけっこういける。あとコク出しにバルサミコ(こっちでは安い)も少しいれてみた。

そんなこんなで完成したポン酢をお茶の入ってた瓶で冷やして、たっぷりのネギ(こちらではgreen onionというのが一番和ネギにちかい)とたっぷりのおろし生姜(生姜も安い)をお刺身に乗せて自家製ポン酢をかけて食す。うまし!あああ、うまし!友達よぶのももったいなく、つい一サクひとりで完食してしまった。残ったアラとかはお魚カレーにしようと思います。これまたおいしいんだ。ほくほく。





2010年8月30日月曜日

ωππ


秋学期が始まって一週間が経過した。学校生活についてはまた改めて書くことがたくさんあるのだけれども、今日はとりあえず別の話。

この時期のアメリカの大学というのは日本の大学の4月に相当するわけで、とにかく学部生達がきゃぴきゃぴしている。しかもわたしの通っているLSUというのはなんというかな、昔は全米で10本の指に入るパーティ・カレッジだったらしく、いまなおその華やかなる面影をどこか残している。男女ともに目に優しい。アメリカに来る前、お洋服をパッキングしようとしていたら「そんな服を着る機会はまずない、基本的にみんな寝間着だから」「スカートなんて履いてようものなら犯される」といろいろな人にアドバイスをもらったのだが、ところがどっこい、LSUの学生はけっこうイケイケなのであった。特に黒人女子はスーパーイケイケ。原色のワンピを身にまといキャンパスを闊歩してたりする。ひゅうひゅう。

とはいえ、女子学生の6割くらいはTシャツに短パン(ただし半ケツしそうな丈…なのだがアメリカ人はケツがかなり高い位置についているので半ケツはしません)にビーサン(アメリカではflip-flopと呼ぶ)が基本なのだけれども、最近どうもそのTシャツに異変がある。みんなの胸にギリシャ文字が並んでいる。φμとかκδとか。なにごとだ、Abercrombieはどうした。

友人に話を聞いてわかったのだが、どうやらこれはソロリティというものらしい。なんと、ソロリティ。池田理代子の隠れた名作『おにいさまへ…』(必読)は青蘭学園高等部の女子連が一ノ宮蕗子さま率いるソロリティという見目麗しく血統正しい女子しか入れないグループに入るためにしのぎを削る、というような設定の漫画で、これがまたBSでアニメ化されたりしたのだ、わたしが小学校のとき。花のサンジュストさまとか薫の君とか、ああああもう懐かしい。それはまぁとにかく、だからわたしはソロリティというのは池田理代子的な世界にしか存在しないものだと思っていたのだけれど、アメリカにちゃんと実在していたのですね。

ソロリティというのはその男子部門、フラタニティとともに全米的な活動として多くの大学に存在しているそうで、たとえばφμはLSUだけじゃなくていろんな学校にあり、メンバー同士全米的に交流があって、就職活動のときなんかにも有利になったりするらしい。グループのメンバーは3、4年生くらいになると(これはLSUだけなのかもしれないけど、よくわからない)ソロリティ・ハウスみたいなところでみんなで暮らすそうな。ちなみにLSUのUniversity Lake のまわりには確かにギリシャ文字を掲げた白亜の邸宅が並んでいる。もちろんソロリティに入るためにはセレクションがあり、「ラッシュ」と呼ばれる時期にはワナビーソロリティたちが群をなして自分に合うソロリティを探す。ドレス審査やインタビューなどもあるということ。いやいやおつかれさま。

グループごとにいろいろ特色はあり、基本的にはお金持ちの白人子女たちの集まりらしいのだけど、すごく真面目にボランティアをやってるグループや、マイノリティグループのソロリティなどというのもあるそうな。まぁしかしやはり「ソロリティ」という響きは「イベサー」「テニサー」に近いようで(実際フラタニティの中にはなかなかスーフリ的なものもあるらしくて、ある種のフラタニティ・ハウスの中にはmattress roomと呼ばれる部屋があったりもするとのこと)、アメリカにも存在するサブカル系男女には煙たがられている。いずこも同じ秋の夕暮れである。

だからどうしたというわけでもないのだが、ここは南部も南部、深南部ということもあって、こうした社交がやはりかなり盛んなのだ。二言目にはPolitically Correctがどうした、という時代なのにまぁほんとに普通にPlantationという名前を堂々と冠したアパートなんかもざらだし、なんかこれはこれでカルチャーショックである。"Out of league"というフレーズが英語にはあるのだが、これは例えばnerdyな少年がチアリーダー/ソロリティ的な女子に恋をしたりするような状況を表すもので、しかしこういう表現がかなりの市民権を得てフレーズとして確立されているのを見ると、アメリカのteeagerおよび大学生の中には確固たる異性愛恋愛市場のヒエラルキーがあるのだな、と感じるわけだったりする。それは一種のカーストのようなもので、こと高校生の中では異カースト間のロマンスというのはほとんど成立しないと言うアメリカ人もいる。それを聞いたときはそんなの日本だって似たようなもんじゃないかね、と思ったりもしたのだけれど、いざこっちに来てソロリティ/フラタニティ的ないわゆる「メジャー」なものに対する価値付けの異様な高さ(素直さ)を目の当たりにすると、日本はそういう意味では恋愛市場に流動性があるのだなと感じる。やっぱり日本だと「へー、ソロリティ。そりゃまた。」というしらけた感じがあるものね。

ちなみにタイトルのωππは友人がソロリティについてわたしに説明する時に考えたグループ名である。読み方はもちろん「おめがぱいぱい」。おにいさま、なみだが、止まりません…

2010年8月15日日曜日

New Orleans, Louisiana 2


さて、New Orleansについてはまだまだいくらでも話すことがある。

日本にいるときにガイドブックを見て、New Orleansはフランス統治時代の面影を濃く残す街で、建物のバルコニーにはiron laceと呼ばれる美しい鉄細工が施され、中庭には花が咲き溢れています、というような記述を頭に入れていた。なるほど写真はディズニーランドの玄関から入って最初の街並みたいな感じで、ほんとに美しい。

実際に行ってみて、それが裏切られたというわけではない。ホテルや街並は乙女心をくすぐるヨーロピアンな装飾に溢れている。が、New Orleansという街の本質はそこにはない。この街を端的に表す形容詞は「猥雑」である。良くも悪くも。

French Quaterというのが観光のメッカなわけで、ガイドブックもここに多くの頁を割くわけだけれども、行ってみるとこれがほんとうに小さい。縦600m、横1.2kmくらいの四角形なので、すぐに歩けてしまう。そのFrench Quaterの目抜き通りはBurbon Streetというところで、ここにはジャズクラブがひしめき合っています、というのがガイドブックの説明だったのだが、それよりなによりひしめき合っているのは風俗店であった。ストリップ小屋の多いこと。しかも写真の如くおねえさんたちは白昼堂々店の前に来て下着姿で客寄せをやるのである。だからなんというか、ヨーロピアンな乙女風味と歌舞伎町と大音量の音楽(昼はクラブミュージック、夜は生のジャズが店から爆音で聞こえてくる)、それに小便的異臭を足すとFrench Quaterのイメージに近い。東京で一番好きな街は上野というわたしにはなんとなくこれが懐かしかった。

とはいえFrench Quarterはほんとうに小さな一画だし、酒の飲めない我々乙女はそんなにナイトライフをどっぷり堪能するわけにもいかない(なにしろ一泊二日だし)。そんなわけでStreet Carに乗ってGarden Districtという高級住宅街でごはんを食べることにする。New Orleans のStreet Car と言えば Tennessee Williams の Street Car Named Desire で、昔は確かにDesireという終着駅があったそうで「欲望という名の列車」も存在したらしいが、残念ながら今はもうない。しかしまぁやはりStreet Carというのは趣のあるもので、窓際の席に窓ガラスがないので窓際に座るとLouisianaの湿気で大きく育った街路樹がばさばさ顔に当たったりもするが、生温い風が気持ちいい。Garden District の邸宅は(Baton Rougeにも実はたくさんあるのだけれど)Plantation様式というのか、とにかくでかくてヨーロピアンでほんとに荘園領主っぽい。その名もCommander's Palaceというレストランでランチをしたのだが、中は白人のマダムでいっぱいだった。Louisianaは黒人人口が多く、Baton Rougeも人口の約半数が黒人なので、こんなにたくさんの白人を見るのは久しぶりだ。ごはんはすこぶるうまかった(New Orleansのごはんは何でもおいしいのだけれど)が、店の女主人が各テーブルを回ってにこやかに歓談するというのに、われわれアジア人のテーブルでは「ごきげんよう」くらいで終わったので、ああこれが噂のあれなのか、と妙にしみじみしてしまった。Baton Rougeではあまりにみんな優しいからすっかり忘れていたよ。

そんなDeep South体験までさせてもらった後に、我々は夕暮れのSwamp tourに繰り出した。これがもうほんとにすばらしかった。長くなったのでいい加減止めるが、また是非行きたいとほんとうに思う。ボートでswamp と呼ばれる湖と沼の間くらいのジャングル的湿地帯を巡るのだが、その風景が美しい。Gator(Alligatorの略)とよばれる鰐も売り物のひとつらしく、ガイドのひとり(仕事を始めて2年目)が調子に乗って口にソーセージをくわえて鰐をジャンプさせようとしていたのを見て、我々のガイド(彼はCajanの子孫なのだった)は冷静に、ああいう奴、小学校の教室にひとりはいるよね、みたいなテンションだった。

さんざん遊んで、Preservation Hall でジャズも聞き、名残惜しいがそろそろ帰ろう、と夜10時、ホテルの駐車場に歩いて戻るときに、サンダーストームが来た。稲妻が落ちまくり、雷が轟く。これまでに見たことのない量の雨に呆然としながらも、止む気配がないので夜の雨の中を友人と二人で走る。ずぶぬれになってホテルのトイレの乾燥機(ほら、手を乾かすやつ)で身につけたままのシルクのワンピースを乾かす友人の姿をわたしは一生忘れないだろう。New Orleansよ、必ずまた来るからね。See you later alligator, in a while crocodile!


New Orleans, Louisiana


もう一週間前になるけれど、New Orleans に行ってきた。

New Orleans までは Baton RougeからI-10というInterstateを通って約1時間。アメリカ的に言えばこれはご近所レベルである。5年前のHurricane Katrina の爪痕もまだ癒えぬうちにGulfのoil spillに見舞われたこの街は、東洋人的にいえばもしかして風水的になにか良くないのかもしれないなどと思わずにはいられないのだが、実はこの街自身も「全米一呪われた都市」を誇っている。

昨今、キリスト教を捨てたことで話題になっているAnne RiceのInterview with Vampire(Tom Cruise主演で映画にもなった)もこの街が舞台だった。ちなみに我らがBaton Rougeではこれから大人気ヴァンパイア映画 Twilight の最終章が撮影されるらしい。もうひとつちなみにVampireものというのはアメリカの腐女子(失敬)に大人気の確固たるジャンルで、女子達はイケメン吸血鬼との禁断の恋に身もだえるそうである。さて、日本の腐女子なわたしと友人もVampire tour というウォーキングツアーに参加して、夜のFrench Quaterでいわくつきの建物を巡った。大聖堂の前では写真の眼帯を着けたイケメンガイドが「その階段では、Vampireの調査をしていた女学生二人が失血死しして発見されたんだよ。体中の血液の80%が抜かれていたそうだ。これは頸動脈を切って天井から吊るしてもあり得ない数値でね、しかし僕は長年、しかしなぜ大聖堂の階段にわざわざ死体を置いたのだろうと考えていたんだが、ある時ツアー客のひとりがこう言ったんだ。『それはこれが天国への階段だからです』って」みたいなことを言う。ちなみに一応全部、新聞にも載っている実際の事件なのだった。Vampire tour の他にもGhost tourや、お墓巡りのツアーもあり、夜も更けているというのに、やはり演劇出身とおぼしきガイドに引き連れられた観光客の集団といくつもすれ違った。馬車(馬ではなく騾馬のようだったが)に乗った人たちもいる。New Orleansというのはほんとに観光都市なのだ。

New Orleansはもうひとつ、Voodooでも有名な街である。Voodooというのは、奴隷として連れてこられ、キリスト教信仰を強いられたアフリカ系の人々が、密かに持っていたもともとの宗教とキリスト教をフージョンさせたものである、というのがとりあえず一番シンプルな説明である。アメリカでは多くの場合、一種の黒魔術として認知されているのだが、実際わら人形のようなひとがたを使った呪術や、髑髏や木製の神々、それに呪い/祈りの対象となるものの写真を祀った祭壇、トランス状態の降霊術など、一見かなりおどろおどろしい特徴に満ちている。

わたしが修論を書いたZora Neale Hurstonという黒人女性作家は人類学者でもあり、このNew Orleans Voodooを題材にした本も書いている。彼女はその本のなかで、自分はVoodooのinitiation ritualも経験し、蛇の皮に包まれて飲まず食わずで48時間を過ごし、Voodooの神のひとりと交わって"Rain Bringer"という名を得た、とも言っている。そんな縁もあってFrench QuaterにあるVoodoo Museumにも行ったのだが、そこの管理人のおじいさんというのが(白人なのだけれど)、Marie LaveauというVoodoo Queenの直系の弟子だそうで、彼の念が入ったGris-girisと呼ばれるお守りぶくろ(いろんな種類があって、それぞれハーブがかぐわしい)や件の人形などがお土産コーナーに置かれている。買うときにいろいろおしゃべりをしたので、ついHurstonのことも話したら、急に顔が曇った。彼女は嘘つきだ、Voodooのことなどわかっていないのに、とつぶやく。Hurstonというのは一筋縄では行かない人で、黒人でありながら当時白人言説であった人類学で黒人研究をし、さらに"telling a lie" というのが黒人文化の礎なのだ、と主張する人であったから、彼女の発言の中で何が本当かを見極めるのはいつも困難で、そのevasiveさが好きで研究を続けてきたわけだが、改めてこうした反応に触れると、なにか胸につかえるものがあった。

ともあれ、Voodoo museum で買った恋守りは枕の下に置いてある。わたしは仏教徒なのだが、しばし日本仏教の懐の寛さに甘えることにする。

州都だと思ってた


いや、たしかに州都なのだ。間違いなく。その証拠に写真はState Capital の建物の中。

もちろんだからといって例えば横浜みたいな便利さを期待していたわけではもちろんない。なにしろアメリカである。さらにいえば南部も南部、深南部である。だけど、でもなんていうか、州都なんだし、ほら、デパートとか、病院とか、公共交通機関とか、もっとこうaccessibleなものだと思っていなかったといえば嘘になる。

しかしここでは車がないと人間的な生活は営めないということが判明した。なにしろ買い物にいけないのだ。徒歩圏内にスーパーやgrocery storeがない。いや、徒歩圏内を徒歩40分以内と規定するならばあるにはある。しかしそこまでの道には歩道がない。もちろん横断歩道もない。だから結局のところ、たとえ徒歩5分のところにスーパーがあったとして、それが道路の向こう側にある限り車がなければそこには辿り着けないのだ。

アメリカが車社会だということは、これもまぁ常識としては知っていたが、紙の上の知識と生活上の実感というのはつくづく別だ。Bosoton や New York ならまぁ車がなくても生きて行けるのだろうが、アメリカ国内のそれ以外の都市で車なしである程度以上の生活をするのは不可能である。ある程度以上、というのは、例えばここBaton Rougeでも車を持たずに生活する学生はわたしのほかにももちろんいる。そうした人々、わたしも含めて、はどうするかというと、もちろん買い物にいく他の人の車に乗せてもらうのだが、残念ながら乗せてくれる知り合いがいなかったなどという場合、食事を含め全てをキャンパス内で済ませなければならなくなる(幸いなことにわたしのアパートから学校までは徒歩10分。横断歩道もいちおうある)。つまり食べ物はサブウェイかマクドナルドということになる。服はいいんだけど。けっこうかわいいLSUTシャツとかあるので。もう買っちゃうよ。紫にゴールドの虎のTシャツ着ちゃうよ。

そんなわけでアメリカの高校生にとって16歳の誕生日というのは特別な意味があるらしい。晴れて免許がとれて、ひとりで移動ができるのだ。それまでは学校に行くのにも買い物に行くのにも、デートに行く時だってママの車に乗らねばならぬのだ。アメリカでは(とくにここは南部だからそういう機会が多いらしいのだが)学校主催のダンスパーティがわりとよく催されるのだが、男の子は女の子をダンスに誘いに行かなければならないそうで、その時には彼女のドレスにあったブーケとかを持って行くのだそうだけど、そんなダンスの行き帰りももちろんママの運転である。なんという。日本の高校生みたいに学校の帰りにカラオケ行って、マックで合コンして、塾の帰りに電車の駅までいちゃいちゃしながら歩いて、というわけにもいかないのだな。

まぁそういうわけで、車がない限りここでは一人前の大人として行動ができないのだ。はっきり言ってこれはもうアイデンティティ・クライシスレベルのことである。わたしは無力だ、赤子のような気分だ。ここで大変お世話になっているMさんはそれはもう親切なので、わたしが免許をとって車を買うまで週に一度はお買い物に連れて行ってくださるそうなので、わたしは恵まれているのだが、それでも週に一度の買い物ではいろいろ足りないものも出てくるし、Mさんに隠れてこっそり買いたいものもあるかもしれない。貧乏大学院生の分際でL'Occitanneの香水が欲しいからモールに連れてってくださいとも言いにくいし、かわいい下着のひとつも買えない。なんということだ。東京育ちのマテリアルガールには厳しいものがあるぞ。オンラインで買ったっていいのだけど、アパートのメールボックスは小さいし、盗難もあるらしいからなぁ。

もうひとり、ここでとてもお世話になっているK先生に何度か言われたのは「ここでそれなりの生活したかったら、車買うか、(車付きの)男つくるかだなぁ」ということである。最初こそ、なんてことを、と思ったが、これはどうやら真理のようだ。だけどわたしもフェミニストのはしくれである。車目当てで男と付き合うくらいなら車買ってやるわい。ちくそう。

2010年8月11日水曜日

水の都


水が合うとか合わないとか、そういう言葉をこんなにリテラルなものとして感じたのは初めてである。

Louisianaというのはおそらく全米でも一、二を争う降水量の多い土地で、夏場の日中、気温は100°F(37℃くらいだろうか)、湿度は70%を超えることがままある。そしてなんだか雲がでてきたなぁ、と思うと、ものすごい夕立が来る。なんのことはない、要するにここは亜熱帯なのだった。草木は茂り森をなし、栗鼠やアライグマ、蜥蜴に虫が闊歩する(ちなみにここではどんな金持ちのうちにもゴキブリがいるらしい)。一種異様な生命力がみなぎる土地だ。

そんなわけでBaton Rouge には(文字通り)水が溢れている。ハリケーンがくればもちろんその降水だけで洪水になるが、普通の夕立でも10cmくらい道路に水がたまることもしばしばで、それ以外にもわたしのアパートから歩いて数分のところにはMississippiが流れているし、その他にもUniversity Lakeという不忍池の数倍の大きさの湖があり、これらが決壊とかしたらそりゃすごいことになるよなぁとしみじみ思う。

そんなBaton Rougeの水なのだが、これが超がつくほどの軟水なのである。とにかく柔らかい。シャンプーの泡立ちは入道雲のごとくだし、シャワーから上がると体中に化粧水を塗ったような感じになっている。といえばいいことづくしのようだがそうでもなく、たとえば食器を洗っているといつまでも洗剤が落ちた気がしない。水というのはこんなに違うものかと驚く。ちなみにLos Angelesからセットアップのヘルプに来てくれた友人によればCaliforniaの水はカチンコチンらしいのだが、それほど離れていなくても、例えば同じ南部のNashville、それに車でたった一時間のNew Orleansでもわりと固いは固い。このBaton Rougeの水の柔らかさというのはほんとに謎だ。Avenne Waterにさえ似ているので、いっそボトルに詰めて売れば街も潤うのに、などと思うのだった。

写真はNew Orleansの近くのSwamp。ほんとに水、水、水なのだ、Louisianaは。




2010年8月9日月曜日

Baton Rouge, Louisiana

とうとうBaton Rougeにやってきた(実はここへ来て今日でもう10日になるのだけれど)。これから数年の間お世話になるはずのLouisiana State Universityのある街である。

LSUのマスコットは虎で、わたしのアパートから徒歩五分くらいのところにはモノホンの虎がいる。彼の名はMike the Tiger VIという。もう六代目なのである。LSUのフットボールゲームの日には、試合会場に駆り出され、相手チームのロッカーの前に座らされる(らしい)。着いた初日に観に行ったら、広々としたガラス張りの檻(というのかどうか)の中でぐうぐう眠っていた。肉球が大きくて萌える。

アメリカの大学のある街というのはどこもそうなのかもしれないけれど、Baton Rougeの人は心底LSUが好きなようで、町中に虎があふれている。大阪の比にならないほど虎まみれで、こんな風にモールのメリーゴーラウンドにもマイクがいるのだった。試合のシーズンになると車が通れないくらいの混雑になり、町中でTailgate Partyというものが行われ、ちょっとしたカーニバル状態になるらしい。わたしのアパートはスタジアム(まぁその名もTiger Stadiumなのだけれど)からも大変近いので、どんなことになるかちょっと想像するだけで怖い。

長くなりそうなのでとりあえずこのへんで。これが旅行ではなくてここで生きて行くというのが、まだもうひとつ実感がないのだけれど、しかしそれでもわたしはここで生活をするのだ。どうぞよろしく、マイク6世。

2010年7月31日土曜日

Nashville, Tennessee 2

前回のポストの続きである

さて、そのようにアイデンティティというものを常に問うこのアメリカ合衆国 当然と言えば当然の帰結として、この国はindividualismに貫かれている それはわたしも常識として知っており、そしてさらに大抵の外国人は、つまり日本人以外は、たいていそんな感じなんだろうなと思っていた 和をもって尊しとする、というのはごく日本的、せめて範囲を広げて東アジア的なものであって、それはほかの国にはない特徴なのだろう、と しかしけっこう驚きだったのは意外なほど多くの国においてこうしたcollectivismが共有されているということだった 「カルチャーショックと対峙するために」というようなレクチャーがあり、そのレクチャラー(Vanderbiltのカウンセラー)によれば、たとえばブラジル、ロシアといった国は相当程度collectivisticな感覚を有しており、しばしばアメリカ人とのコミュニケーション・スタイルの違いがこうした国から来た留学生のカルチャーショックからくる鬱を引き起こす事例が多いと言う 

そしてなるほど わたしがこのオリエンテーションで最も落ち着いて一緒にいられたのはこうした国のひとびとであった レクチャーの途中でコミュニケーション・スタイルの自己分析という心理テストみたいなものがあり、それに沿って4つのグループにわけられた我々はそれぞれ自分たちのコミュニケーション・スタイルのプレゼンテーションをやらされた そこでロシア人、ブラジル人、タイ人、台湾人、ノルウェイ人などからなるわたしたちのグループがやったのは、ただ黙って微笑み、プレゼン内容を書いた大きな紙を掲げるというもの そこに書かれた我々のキャッチフレーズは "Yes, we are quiet, but not dumb"  ほんとにそうなんだよ とほほ

どんどん長くなってしまったのでそろそろ終わりにするが、今回テネシーに来て驚いたのは Southern Hospitality というのがどうやらほんとに存在するらしいということだ 旅行で何度かアメリカには来ていたものの、訪問都市は北部に限られており、南部は初めてだったのだが南部、とにかく人がやけにあたたかい 空港での応対なんかもとにかく人なつこい Howdy, Sweetie, I like your T-shirt. みたいな乗りでとにかく話しかけてくる ちなみにこれは全米的なことかもしれないが、やっぱり自分で重たい荷物をもったりドアを開けたりする機会はほとんどない Laggage Claimではいつのまにか飛行機で隣に座っていたおじさんがわたしの荷物を持ち上げてカートに乗せてくれて、トランジットの飛行機のチェックインカウンターまで"escort"してくれたりする いったい何事だ こんなお姫様気分は初めてだ これからどうなるかわからないが、少なくとも出だしは大変ありがたかった 

もうひとつ、もういい加減にほんとに終わりにするが、Nashvilleは "Music City" として有名で、オリエンテーションではカントリー・ミュージックのライブにも行った それもけっこう良かったのだがなにより驚きかつ楽しかったのはLine Danceというものだ いわゆる「ラインダンス(フレンチカンカンみたいな)」とは全く違い、footloose というのに近いらしいのだけれど、クラブみたいなところで、しかし前方にはステージがあり、そこではバンドがカントリーとロックの間みたいな音楽を演奏している 舞台の前には四角いダンススペースがあって、そこをぐるりとテーブルが取り囲み、客はそこで飲んだり食べたりできる で、ダンススペースでなにをするかというと、ホットパンツにウェスタンブーツのお姉さんがインストラクターをしてくれるのだが、同じようにぴちぴちのブロンド少女(南部では驚くほどブロンドが多い)たちから初老の夫婦まで、みんなで同じ踊りを踊る これがけっこう難しいのだがやると盆踊りみたいで楽しいのだった 参考までにこんな感じ

http://www.vidoemo.com/yvideo.php?good-time-line-dance-country-clip-alan-jackson=&i=aUZsM2c0cWuRpYWl6MFk

南部の文化なのだかテネシーの文化なのだかわからないが、妙にしみじみと良かった 

こんなところで今回はおしまいにするが、そうだな、いい4日間だった、と素直に言えるようになったのは、このオリエンテーションでジャパニーズ・シニカル文学部ネスを無理矢理デトックスされたからかもしれない 良くも悪くも(というのはシニカルの最後の抵抗)


2010年7月29日木曜日

Nashville, Tennessee

あまりにたくさんのことがあり、にわかにはまとめきれないのだが、この4日間、テネシーにいた

奨学金関係のオリエンテーションがVanderbilt University というところで開かれていたのだ 世界各国から奨学生が集い、しばしの間共同生活を行い、これから始まるアメリカでの学生生活への準備をする、というのが題目である

世界各国、というのは具体的に言うと、例えばロシア(わたしのルームメイトはモスクワ出身のJewish Russianだった)、例えばバーレーン(隣の部屋のムスリムの彼女には14歳の娘がいる)、例えばウガンダ(以下説明省略)、ザンビア、アイスランド、ニュージーランド、ええと、あとはノルウェイ、タイ、その他いろいろ、とにかく文字通り世界各国である

だいたい24時間英語で生活するのが初めてだというのに、大きな問題はみんなそれぞれ(もちろんわたしも含めて)お国のアクセントがあるということだ 初めはそのおかげでちょっとしたカオスだったが、不思議なことにしばらく一緒に生活するとなんとかお互いに意思疎通ができるようになる

たった四日間だったけれども、おそらく初めてに近くいろいろいわゆるカルチャーショックというものを味わった 覚えておきたいのでいくつか書いておくことにする 

まず一つ目は(第一のこととして書くにはどうにもくだらないことではあるが)冷房の強さである とてつもない オリエンテーションの前にスタッフから「ナッシュビルは暑いけど建物の中はエアコンがきいてるから羽織るものを持ってきた方がいいわよ」というようなメールをもらっていた それはまちがいない 東京だってそうだもんね と思い、カーディガンの一枚二枚はスーツケースにいれた しかし甘かった 外は40℃近いのだが、建物の中はおよそ20℃ 当然のごとく凍える おいおいなんだよこれはと留学生はみな青ざめる しかしアメリカ人スタッフたちは文字通り涼しい顔をして半袖のままくつろいでいる エコはどこに行ったのだ? アメリカの政治と歴史に関するレクチャーでは、現在のオバマ政権では(そしてまぁ前からずっとそうなのだが)環境問題の位置づけは比較的低いと教授が言う 留学生が聞く、それはなぜか 教授は涼しい顔で答える アメリカは広いでしょう、ご覧の通りちょっと街を離れると緑も多い、だから環境問題がシリアスだってことがなかなか実感できないんでしょう なるほど

二つ目は(というか重要度としてはこちらのほうがずっと大きいのだが)アイデンティティ問題である ポストモダンな島国の文学部にいるとアイデンティティという概念に対して懐疑的になる というかはっきり言ってしまえば、そんなものは虚構であるというメタな立場に立ちたがる アイデンティティなどというものは近代のイデオロギーの産物であって、われわれはナショナリティやらジェンダーやらそんなもので自らを規定しようと物語化するが、あくまでそれは虚構のものであって、確固たる自己など存在しない、などと軽やかに言いたくなる が、そんな理屈はこの国では通用しない あなたは何者かという問いがやむことなく突きつけられる 例えば自分のアイデンティティを規定する要素をリストアップするという課題が出される それについて説明をしうねく求められる そして多くの国からの参加者はそれについて比較的確固とした答えを持っている そうした人々を前にすると、素直なわたしはやはりなにか罪悪感のようなものを感じるのだ アイデンティティが虚構だというのもやはりひとつのイデオロギーに染め抜かれたディスコースに過ぎないのだ、と、正直に言うとそう思う部分がある 人種的、宗教的差異が比較的ない島国では、自分とは何者かという問いからある程度免責されている それはある意味では幸福なことだが、そうした責任から逃れていることを正当化しうる言説(ポストモダン・ジャパン)に寄りかかってメタな立場に立っていると思い込むことは危険な気がした うん まじめに

長いポストになりそうなので、続きは次に

2010年7月25日日曜日

いってきます


正直に言うと
けっこう泣いてしまったのだった


2010年7月24日土曜日

浴衣

母に習って
はじめて自分で浴衣を着た
物心ついてからほぼ毎年
祖母に着せてもらってきたので
浴衣とは祖母というものに
着せてもらうものなのだと
どこかで思い込んでいたのだが
そうか 当たり前だが
自分でも着られるものなのだな

祖母に見せていたら
たいそう喜んでくれ
博多は羽を大きくしない方が粋だよと
ぐいっと帯を直してくれた

母曰く下前は思い切り腰を包むように引く
そして上前もきれいに引いて少し端をあげると
タイトな下半身になるそうだ
そして姿勢は常にくの字
骨盤が明らかにまずいことになっている
つくづくおしゃれは我慢だなぁ

2010年7月23日金曜日

Travelers Checks

留学日記らしく、実用的なノートもつけておこうと思う

昨日、トラベラーズチェックというものを初めて買った
トラベラーズチェックというのはレートがいい上に手数料も1%から2%で
大抵の場合はキャッシュに換金するよりもお得らしい 
特に額が大きい場合、盗難時の再発行なども考えるとTCが最良だろう、とのこと

今回は留学、しかも3年から5年ということだから、当然持って行く額も大きい
それはもう大きくて、はっきりいってちびりそうなくらいだ 
でも、あちらに着いてそうそう車を買うことになるかもしれないし、
そんな場合にはクレジットヒストリーのない留学生のわたしは実弾に頼るしかない
仕方ないからアテントをまたにあてがって巨額のトラベラーズチェックを買うことにする
とにかくどうせ円高なのだからアメリカで口座を開いたら換金していれておけば吉
そうすればいつの日か貯金が1.2倍くらいになるかもしれない 
これはもしや外貨預金なのか 我ながら大人過ぎてついていけない

というわけで某ワールドカレンシーショップの向かいの銀行で
虎の子の●●まんえんをおろし、確実に変態的な足取りと目つきで横断歩道をわたり
外貨両替係のおねいさんにひそひそ声で●●ドルのトラベラーズチェックが欲しい旨を伝える
ちなみにクレジットヒストリーがないとあっちのクレジットカードが作れないので
少なくとも最初は買い物の多くを日本のカードで行うことになるため
日本の引き落とし口座にもある程度の額はちゃんと残しておかないといけないので注意
店頭店舗ではデビットも使えるがオンラインはほぼクレジットだから
やはりかなりの額をクレジットで買うことになる気がする

TCの場合もキャッシュ同様、何ドルのものを何枚買うかを決めなければいけないということで$500 $100 $50 を混ぜて総計●●ドルになるよう、申し込み用紙を書く
(US$のTCはたしかこの3種類だった気がする)
と、笑顔でおねいさんがわたしに差し出すのは、
アメックスのダビデっぽい男性の横顔の入ったおもちゃ銀行のお札のようなものの束
わたしの虎の子が一瞬でこんな人生ゲーム的な紙に化けるなんて、
と一瞬アテントがずれそうになったがすぐにリカバー 札の厚みに俄然金持ちな気になる

TCには2カ所サインする場所があり、上はオリジナルサイン、下はカウンターサインという
上にはTCを購入したらすぐにサインをする
(その場ですぐにサインをさせられるものと思っていたが、昨日はサインは家でといわれた)
そして実際に使う段になって、支払う相手の目の前で下に同じサインをする
上にサインが入っていなかったり、上下ともにすでに入ってしまっていたりすると
紛失時などに再発行の対象とならないので注意が必要らしい
また紛失時にはTCの通し番号が必要になるので、控えもなくしてはならない
TCは多くの店舗で使用可能で、おつりもでるらしいが
さらに一部銀行など(Baton Rouge では JP Morgan Chaseなど)で換金可能とのこと

トラベラーズチェックってよく耳にしていたが
恥ずかしながらどんなものかまったく実態は知らなかったので勉強になった
ちなみに昨日のTCのレートは ¥88.25/$ で手数料は2%
キャッシュのレートは ¥90.05/$ …ほとんど変わんないか
手数料が安いところを見つけるとよいのだと思うけれど
とにかく一仕事終えたのでいまはそれだけで満足なのだった 大人の階段のぼったぜ



お膝元


自分が仏教徒という名に値するか
もうひとつ自信がないところだが
常に祈る場所があったことは
なによりの幸いだと思う

長い長い間見守られてきたと
そう思い心から感謝できることは
なによりも有り難い

ちなみに大日如来と
大仏の毘盧遮那仏は
神格的には(たぶん)同じ存在で
どちらも宇宙の中心に鎮座する
沈黙の仏らしいのだが
ここのお寺では
ご本尊であるお不動様の
ちょうど裏手にこの大日如来がいる
怒髪天を衝き口角泡を飛ばして説法をなさる
不動明王のうしろで大日さまは黙っている
なにしろとてもいい図だと思うのだ 

ちなみにわたくし戌年の守り本尊は阿弥陀如来で
わたしは阿弥陀堂建立のときにお稚児さんまでしたのだった
そうだ わたしは寺っ子なのだな 根っからの
向かい干支の守り本尊まで言えるんだぞ えへん

2010年7月20日火曜日

なるほど


こういうこともできるのか
眠れないじゃないか

愛宕神社の鯉は
三四郎池の鯉より貪婪だった

ものは試しということで

ブログをはじめてみることにする
拍子抜けするほど簡単にはじめられてしまうのなんだな、ブログというものは

こうやって書き始めてみると案外というか案の定というか書くことはないのだが
それにしてもこれからの一年がわたしの人生の大きな節目になることは
どう考えてみても間違いはないので、やはりとりあえずはじめることにしよう

これからやってくるのは長い長いあたいの夏休み
365日のうちの330日くらいが夏だという亜熱帯の川沿いで
Summer vacation あたいのために Summer vacation 夏 翻れ

今日はテストだから、とりあえずこれでおしまい
はやく荷造りをしなければ