お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」
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2012年5月16日水曜日

Cinco de MayoとTex-Mex


さてここ二週間忙しすぎて書く時期を逸してしまっていたのだけれど、去る五月五日はアメリカではCinco de Mayoと呼ばれる祝日であった。友人Yがふざけてチンコデマヨと呼んでいたのを真に受けた素直なわたしは喜び勇んでチンコデマヨ、チンコデマヨ、と連呼していたのだが、ほんとうの読み方はシンコデマヨに近い(なぜかチンコの日本語の意味を知るPJが冷静に、おやめなさいお嬢さん、と注意してくれた)。スペイン語でそのまま五月五日を意味するこの日は、メキシカン・オリジンを持つアメリカ人たちが自分達の文化起源を祝う祝日である。


Cinco de Mayoを目前に控えた五月四日、最後の授業でわたしはGloria Anzaldua(アンサルドゥーアと読む)の "How to Tame a Wild Tongue" というエッセイを教えた。AnzalduaのエッセイはChicano/Chicanaのアイデンティティにとっていかに、Chicano Spanishという言語が重要であるかを雄弁に語る(雄弁にという言葉がクリーシェではないことをこんなに力強くかたるエッセイも中々ないように思う)。恥を忍んで言うと、たとえばChicano Literatureという言葉を聞いた時に、アメリカ文学研究専攻でありながら、…メキシコ系文学、ですよね?というくらいの雑な理解しかなかった私にとって、これをCinco de Mayoの前日、最後の授業で教える、というのはけっこう大きな感情的意味があった。一言で言えば、Chicano/Chicanaというのは、メキシコ系アメリカ人を指す言葉である(Chicanoの語源には諸説あるが、Mexicanoが変化してチカーノになった、という説が今のところは有力らしい)。もともとは貧困層のメキシコ系アメリカ人を揶揄して指すものだったChicanoという言葉をメキシコ系アメリカ人が自分達の文化的アイデンティティを示すために自ら使いだしたのは、1940年代にはじまり、1960年代後半に最盛期を迎えたChicano Movementという、一種の公民権運動の中でのことである。この運動の中で、Chicanoという概念はメキシコ人でも、アメリカ人でもない、二つの(あるいはそれ以上の)文化が交差したところに産まれるハイブリッドなアイデンティティを指すようになった。

テキサスに生まれ育ったAnzalduaは、状況に応じて多くの言語を使いわける。スタンダード・イングリッシュ(いわゆる「標準英語」)、労働者階級の使う英語スラング、スタンダード・スパニッシュ、スタンダード・メキシカン・スパニッシュ、北メキシコのスペイン語方言、そして中でも彼女がもっとも自分にとって身近に感じるとする、Chicano SpanishとSpanglishとよばれるTex-Mexである。Chicano SpanishとTex-Mex(この二つは厳密には異なるものだが)は、英語とスペイン語、それぞれのスラングや方言が入り交じった言語だ。アメリカで育つメキシコ系の人々は、北アメリカに特有のアクセントでスペイン語をしゃべるし、スペイン語に影響されたアクセントで英語を話す。二つの(そしてその多くのヴァリエーションの)言語は、どちらもChicano達の人格形成期に大きな影響を持つ。家ではMexican Spanishが使われる事が多いし、学校や公的な場では英語が使われる。自己というのは多様な層からなるもので、公的な場で振る舞う自分も、家庭内の自分も、また友人、恋人に対する自分も、すべてが自己意識の一部分を担うもので、そのどれかの状況で使われる言語のひとつだけをとりだして「自分の言語」選ぶのは不可能である。だからこそ、Chicanoの言語は、多様な言語を混ぜ合わせたものとして産まれた。Anzalduaの文章は、それゆえ、スペイン語話者ではないわたしにとっては時に難解を極める。たとえば、彼女はChicano Spanishに関してこう書く。

But Chicano Spanish is a border tongue which developed naturally. Change, evolución, enriquecimento de palabras nueva por invención o adopción have created variants of Chicano Spanish, un nuevo, lenguaje. Un lenguaje que corresponde a un mode vivir. Chicano Spanish is not incorrect, it is a living language.

それにも関わらず、彼女の文章が異様に心に響くのは、それが複数の言語に囲まれて生きる人間のアイデンティティ形成の複雑さを物語るからである。Anzalduaは言う。

Chicanas who grew up speaking Chicano Spanish have internalized the belief that we speak poor Spanish. It is illegitimate, a bastard language. And because we internalize how our language has been used against us by the dominant culture, we use our language differences against each other. Chicana feminists often skirt around each other with suspicion and hesitation. For the longest time I couldn't figure it out. Then it dawned on me. To be close to another Chicana is like looking into the mirror. We are afraid of what we'll see there. 

 中学から英語を学ぶ事が義務づけられていながら、日常では英語にさらされずに生きることができる国で育ったわたしがAnzalduaの描く二言語状況に共感するというのもおかしな話だが、standardな言語に照らした時、自分の言語がどう響くかという問題は、外国人として英語でアメリカ人にアメリカ文学を教える時に、つきまとうもののひとつだ。わたしはどれだけこの言語を理解できているのか、細かなニュアンスは、スラングは、果たして理解できているのか、わたしの英語は相手に完全に届くのか。どれだけ練習を積んでも、どれだけ大丈夫だと言われても、不安は常に残る。Standard Englishに自分の言葉を照らしあわせ、時には金縛りにあったように言葉を失いそうになることもある。ひとつひとつの言葉の発音を確認するように、授業の前には自宅で自分の書いたスクリプト―実際の授業でそれを使うことはないにしても―を読み上げる。そうやって生徒の眼差しに臆することのないように、英語で自分を作り上げる。大丈夫、わたしの英語は少しあなたたちとは違うかもしれないけれど、わたしを教師として信頼してほしい、わたしはこの作品を理解しているし、あなたたちとそれを語り合ってお互いに理解を深める準備もできているから、と、片時も崩さない笑顔で、常に語りかける。

言語とアイデンティティというのは、深くきり結ばれている。

So, if you want to really hurt me, talk badly about my language. Ethnic identity is twin skin to linguistic identity--I am my language. Until I can take pride in my language, I cannot take pride in myself. 

わたしにはChicano SpanishやTex-Mexに相応する、日本語と英語を合せたJapanglishのような言語はないので、英語で話すときは知らぬ間に、英語環境内でのアイデンティティのようなものを構築しているように思える。ひとつには日本語で話すときのようなこざかしさがわたしの不完全な英語では再現できないから、というのもあるけれど、英語のわたしは、日本語のわたしより、よく笑い、まっすぐで、表情も豊かだ。妙な話で、日本語で話していると(時に知らないひとと話している時)よく痰が絡むのだけれど、不思議なもので、英語でこれが起こった事はなくて、たぶんそれには喉のどの部分を使うかというのが関係しているのだとは思うけれど、同時にまた英語で話すときのほうが、肉体的はある種の文化的拘束から自由であるように感じる。けれど、しばらく毎日英語で話していると、日本語の自分が懐かしくもなる。下品で、賢しらだっていて、自意識過剰だけれども、同時にどうしようもなく言語そのものに対して真摯な自分が、ああ、あの人はどこにいったのかな、とふと不安になるとき、カリフォルニアにいるYと思い切り日本語で話したり、またこうやってブログを書いたりする。それは疑いようもなく、わたしの大切な一部である。だから、日本語のわたしを知ってもらうために、授業の最後には(この間のポストを書いた時から智恵子抄がやけに頭に残っていたので)、光太郎のレモン哀歌を日本語で朗読した。我ながら臭いとは思ったけれど、それは、恥ずかしいので南部訛を抑えることもあるという生徒達に、彼らの言語がどれだけわたしにとって柔らかく美しく響くかと言う事を、知ってもらうためでもあったと思うし、最後に拍手をもらった時には、やっぱりこうやって教えることができるのは幸せだな、と思った。


[Taco Saladのレシピ]
正直言って、アメリカ版のメキシコ料理であるTex-Mex(テキサスにはメキシコ系アメリカ人が多いので、独特の食文化が発達している)は、なんだか脂っぽいし重たいしで苦手意識があったのだけれど、Anzaluduaのエッセイを読んでなんだかしみじみTex-Mexのもつ文化的意義のようなものに敬意を表したくなったので、Cinco de MayoにはTex-Mexを自分で作ってみた。とはいえ申し訳ないがやはりTex-Mexの基本はメキシカンに大量の肉やチーズ、サワークリームを追加したもので(タコチップにサルサ、チーズ、ワカモーレ、タコミート、サワークリームをのせたナチョスなどはTex-Mexの代表で、メキシコではあまり食べないそうだ)、三十路を目の前にした身体にはしんどいものがあるので、ここはひとつTex-Mexの中でも比較的ヘルシーなTaco Saladを作ることにした。いろいろネットでレシピを検索したのだが、驚くべきことに多くのレシピが材料に「サラダドレッシング:1本」と明記しているのがそれにはさすがに腰が引けて、このレシピでは濃い味のタコミートでほとんどドレッシングいらずのサラダを実現している。材料は4人分だがいつもどおりPJとふたりで完食した。見かけはいまひとつですが、おいしいです。


☆アイスバーグレタス 小1玉
black bean salsa (またはふつうのサルサ)1カップ
☆トマト 2つ
☆オリーブ 5つ(なくても可)
☆トルティーヤチップ 好みの量(多め:袋1/3くらいがおすすめ)
☆シュレッデッドチーズ 1/2カップ(わたしはメキシカンミックスを使っています)
☆玉ねぎ 1/2個
☆にんにく 1かけ
☆ひき肉 200g(わたしはここではground turkeyを使っていますが、beefでももちろん可)
★オニオンパウダー 小1
★チリパウダー 小2
★パプリカ 小2 (あればスモークドパプリカ)
★クミン 小1
★カイエンヌペッパー 小1/2から1
★ガーリックソルト 小1 -2(味を見ながら)
★砂糖 大1/2-1
(上記★はタコシーズニング大1から2でも代用可)
◎シラントロ ひとにぎり
◎アボカド ひとつ
◎グリークヨーグルト 1/3カップ(またはvegenaise 大2)
◎ライム 1
◎蜂蜜 大1
◎ガーリックソルト 小1/2-好みで
◎タバスコ 好みで
(上記◎はアボカドドレッシング用。市販の好みのドレッシングで代替化)

①たまねぎ、にんにくはみじんぎり、トマトは8mm各のダイスに。
②フライパンにオイルを熱してにんにく、たまねぎの順に炒める。
③両方とも透明になったら(またはうっすら色づいたら)ひき肉をいれ、さらに炒める。色づいてきれいにほぐれるまで。
④シーズニング(★)を順に加えていく。これは好みなので(そして完全に上の分量も感覚なので)味を見ながら。サラダのトッピングなので辛目&濃い目がおいしい。
⑤トマトの半量(一つ分)を加え、さらに炒める。トマトの水分が完全に飛ぶまで。
⑥アイスバーグレタスは粗めの千切り、オリーブはうすぎり、チップスは袋のなかで粗く(あくまでとても粗く)くだく。
⑧ドレッシングを作る。シラントロは細かいみじんぎり、アボカドは身をくりぬいてフォークの背で潰してクリーム状に。ヨーグルトその他の材料を混ぜ合わせる。
⑨大きなボウルでアイスバーグレタスと残ったトマトのダイスを和える。その上にサルサ、チーズ、⑤のタコミート、チップス、オリーブを順番に乗せていく。
⑩アボカドドレッシングを添えて、それぞれとりわけて、ぐちゃぐちゃに混ぜて食べる。


[Cevicheのレシピ]
セビチェ、と読むこの料理はTex-Mexではなくて普通のメキシカンなのだけれど、たまに無性に生魚が食べたくなるわたしにとって救世主ともいえる料理である。ただし大量のレモンおよびライムを絞ることになるので、ある意味ではレモン哀歌な料理でもある。レストランではけっこう値段が張るのにおさらにちょこっとしか出ないけれど、自分で作ればこれでもかというほどお腹いっぱい食べられます。あとやっぱり見た目がとてもきれいで夏にぴったり。


☆ティラピアなど、白身の魚 400g
☆レッドオニオン 1/2個
☆シラントロ ひとにぎり
☆serrano pepper 2つ(またはjalapeno 1つ)
☆トマト 小1個(できればromanoなど、水分少なめのもの)
☆red (yellow, orangeでも可) bell pepper 1つ(省略可)
☆にんにく 1かけ
☆しょうが 1かけ
★レモン 2つ
★ライム 10個
★すし酢 大2
(★柑橘類の絞り汁と酢を合せて250ccになるように。わたしはレモンの酸味が苦手なのでライムをたくさん使います。香りがよいです。お酢は本来なら使いません。)
☆蜂蜜 大1-2
☆塩 小1
☆昆布茶 小1(なければ塩をすこし増やして)
☆カイエンヌペッパー 好みで

①レッドオニオン、シラントロ、serranoまたはjalapenoはすべてみじんぎり。しょうがとにんにくはすりおろす。トマトは8mm角のダイスにして、種を取り除く。bell pepperも同サイズのダイスに。
②★をすべて絞り、蜂蜜、塩、昆布茶、カイエンヌペッパーで調味。
③魚は1cm各のダイスに。骨も皮もすべてとってあるものをつかうこと。
④ガラスの器など、酸化しない容器に①から③をすべていれ、混ぜ合わせる。冷蔵庫で2-3時間マリネする。途中でかき混ぜて、魚の断面がすべてマリネ液で覆われるように。ピンクがかった魚が白くなれば食べごろ。邪道だが食べる時に数滴しょうゆをたらしてもよい。


そんなこんなで、今年も無事にアカデミックイヤーが終わり、ついにまた夏休みがはじまった。San Franciscoで行われるAmerican Literature Associationの学会で発表をしてから、友人Yの待つLAにしばらく滞在して、6月には日本に帰る。大切な人たちに、それから日本語の自分自身に会える、わたしにとってはかけがえのないひと月である。なので多少髪の毛が伸びすぎていてポニーテールにしていてアメリカのアジア人みたいになっていてもいじめないでほしいと思う。わたしだって前髪作りたいけど、こっちの美容院、どんなことになるか恐ろしくてまだ行ってないんです。だってみんなすげぇぱっつんなんだもん…

2012年5月1日火曜日

お豆いろいろ

That time of the monthというのは日本語の「いまアレなの」にあたる婉曲表現なわけだが、いまはthat time of the semester、男女とわずまわりのすべての大学院生がPMS並みにとんがる学期末である(ちなみにアメリカにいると当たり前だがPMSという概念が日本より浸透しているのでけっこうそのへんのコミュニケーションが楽である)。ペーパー書きというのは案外体力勝負で、忙しいからといって栄養補給を怠っていると頭が働かなくなる。以前のエントリーでも書いたけれども、肉食系の顔に似合わず肉がそんなに食べられないわたし(肉は好きなのだが食べるとけっこう腹をクリティカルに壊す)は、こちらにきて主たるたんぱく源がお豆になって以来、めっぽう体調がよい。アメリカはほんとうに驚くほどベジタリアンが多く、ベジタリアン用にいろいろおいしい豆レシピがあるので、今日はお豆料理をすこしばかりご紹介しようと思います(ええ、レシピ紹介のエントリーでこの画像はないだろうとは我ながら思いましたよ)。

[Baked Beans のレシピ]
好き嫌いはあまりないほうなのだけど、はじめて baked beansの缶詰を(ふつうの豆缶と間違えて買った)開けて食べた時は飲み込む事が困難で涙目になった。甘い、脳天をつくほどに甘いのだ。あんこだと思って食べればいけるのかもしれないが、あんこにしてはたまねぎの風味があるからなんか変だし、こいつはすごいパンチのあるアメリカ料理を食べてしまった、と思っていた。が、それを眉根に皺を寄せてPJに話したところ、いや…実はけっこうbaked beans好きなんだよね…と濡れた犬のようなまなざしで言っていたので、これはいかんと思い、わたしも食べられるようにアレンジしたのがこのレシピ。というのも前述のようにbaked beansは缶で売られていることが多いのだけれど、なんと1860年代、南北戦争時にはbaked beans缶が兵士たちに支給されたというほどにこれは歴史が深いアメリカ料理なのだ。しかもbaksed beansはBoston baked beansとも呼ばれるほどニューイングランドに根付いた料理なのだが、PJは大学時代から約10年をボストンで過ごしているので、これは貧しくとも光り輝いていた大学時代を思い出させる青春の味でもある。わたしがアジア系のグローサリーショップで買った大事な納豆を食べていたときにPJが、いやしかし聞きしに勝るさすがの匂いだね、といっていてやや悲しくなったのを思い出しもしたのだけれど、やはり食の好みはいろいろとはいえ、慣れ親しんだ故郷の味を無理と言われるのは辛いものだものね。もともとのレシピはもちろんしょうゆなしのシロップ増し(本格的なものはアメリカ文学ではお馴染みのmolassesという精製していない糖蜜を使います)。けれどもこのバージョンはしょうゆに加え生姜が効いていて、四人分をふたりで丸々完食したくらい美味しかったです。ポイントはとにかくベーコンをかりっと炒めることでしょうか(いきなりベジタリアンレシピではなくなっているところがわたしの業の深さだが、baked beansは別名pork beans。豚はかかせないのだ)。

☆豆の缶詰 (あればPinto beans、なければred kidney)2つ
☆たまねぎ 1つ
☆にんにく 1かけ
☆しょうが 1かけ
☆トマト 1つ
☆ベーコン 厚切り 4枚 (300gくらい:ブロックならさらによし)
☆メープルシロップ(またはmolasses)75mm
☆しょうゆ 50mm
☆ケチャップ 大3
☆ドライマスタード 大1
☆フライドオニオン (あれば)適量

①オーブンは180℃(350°F)に余熱。
玉ねぎ、にんにくはみじんぎり、トマトは1cm角のダイス、しょうがはすりおろし(みじんぎりでも可)、ベーコンは1.5cm 幅に切る。
②熱したフライパンでベーコンを炒める。炒めるというよりは、ベーコン自身からでた脂で揚げるような感じになる。とにかくじっくり熱すると脂が大さじ3くらいでてくる。かりっと色づいたらキッチンペーパーに乗せて脂をきる。
③ベーコンのあぶらを大1ほど残して捨てる。にんにくをいれて(しょうがもみじんぎりならこの段階で)ゆっくり熱し、香りがたったらたまねぎを投入し、ほんのり色づいてしんなりするまで炒め、取り出す。
④同じフライパンでトマトを炒める。余計な水分が飛べばOK
⑤メープルシロップ、しょうゆ、ケチャップ、マスタード、おろししょうがをまぜあわる。
⑥豆の缶詰をあけて軽く水洗いし、ボウルにいれてベーコンの2/3量、たまねぎ、にんにく、トマトとあわせ、⑤をかけてさらにまぜる。豆をつぶしすぎないように。
⑦耐熱皿に⑥をいれ、残りのベーコン、フライドオニオンをトッピングし、1時間半ほどオーブンで焼く。15分ほど置いてからめしあがれ。

[Peas and Rice のレシピ]
恥ずかしながら子供舌のわたしは白米があまり好きではないので小学校の給食の際にはけっこう苦労したクチなのだが、そのかわり混ぜごはん系には目がない。我が家はおばあちゃんが毎月お赤飯を炊いてくれいた(冒頭の話に戻るようだが別に女家族の月のものに合せていたわけでもなんでもなく、ご先祖様の命日が月に一度はあるからである。さすが不動尊のお膝元な我が家だね)のだけれど、この季節になるとそれがグリンピースの豆ご飯になる。懐かしいなぁ豆ご飯、と思っていたら、PJがしみじみと peas and riceが食べたい、と言っていたので、おやこれは日米同じ感覚なのかなと思ったら、実際にはこれは単にPJがグリンピース好きなだけで、アメリカでメジャーな料理ではないそう(そのかわりご飯ではなくpearl onionと呼ばれる小玉ねぎとグリンピースをクリーム煮にしたものは人気でwhole foodsのデリでもけっこう頻繁に出ている)。こちらはPJが作ってくれたなぜかすこしインド風の豆ご飯のレシピで、シナモンとガラムマサラが効いてぱくぱくいけてしまう。自分で再現したこの写真ではうちにブラウンライスしかなかったのでそれをつかっているのだけれど、もともとPJは白米で作っていて、そのほうがグリンピースには合ったし、白に緑がよく映えました。

☆お米  1.5合
☆冷凍グリンピース 1カップ (日本のカップなら1.5弱)
☆玉ねぎ 1/2個
☆しょうが 1かけ
☆ガラムマサラ 小1
☆シナモン 小1/2
☆塩こしょう 好みで

①ごはんはふつうに炊いておく。
②しょうがはみじん切り、たまねぎは粗く刻む。
③冷凍グリンピースはレンジで1分ほど加熱し、解凍しておく
④フライパンにオイルを大1熱し、ショウガ、ガラムマサラ、シナモンを弱火で炒める。
⑤香りがたったら玉ねぎを投入、うっすら色づくまで炒め、塩小さじ1弱で味付け。
⑥炊いたお米と解凍したグリンピースをフライパンにいれ、まんべんなく混ぜ、味をみて塩こしょうで仕上げ。

[Roasted Pepper Hummus のレシピ]
もともとは中東の料理のハマス、けれどもアメリカではベジタリアンの常食の代名詞でどこのスーパーにも間違いなく置いてある。平たくいえばひよこ豆のペーストで、野菜スティック(セロリやベイビーキャロット)のディップにもなるし、ピタブレッドやクラッカーにつけて食べれば朝ご飯にもなる。たっぷり入った1パックが3ドルしないくらいなので買ってしまえばいい話なのだが(そしてわたしは買って安くておいしいものは買う主義なのだが)、手作りのほうが断然おいしいのもまた事実。タヒニという胡麻のペーストの瓶を買ってしまえばあとはアレンジは自在、毎週好みの味のものを作りおきして冷蔵庫に入れておけば小腹が空いた時にとても助かるので忙しい大学院生にはお勧めです。こちらのレシピはroasted bell pepperというパプリカを焼いたものの瓶詰めを使ったバージョンだけれども、もちろんただひよこ豆、タヒニ、にんにく、塩こしょう、レモン、クミンだけのシンプルなものでもおいしい。ちなみにこちらに来て学んだのは中東料理はギリシャ料理(これまたPJの故郷の味)にとても似ているということ。なのでこのレシピでは高カロリーのタヒニを使いすぎないようにタヒニと無脂肪のグリークヨーグルトを半々で使って、同じ地中海地方のイタリアンスパイスを使っている。グリークヨーグルトはベジネーズ、または低脂肪のマヨネーズでも代替可です。

☆ひよこ豆の水煮缶詰 1つ (煮汁とわけて豆は水ですすぐ)
☆缶に入った煮汁 30-50mm (缶の煮汁を使うのに抵抗があれば水、あるいはオリーブオイルで代替可)
☆ローステッドベルペッパー 4きれ
☆にんにくすりおろし 1かけ分
☆タヒニ 大1-2(日本ならば練り胡麻で代替可。ただし練り胡麻のほうがタヒニよりかなり濃いのでその場合は大1で十分。好みで味をみながら)
☆プレーンヨーグルト(またはベジネーズおよびマヨネーズ、なければタヒニを増やす) 大1
☆トマトペースト 大1
☆レモン絞り汁 1つ分
☆砂糖 小1-2 (はちみつでも可)
☆塩こしょう 小1 (好みで)
☆イタリアンハーブミックス 小1
☆パンプキンシード 大2

①パンプキンシードはフライパンでから煎りしておく
②パンプキンシード以外の材料をすべてフードプロセッサーにかける。テクスチャーもも好みなのだが、最初は水分(煮汁または水、オリーブオイル)少なめで始めて、ゆるめが好みなら分量を増やす。
③②にパンプキンシードを練り込んで完成。

[Black Beans Salsa with Tortillaのレシピ]
またサルサか、という感じだが暑い国の人たちは暑い時になにを食べればよいかよく知っているわけで、うだるような暑さの日にはメキシコ料理に勝るものはない。最近メキシコ人とエルサルバドール人のカップル(El SalvadorというのはMexicoの南、Guatemara、Hondurasに面した小さな国で、El SalvadorというのはThe Savior、つまりキリストを意味する)と友達になったのだけれど、彼らの作るメキシコ料理とスペイン料理には、おいしすぎていつも涙が出そうになる(そしてたいていこれまたプールサイドか裏庭で食べる)。これはblack beansとtortillaを使っているのであっさりしていながら腹持ちもするレシピで、暑くていまいち食欲のでない朝のごはんにはぴったりだと思う。この分量でサルサは大きなタッパーウェア一つ分(カップ3から4くらい)できます。

☆トマト 大2つ
☆ブラックビーンズの水煮  1缶(少しスパイシーに煮た缶詰も売っているのでそれでもおいしい)
☆玉ねぎ 1/2個(できればred onion)
☆serrano pepperまたはjalapeno 1つ
☆冷凍コーン 1/2カップ(日本のカップなら2/3カップ)
☆シラントロ(香菜) ひとつかみ
☆にんにくすりおろし 1かけ(チューブのほうが辛みは抜けている)
☆塩(ガーリックそると) 小1
☆ライム 2つ またはレモン1つ
☆スモークドパプリカ 小2-3 (なければ普通のパプリカおよびチリパウダー。これらは見た目に反して辛くない。むしろ甘い)
☆トルティーヤ 人数分
☆チーズ (シュレッドしたものならひとり大1-2くらい、スライスならひとり一枚。わたしはmexican mixのシュレッドかpepper jackというスパイシーなチーズのスライスを使う)

①玉ねぎは細か目のみじん切りにして砂糖大1をふりかけ、ザルにおいて空気にさらす。トマトは8mm程度のダイス、シラントロはみじんぎり、serrano pepperは極こまかいみじんぎりにする。ブラックビーンズは缶をあけ、流水でよくすすいでザルにあげてよく水をきる。
②①とコーン、にんにく、塩、パプリカ、ライムまたはレモンの絞り汁をあわせてよく混ぜる。
③アルミホイルにトルティーヤを置いてその上にチーズをのせ、350°F(180℃)のオーブン、またはオーブントースターに入れてチーズがとろけるまで。
④サルサを好みの分量のせて、折り畳むようにしてがぶっと食べます。サルサのジュースが垂れてくるのでお皿は必須。

[Red beans and riceのレシピ]
そして忘れてはならないのがred beans and riceである。Baked beansが東海岸を代表する豆料理なら、red beans and riceは間違いなくLouisianaの誇るCreole豆料理である。こちらのレストランでは月曜日のランチスペシャルにred beans and riceが出されることが多く、なんでだろうと思っていたらもともとはお洗濯の日である月曜日に、日曜日の夕食のお肉の残りと一緒にことこと豆を煮込んだのがこの料理のはじまりだということ。本格的なものはham hockという骨つきの豚肉を使うのだけれど、こちらはAndouilleというLouisiana特産の粗挽きの太いソーセージ(もちろん旨辛いんだなこれが)を使った簡易版。けれども味は秀逸で、Louisianaローカルの友人にも誉められました。

☆red kidney beans 2缶
☆ベーコン 厚切り2枚 (わたしはpepper smoke baconというまわりに黒胡椒のついたものを使います。150gくらい)
☆Andouille 1本 (またはチョリソーなど辛めのソーセージ。なければとにかくおいしそうな太いソーセージ。200gくらい)
☆たまねぎ 1個
☆セロリ 5茎
☆Green Bell Pepper (ピーマン)1つ
☆Red Bell Pepper  (パプリカ)1つ
☆にんにく 2かけ
☆トマト 1つ
☆スモークドパプリカパウダー  (なければ普通のパプリカまたはチリパウダー)大1-1.5
☆タイム 小1
☆Cajun seasoning 小2(わたしはTonny'sというブランドのものを使っていますが、手に入らなければCayenne pepper 小1にガーリックパウダー小1で代用してください)
☆Worcestershire sauce 小1.5 (日本ではウスターソースの名で売られているあれです。わたしはあれ、薄いからウスターなのかと思ってましたよ)
☆蜂蜜 小1.5
☆チキンブロス 500mm
☆炊いたごはん 適宜
☆Green onion(青ネギ)少々

①red kidney beansは缶から出して水ですすいでおく。
②にんにく、玉ねぎ、セロリは粗めのみじん切り。Bell Peppersは両方8mm角のダイスに。トマトも同様。ベーコン、ソーセージはそれぞれ1cm幅に切る。
③フライパンをよく熱して、ベーコンを炒める。炒めるというよりは己の脂で揚げ焼きにするように。かりっとするまで。ペーパータオルにあげて余計な脂をきる。
④フライパンには大さじ2くらいの脂が残っているので、一度火をとめてそのなかににんにくを入れ、弱火で熱する。香りがでたらたまねぎ、セロリのみじんぎりをよく炒める。軽く色づくまで、15分くらい。
⑤Bell Peppersを入れてさらに5−10分炒める。以前にも書いたがこの、たまねぎ、セロリ、ベルペッパー(ピーマン)をじっくり炒めたものがholy trinityと呼ばれる香味野菜の三位一体で、多くのCreole料理のベースである。塩こしょう(ガーリックソルト)、Cajun seasoning、パウダー、タイムを加えて炒めあわせる。
⑥お鍋に⑤の野菜と③のベーコンを移しておく。
⑦⑤の野菜を炒めたフライパンに(野菜のうまみがでているから洗わない)クッキングスプレーをして薄切りにしたソーセージを両面焼いていく。Andouilleは特に柔らかいので炒めると崩れてしまう(それはそれでひき肉みたいでおいしいのだけれど)。焼き上がったらお鍋に入れる。
⑧⑦のフライパンで①の豆を軽く炒め、お鍋に。最後にトマトも軽く炒める。
⑨鍋にひたひたになるくらいチキンブロスをいれ、1時間半ほど極弱火で煮込む。途中何度か灰汁をとって(灰汁をとるという発想はあまりアメリカにはないのか、どのレシピを見てもこの記述はないのだが、こういう料理だとつい灰汁をとりたくなる日本人の性)。
⑩水分がだいぶ少なくなったら、Worcestershire sauceと蜂蜜を加える。ソーセージの味によってだいぶ辛みに差が出るので辛くしたければcayenne pepperやCajun seasoningで調味。
⑪しばらく置いて味を馴染ませたら、炊いたごはんのうえにたっぷりかけて召し上がれ。仕上げにgreen onionを刻んだものを乗せると香りがさらにいいです。


というわけで、お豆レシピのエクストラバガンザであった。学期末にこれだけレシピをアップロードするわたしは筆まめなのかしら、豆だけに、うふふ。と思ったが、これをペーパーからの逃避と呼ばずしてなんと呼ぶ。とにかく学期の終わりまであと二週間をきったので、ふんどし締め直してラストスパート、がんばります。

2012年4月7日土曜日

アメリカ南部でアメリカ文学を教えるということ (2)

そんなわけで教師として振る舞うということに関してはさほど意識的にならずに済む環境がすでになぜか最初のクラスでは整いすぎるほどに整っていたのだけれど、それでもちろん話は終わりではない。

Louisianaに留学することを初めに奨学金を出してくれるひとびとに告げた時、Deep Southに行く心の準備はあるのですか、と問われたことを、一年目はよく思い出して、あれは西海岸や東海岸の都市部に居住した経験のあるひとたちが、南部を時代に取り残された他者として思い描いていたにすぎないのかもしれないな、と思っていた。けれど大学街に住み人文系の大学院にいるということは、当然にリベラルな思想の人々に囲まれるということなわけで、深南部に生活してそこここに南部の文化を目にしても、それはまだ南部の一部しか見ていない事だったのだ、と気づいたのも、ティーチングを始めてからのことだった。

もちろん21世紀も10年あまりを過ぎた今日、深南部とはいえおおっぴらに人種差別が横行しているわけではない。学生達は当然に中学高校と、痛いほどにpolitically correctであることとはなにかを学んできている。けれどもあの、南部の政治的文化的保守性という、教科書的な言葉が衝撃をともなって実感される瞬間というのはまぎれもなくあって、そういう時にはブンガクを教える意味、という、いかにも大時代的なテーマが頭をよぎる。それはたとえばNella LarsenのQuicksandという作品を教えた時に、生徒が無邪気に、でもこの主人公の黒人の女の子は、どこのコミュニティにいっても文句を言うばかりで共感できないです、最初に牧師がこの女の子に言ったとおりに、自分が黒人の血を引く存在であることを素直に受け容れて、黒人共同体にいることに満足をすればよかったのに、と言う時であり、たとえば生徒達が口を揃えて、個人の努力と考え方次第で人生というのはなんとかなるのだから、人生に満足できないのは、その個人の責任だと思う、という時である。

なんども、もうなんども書いてきたことではあるけれど、日本にいる時には無自覚にpolitically correctであること、人種的階級的弱者の口を借りて彼らの権利を声高に語ることに対する嫌悪感を覚えていたし、政治で文学が読めるのか、といらだつことも多かった。けれど、こちらに来て文字通り痛感したのは、そうやってある種の文学の政治性をないがしろにできるのは、多くの場合、自分があらゆる特権を知らぬ間にまとってきていたからだったのだと思う。個人の意識で人生がすべてうまくいくのならば、公民権運動もgay marriageの権利獲得運動も、必要はない。けれどそうではないから、個人というのは社会や国家にどんな形であれ包摂された存在であるからこそ、権利獲得のために集団的な運動が必要になる時というのは必ずある。けれどEmersonの個人主義を高らかに歌い上げるエッセイを読んで、これこそがわたしのルーツだと思った、と、そのエッセイが究極的な個人主義の国家にあってコミュニティとはなにかという問題を投げかけていることには気づかずに輝くような笑顔で言う生徒たちを目の前にすると、一瞬、水風船でも顔に投げつけられたかのように、衝撃をうけ、そしてひるみ、この州が極右のSantorumが圧勝する地であることを思い出す。

文学というのは、お金もうまないし、テクノロジーもうまないし、社会のなんの役にもたたないんじゃないの、というのは、文学に携わる人間が、誰に実際に言われるわけでもなくてもほとんどニューロティックに(程度の差はあるとしてもすくなくとも頭の片隅で人生に一度は)問う問題だと思うし、その問いにこうやって飛びついて、いや、文学を教えることにはこんなに意味があるんだ、と安易に答えを出すのには抵抗があるのだけれど、それでもいざ彼らを目の前に、自分がなにがしかのことを言うことができる立場にいることは、心からありがたいことだと思う。わかっているのは、この学生達はそれぞれに真摯に自分の人生を生きてきている、ということであり、人種的にも文化的にも圧倒的に他者であるわたしが、自分の他者性を振りかざして、あなたたち強者は弱者の痛みをわかっていない、と言う事は、どう考えても間違っているということだ。南部に生まれ育ち、その中には、ひいおじいちゃんが南軍で戦ったという子達もいて、自分の生まれ故郷が西海岸、東海岸のリベラルな(そしてマスメディア的には強者である)文化からbackwardな田舎として扱われていることもおそらくは肌身で知っている生徒達に、ただあなたたちは白人だから強いんだ、と舌のもつれる英語でかきくどくのは、どうにも卑怯なことだと思う。けれども、自分に教師という立場が与えられていて、自分がどうみても彼らとは違うバックグラウンドから来ていて、だからこそある種の興味をもってもらえる存在だからこそ、言っておかなければいけないことというのはきっとあるのだとも思う。わたしたちが今学期読んできた小説の主人公達はみんなどこか壊れていて、彼らの選択はどう考えても理解できないことが多々あります、だけど、けっきょく文学を読むっていうことの醍醐味のひとつは、理解できない人間を理解しようとする練習をすることだと思うのです、とはいっても結局は理解できない人ばっかりです、でも、理解ができないときに、この人たちは間違っていると一刀両断に切り捨てる時には、たいていの場合自分がなにか彼らにないなんらかの力を持っているときだと思っていいと思います、それがみなさんよりたった10年ばかりだけれども長く生きてわたしが学んだ事です。それがわたしが最初の学期の最後の授業に笑顔で言えたことであり、臆面もなく自分の道徳をそうして言葉にしたことは、教師一年目だからこその恥はかきすてだったにしても、とりあえずのところはよしとしている。

[Collard Greens with Bacon のレシピ]
久しぶりに書きながら脇汗をかいた恥ずかしいエントリーだったのだけれど、Louisianaという土地を上辺だけではなく、もう少し知る事ができる機会が得られた事はうれしかったので、久々にLouisiana風の料理のレシピを。カラードグリーンというのは左のような菜っ葉で、お店で見かけてもなんか固そうだなぁと(実際ほんとに固い)思って敬遠してきた野菜だったのだけれど、先日南部料理のお店でベーコンと煮たものを食べたらこれがとってもおいしかったので自分でも作ってみた。話はややずれるがKey and Peeleというこちらで人気の黒人のコメディアンのコンビがいるのだけど、彼らの冠番組でふたりの黒人ビジネスマンがHarlemのレストランでどちらが黒人らしいかを競うためにいろいろソウルフードを頼みまくり、ヒートアップしたあげくに最終的には「人足を揚げたものに豆の煮たのををかけてください」という、みたいな、まぁ文字に起こすとアメリカ人の笑いのつぼってなんだろうというようなコントがあり(実際にはビジネスマンである二人が自分が黒人性から離れていることに異様な罪悪感を感じている設定がけっこう効いていて笑った)、その中でももちろん初めに出てくるくらいカラードグリーンはソウルフードの代名詞みたいなものなわけだが、Louisiana風はやっぱりいつものごとくホットソースを効かせたのが特徴です。

☆collard greens ひとたば
☆ベーコン 三枚
☆玉ねぎ ひとつ
☆にんにく ひとかけ
☆お酢(いつものごとくわたしはすし酢なんですが)50cc
☆ブロス 500cc
☆ホットソース(タバスコ)10ふりくらい

①玉ねぎ、にんにくはみじんぎり。ベーコンは1cmくらい。カラードグリーンはまんなかの固い茎を切り取り、くるくると丸めて太めの千切りにする。
②フライパンでゆっくりとベーコンを熱する。脂を溶かすように。
③脂がしっかり出たら、にんにくと玉ねぎをいれて、これもゆっくり炒める。きっちり色づくまで。
④カラードグリーンを投入。最初はかなりかさがあるけれど、炒めているとしんなりしてくる。
⑤お酢を入れて、水分を軽く飛ばす。(みりんをすこしいれてもおいしい)
⑥ブロスを入れて、ふたをして1時間、ほぼ水分がなくなるまで。
⑦仕上げにタバスコをふって、よく混ぜる。ベーコンとブロスの塩気によるけれど、塩味がたりなければ塩こしょうで調味。


Great Gatsbyというのはあまりにもよく出来すぎていて、あまり好きな小説ではなかったのだけれど、教えるためにもう一度よんだらやっぱりよく出来すぎているよ、と思いつつ、最初のページのNickの父親の言葉に—そのアイロニーも含め—力強く線をひかざるを得なかった。"'Whenever you feel like criticizing someone,' he told me, 'just remember that all the people in this world haven't had the advantages you've had." 文学を教えるということは、こういう言葉に素朴にもういちど生徒と一緒に打たれることなのかもしれないな、などと思う。アメリカでアメリカ文学をアメリカ人に教えるというのは、間違いなくわたしの(いってみればお気楽な)人生の中で一番くらいにチャレンジングな経験であるわけだけれど、同時に一番くらいにやってみてよかった経験でもある。先学期の生徒たちからの評価アンケート、うれしくて泣きながら読みました。だからこの山積みのレポートも、なんだかんだ仲間と愚痴をいいながら、笑顔が隠しきれずにまた採点するのだと思う。

2011年6月6日月曜日

St. Augustine, FL

話は前後するが、Memorial Dayの前の週にFloridaのSt. Augustineという街に行ってきた。前学期でGeorgiaに帰ってしまったPJの旧ルームメイトのAの家族がSt. Augustineにビーチハウスを持っているということで、ファイナルズが忙しくてお別れもろくろく出来なかったわたしとPJをAが招いてくれたのだった。FloridaといってもSt. Augustineは半島の付け根の大西洋側、Baton Rougeから真東くらいに位置する。MiamiやKey Westからは車で12時間くらいあるので到底そこまでは行けなかったが、Florida「北部」とはいえ十分に南なのでもちろん暑い。お気に入りのワンピースに麦わら帽子、それから小さなスーツケースを持ってうきうきと飛行機に乗り込んだ。アメリカで初めてのバケーションである。


St. Augustineは大西洋に面したビーチなのだが(そして実際ゴーグルをしてたっぷり泳いで真っ黒に日焼けしたのだが)、なにより特筆すべきはこの街がアメリカ本土に現存する最古のヨーロッパ植民都市だということだ。湾にかかった橋を車で渡ると、写真上のようなヨーロッパ風の建物が現れる。St. Augustineの歴史は波乱に満ちている。街は1565年、他の多くのFloridaの街同様、Seminole Indianを制圧したスペインの入植者により創設され、フランス、イギリスのプロテスタント軍(それからカリブの海賊!)による攻撃を受けつつ、約2世紀に渡りカソリックであるスペインによる統治が行われた。が、1763年にthe French Indian War (イギリス軍対フランス=ネイティブアメリカン連合軍の戦争で、フランス連合軍はイギリス軍に大敗を喫する)が終結し、Treaty of Parisが締結されて大規模な植民地改変が行われると、Floridaはイギリス領となる。ただしこのイギリス統治は大変に短命で、1775年に始まり1783年に終結したアメリカ独立戦争の結果、再びFloridaはスペイン領となる。Floridaがついにアメリカ領となるのは1821年だが、Civil War(南北戦争ですね)ではFloridaは南軍(嗚呼 我らがConfederate!)に与し、連邦を脱退。最終的にSt. AugustineがUSAの一員となったのは1865年、南北戦争終結時のことである。19世紀末になると写真のFlagler College(そうなのだ、大学なのだ、この美しい建物は)を建てたHenry Flaglerというアメリカ人tycoonによって鉄道が敷設され、St. Augustineは現在のリゾート地への道を歩むことになる。そうかなるほどありがとうWiki。勉強になりました。

1695 年にスペインによって作られたCastillo de San Marcosという海に面した砦はcoquinaという貝殻を合わせた石灰岩の一種で出来ていて、今でも中に入って見学することができるのだが、St. Augustineの波乱の歴史を示すように砦内部には写真のように、アメリカ国旗の他にConfederateの旗(嗚呼我らがFlags in the Dust!)、スペイン国旗、イギリス国旗などが飾られている。ちなみに砦では一日一回大砲の実演が行われて(ただし玉自体はもちろん出さない)、私たちが行った時は海に浮かんだ自家用ボートからそれを見学する人々もいて、大砲が轟音をあげて火花を散らすと、ボートに乗った子供が打たれたふりをしてドラマティックに胸を抑えて後ろ向きに海に落ちてみせて見学者の歓声ををかっさらっていった。

St. Augustine市内は、はて、どういったらいいか、このブログの写真がとても参考になるのだけど、「アメリカなのにヨーロッパ」というキャッチフレーズが実にぴったりくる街である。メルヘンだ。乙女だ。はじめに街に行った時は夕暮れだったので思わず目が♥になった。が、週末の日中に来てみると、京都は新京極を思わせる観光地ぶりが否定できなくもない(怪しげなガラス細工の店とかあるしね)。New Orleansにもすこし通じるところはあるのだけれど、なにかが違うんだよな、と思ったのは、あの猥雑さがないことで、なんというか生活臭がないのだ。ある意味ではSt. AugustineはNew Orleansよりも徹底したリゾート地で、穿った見方をすればアメリカ人のヨーロッパコンプレックスみたいなものをうまく刺激するように作られている…と言えなくもない。いやもちろん古くていい街並みなのだけど。そして人々がリラックスムード満点でフラヌールごっこをしているのは癒されるといえば癒されるのだけど。でも人と店が多すぎて疲れたというのが実は正直なところでもある。

しかし、ごはんはうまうまである。もちろんリゾート地だからということもあるのだろうけれど、どうも理由はそれだけではないらしい。Floridaは全米一居住者の平均年齢が高い州なのだけど、それはなぜかというと常夏のこの州がretireの先に選ばれるからで、St. Augustineには全米でレストランを経営していた人々がretireして新たに店を出しているとかいないとかでよいレストランが豊富にある(逆にいえばretireして生活費の高いFloridaに店を出せるくらい成功した人々の店ばかりがある)。スペイン料理のお店、リヨン料理のお店、キューバ料理のお店(FloridaのLatino率の高さ、とりわけCubano率の高さには目を見張るものがある。もちろん聞こえてくるアクセントもLouisianaとは全く違う)などなど入ったレストランは大抵おいしかったのだけど(中には観光地らしいレストランもあったけど)、中でもお気に入りはその名もFoloridianというカフェレストランのようなところで、すべて地産のシーフードと野菜を使ったFlorida料理を出してくれる。特に印象的だったのは写真のFried Green Tomato。その名のとおり熟す前のトマトを揚げたものなのだけど、Florida名物と聞いてはいたが、いやほんとにおいしかった。

***
FGTの他にもうひとつ、Floridaに来たらどうしても食べたかったものがある。Key lime pieである。Key limeというのはKey West特産の小さなライム(普通のライムの半分くらいのサイズ)で、アメリカでは「キーライムパイ味のガム」「キーライムパイ味のクッキー」「キーライムパイ味のアイス」などがどこのスーパーでも売っているのだけれど、肝心のキーライムパイ自体をわたしは食べたことがなかった。日本の「きゅんと甘酸っぱい恋の味」的な表現による刷り込みなのだろうと思うが(アメリカでは「恋」が「甘酸っぱい」というのはよくわからないらしい。Bittersweetという表現が恋を表すことはあってもSweet and sourというと中華とかタイ料理にしか結びつかない)、わたしはレモンやライム味のお菓子にめっぽう弱い。Vegetarianで極右甘党のAにキーライムパイを食べないとLouisianaに帰れない、と言ったら、なんて、なんてすばらしいミッションなんだ!と興奮しておいしいキーライムパイを一緒に探してくれた(PJは我々の女子的熱狂にひいていた)。夜風にふかれながらAと夢中で食べた、冷たいフィリングにたっぷりのホイップクリームと蜂蜜をかけたkeylime pieはしばらく会えない友達との思い出の味になった。

そんなわけで再現レシピを書いておこう。ただし今回はフィリング作りであまった卵白を使いたかったのでトッピングとしてメレンゲを載せて焼いたのと、伝統的なグラハムクラストのカロリーに恐れをなしたのでくるみのショートブレッド風クラストを使ったのが正統的なレシピとの違いです、あしからず。

[Key lime Pieのレシピ]
★グラハムクラスト
☆グラハムクラッカー 150g
☆バター 75g (わたしは塩味の甘味に弱いので有塩と無塩を混ぜたが、もちろん無塩でも。レンジなどで溶かしておく)
☆ブラウンシュガー 大1
☆塩 少々

または
★くるみのショートブレッドクラスト
☆薄力粉 70g
☆バター 35g (ちいさなキューブにしてよく冷やす。冷凍庫にいれても。)
☆くるみ 35g
☆ブラウンシュガー 20g
☆塩 少々

★フィリング
☆ライム果汁 120cc (ライム5個あるいはキーライム10個くらい)
☆ライムの皮のすりおろし 小2(緑の部分だけ。白い部分は苦い。)
☆コンデンスミルク 250cc(こちらでは14oz缶というのが売っていて、それの2/3くらい)
☆卵黄 3個分

★トッピング
☆卵白 3個分 (よく冷やしておく、冷凍庫で少し回りが凍るくらい)
☆砂糖 70g
☆ライム果汁 10cc (普通はレモン汁だが今回はフィリング分のライム果汁からすこし取り分けておく)

①クラストから作る。伝統的なグラハムクラスト(これも作ったがやはり背徳的でおいしかった)の場合、グラハムクラッカーをフードプロセッサーにかけて、粉状になったらブラウンシュガーと塩を入れてさらに混ぜる。混ざったら溶かしバターを加えてまたFPで混ぜる。ショートブレッドクラストの場合はすべての材料をFPに一気にいれて10秒ほど混ぜる。バターがお米くらいの大きさになるまで。
②①を20cmのタルト皿に敷き詰める。砂の城を作る要領で押し固める。グラハムの場合けっこう根気がいる作業だが童心に帰って楽しむのがコツ。底面はグラスなどで押すとよい。
③180℃(350°F)で15分くらい。焼けたらよく冷ます。グラハムの場合、特に焼きたては固まっていないようで不安だが冷やすと固まるので心配しすぎないこと。
④次はフィリング。卵黄をよく溶いて、コンデンスミルクを加えてよく混ぜる。さらにライム果汁を少しずつ加えて混ぜる。最後にライムの皮のすりおろしをいれてひとまぜ。
⑤③に④を流し込む。180℃で15分。冷蔵庫あるいは冷凍庫などでよく冷やす。メレンゲを載せない場合はこれで終了。トッピングにホイップクリームを載せてもいいし、なにも載せなくてもいい。
⑥最後にメレンゲ。よくよく冷やした卵白にライム果汁と分量の砂糖からひとつまみを加え、ハンドミキサーの低速で軽く全体を混ぜる。卵白がほぐれたら高速にして約4分。砂糖の1/3を加えて30秒を3回繰り返す。メレンゲにつやがでて先がぴんと立つまで。泡立てすぎるとぼそぼそになるので注意。
⑦⑤に⑥をのせていく。デコレーションの仕方は好みだが、真ん中を小高くもるのが基本の様子。スプーンの背で角を立てるのもベーシック。ゴムベラやパレットナイフで模様をつけてもいい。
⑧粉砂糖を少し振りかけて200℃のオーブンで12分くらい。写真はオーブンの温度が高すぎたので角が焦げている。全体が(均一ではなくても)うっすらきつね色になるのが正しいあり方。またよく冷やす。最後にライムの皮を少し削りかけても。


夏にぴったりの爽やかなケーキだと思う。PJの家に泊まる度にモーニングコーヒー(というかエスプレッソ)を入れてくれたAを思い出して今日はコーヒーと食べた。そういえばPJはAのエスプレッソがないと朝のお仕事ができないと嘆いてエスプレッソメーカーを買ったが、やっぱりなにか違うと嘆いていた(…なんの仕事かは想像にお任せしますが、わたしにとっては朝のニコレットがそのお仕事の鍵です)。Georgia出身のAの南部アクセントが理解できなくて、最初は彼がしゃべっているといつもぽかんとしてばかりだったのに、それでも優しく見守ってくれたこと、しばらくしてコミュニケーションがとれるようになったのをとっても喜んでくれたこと、きっと忘れない。1年間、ほんとうにありがとう。Georgiaでの日々が豊かなものでありますように。

2011年5月31日火曜日

Memorial Day and BBQ

我々大学院生にとってはもう2週間ほど前に夏休みは始まっているのだけれど、多くのアメリカ人にとって「夏休み」シーズンの始まりを告げるのが5月最終週の月曜日、Memorial Dayである。なんのmemorial?というと、うーん、war memorialだね、という答えが返ってきて、なんのwar?というと、うーん、そうだなぁ、最初は南北戦争だったらしいけど、いまはだいたい全部の戦争かなぁ、ということ。なんだか歯切れの悪い返事だが、つまるところ、もともとは戦死者を弔う日だったようだけれど、いまは定義もゆるんで、戦争にいったかどうかに関わらずお墓参りにいったり、久々に家族で会ったり、三連休なので旅行に行ったり、とりあえずアメリカ万歳、夏休み万歳、とみんなで盛り上がる日のようである。アメリカと夏休みを祝うためにかかせないものといえば、そう、バーベキューである。そんなわけでルイジアナの灼熱の太陽のもと(ちなみに日中は100°F、つまり40℃近いわけだったのだが)、自分が焼豚になるのではないかとくらくらしながら肉を貪り食ってきた。

アメリカといえばバーベキュー、バーベキューといえばアメリカ、というほどにBBQはアメリカ精神の源なのであるが、日本でいうところのバーベキューとこちらのバーベキューは少しばかりおもむきが違う。日本でバーベキューというと炭火で直火焼きをするイメージかと思うのだけれど、アメリカではその料理法はgrillingないしbroilingと呼ばれる。それではberbecueとはなにを指すかというと、高温の煙でじっくりと燻すような料理法なのであった(写真の全アメリカ人必携のBBQセットは、上の蓋をカパンと閉じて蒸し焼きにするようにできている)。もともとはSpainの入植者達がアメリカに豚を持ち込み、初めて豚を目にした南部のネイティブ・アメリカン達がそれをこの料理法で調理した、というのがberbecueの発祥らしく(ただしberbecueの語源であるbarbacoaという言葉はカリブ海地域のTaino族と呼ばれる人々の言語で「聖なる竃」を意味する)、berbecueは今でも南部のシンボリックな料理のひとつに数えられる。

基本的にはこの炉によるslow cookingの方法を総じてberbecueと呼ぶので、なにも多摩川河川敷でなくても室内でやったってberbecueはberbecueなのである。そんなわけでアメリカ全土、特に南部では犬も歩けばというほどにBBQレストランに遭遇する。日本の焼き肉屋さん(ただし調理済み)に相当すると考えればいいくらいだと思うのだが、値段は断然お手頃。ちなみにわたしの近所にはVoodoo Berbequeといういかにもルイジアナな名前のレストランがあり、見た目は超がつくほど怪しいのだが、安いしお肉はほろほろだし、今思い出して思わず生唾を飲んだくらいおいしい(が、いかんせんわたしの脆弱な腸では消化しきれないので、3ヶ月に一度くらいしかいけないのが残念なところ)。それから特筆すべきはソースで、日本でバーベキューソースというとあのケチャップとウスターソースを混ぜたような甘いたれが即座に連想されると思うのだが、どっこいこちらのバーベキューは土地によって味付けが違う(焼く肉の種類も違う)。North Carolina出身の男の子が言うことには彼の地元ではvinegarベースのマリネードに豚肉を漬け込んで、丸一日かけて焼く(というか燻すというか)らしいし、LouisianaではいつものごとくCajunスタイルのスパイシーなソースが定番である。

さてそれでは先日のBBQはどうだったかというと、どっこいこれがLouisiana風ではなかった。PJの新しいroommateであるgeekなDくんは以前も書いたかもしれないが高校生の時にコックになりたくてレストランでシェフについてふた夏じっくり料理を習った(その後Faulknerに出会い、自分はFaulknerの生まれ変わりだと確信して今に至るわけだが…しかしFaulknerの生まれ変わりはいったい何人いるんだろう、日米問わず)という強者で、普段は料理はあまりしないのだが、こういう機会になると俄然本領を発揮してくれる。上の写真にあるようなおしゃれなミニケバブ(ミニトマト、紫玉ねぎ、パプリカとチキンを一晩マリネードしたもの)とアスパラのベーコン巻き(アスパラ5本くらいずつを二枚のベーコンで巻いて、これも一晩マリネードしたもの)に始まり、牛ひき肉にブルーチーズ、ペッパーを練り込んだ小さなパテをグリルして挟んだミニバーガー(これはPJが作った)、それに立派なシャトーブリアン(さすが肉食系女子、Hが「Farmer's marketで買ってきた。24時間前まで生きてたんだって♥」といって買ってきてくれた)に焼きとうもろこし、と実に多種多彩だった。

わたしは毎度のごとくデザート担当で、今回はLouisiana産のブルーベリーが手に入ったので前回のタルト生地のあまりでブルーベリータルト、それからラズベリーが安かったのでマフィンカップでラズベリー入りのガトーショコラを焼いてクリームとブルーベリーソースで飾り、中心部のくぼみにバニラアイスとラズベリーソースを落としたものを作ったのだが、結局自分のデザートに辿り着く前に完全に腹が膨れてしまい、食べずじまいだった。みんなが帰った後でゆっくり食べようと思ったら会がお開きになる頃には両方とも見事に全部なくなっていて、アメリカ人の健啖さにまたも舌をまいた。タルトはホールだったし、ガトーショコラは10人だったので予備を含めて15個焼いたはずなんだけど。いや、もちろんうれしかったんだけど。それに焼いた後に味見はしたからいいんだけど。仕方ないので深夜に余ったバニラアイスにラズベリーソースとブルーベリーソース(どちらもものすごく簡単、小鍋にお砂糖とベリーを入れて少し煮立てて、最後にレモン汁を加えるだけ)をかけて、red, blue, and whiteでひとりアメリカ祭りをした。


***
そうなのだ、なにしろ今回はMemorial Day。フランボワーズ・ガトーショコラなどというフレンチかぶれた料理ではなく、これまたアメリカの魂のふるさと、ポテトサラダのレシピを紹介しようと思う。これはPJが教えてくれたのだけど、日本でいままでわたしが作っていたポテトサラダより格段においしかったので、覚え書き。

[PJのアメリカン・ポテトサラダ]
☆ジャガイモ 中6個(大なら4個。こちらではred potatoというのが小ぶりでおいしいので今回はそれを6個使った。)
☆新玉ねぎ 1個(普通の玉ねぎでも可。こちらではsweet onionというものがあるのでそれを使った)
☆Serrano pepper 1個 (青くて小さい唐辛子、なくても可…何で置き換えられるだろう?)
☆にんにく 1かけ
☆Vegenaise  大さじ4から6(vegetarian用のマヨネーズで、卵は使っていないのでカロリーも控えめ。こちらでは普通に売っているのだけど、材料も下に書いておいた)

①ジャガイモは8等分にして、大きなお鍋で水から茹でる。(red potatoは皮が柔らかいので剥かなかったし、基本的に皮は剥かない方がなんでも美味しいと思うのだけど、気になる場合はもちろん剥いても。)
②新玉ねぎはスライス。Serrano pepperもスライス。にんにくは潰してみじんぎり。
③フライパンにオイル(適量)とにんにくを入れて火をつける。じゅわじゅわとにんにくの香りがしてきたらSerrano pepper、新玉ねぎも投入。とにかくここでじっくり炒めること。基本的にそんなに触らなくてよい。焦げ付きに注意しながらたまに混ぜる程度で放置。飴色とまでいかなくても、きれいなきつね色になるまで。その間に他の料理を作っているといい。
④だいたいジャガイモのゆで上がりと③の完成が20分から30分と同じくらいなので、ジャガイモを茹でこぼしてよく水をきり、ボウルに入れて③とあわせる。
⑤ここで塩、こしょう、そしていつもすいません秘密のCajun spiceを好きなだけ(なければないで、チリペッパーとかキッチンの棚の奥に眠ってるいろんなスパイスを使ってあげてください)。ざっとあわせる。途中でじゃがいもが少しずつ潰れてくるが、日本のポテトサラダのように完全にマッシュはしない。
⑥Vegenaise、それからマスタードを味を見ながら加えて、さらに混ぜる。ここでディルやローズマリーなどのハーブがあれば入れる。温かいうちでもおいしいけれど、やっぱり冷やすともっとおいしい。

[vegan mayonnaise]
☆豆乳 1カップ
☆レモンの絞り汁 大さじ4 (大きめのレモン1個半くらい。あるいは同量の果実酢)
☆塩 小さじ1/2
☆粉末パプリカ 小さじ1/2
☆マスタード 小さじ1/2
☆蜂蜜 小さじ1/2
☆オリーブオイル カップ1/2

①オイル以外をブレンダーにかける。一番低速で。
②混ざったら、オイルをほとんど一滴一滴といってもいいくらいゆっくりと加える。その間もブレンダーは低速。でないと分離してしまう。
③だんだんとろみがついて、滑らかになるまでブレンダーで混ぜ続ける。冷蔵保存。

ほかにも豆腐をつかったレシピなどもあるけれど、これが一番簡単でお手軽なレシピのようだ。当然だけど普通のマヨネーズよりあっさりしていて、わたしはけっこう好きなのだった。ちなみにveganというのはvegetarianのさらに厳格なもので、お肉や魚はもちろんのこと、チーズ、バターなどの乳製品も使わない。PJはDが超してくる前、vegetarianのAとveganのMと暮らしていたのだが、お肉をむさむさほおばっていると二人から「…野蛮っ!」みたいな目で見られるのがちょっと辛かったらしく、お肉隊長のDと一緒に暮らすことになってほくほくである。ううむ、お腹のぽっこりがちょっと心配。

※追記※
先日、Tennesseeに行ってきた友人がMemphis特産のBBQソースを買ってきてくれた。このソースを使ってPJがBerbecue Chiken and Wild Riceというのを作ってくれて、いつもながらシンプルでとてもおいしかったので、覚え書きレシピを追加で書いておこう。

[Barbecue Chicken and Wild Riceのレシピ]
☆玉ねぎ 1個
☆ズッキーニ 2から3本
☆オクラ 2から3パック (ちなみにokraは南部料理に欠かせない野菜なので、こちらではとても安いし、冷凍でもたくさん売っている。中でも人気なのはfried okraなのだけど、この料理はまたいつか他の機会に)
☆鶏もも肉 1枚
☆ワイルドライス(玄米)1カップ
☆BBQソース 適宜(大さじ4くらい)
☆Creole spice (なければいつものようにパプリカ、ガーリックペッパー等で代用可)
☆塩こしょう

①玉ねぎはみじん切り、オクラは軽く湯がいて厚めの輪切り、ズッキーニも厚め(8mmくらい)のいちょう切りにする。鶏ももは一口大にして塩こしょう、酒をふっておく。
②ワイルドライスを洗って、鍋に水2カップとともに入れ、火にかける。沸騰したら弱火にして、ワイルドライスが水分を全て吸うまで(ちなみにこちらではごはんを炊く時はみなこうしたやり方になる。もちろん炊飯器で普通に炊いてもいいのだけれど、これはこれでアルデンテの粒パスタのように仕上がるのでこういう料理には向いている)。
③フライパンをよく熱して、オリーブオイルで玉ねぎをじっくり炒め、きつね色になってきたら(約15分弱)ズッキーニも加えて、さらに炒める。ズッキーニがしんなりしてきたら(3分弱)オクラも加え、さらに約2分ほど炒める。塩こしょう、クレオールスパイスで軽く味付け。ただし後でBBQソースを投入するので、そんなに濃い味にしなくてもOK。
④野菜を一度お皿に取り出しておいて、同じフライパンに少しオイルを足して十分にオイルが熱したら鶏肉を炒める。野菜のうまみを鶏に絡めるように。
⑤鶏肉に火が通ったら野菜を戻し、あわせて炒める。
⑥BBQソースを加えてさらに混ぜ合わせる。ワイルドライスを加えて炒めあわせてもいいし、別添えにして食べてもいい。所用時間、約30分。

2011年5月8日日曜日

Crawfish Boil

世界の至る所に土地土地の「創世記物語」みたいなものは民話として残っているのだけれど、Louisianaの場合、神ははじめに海を作り魚とshellfishを住まわせて、crawfishに海底の土を堀り上げて陸を作るように命じ、そこに我々の住む大地を作った、というのがある。ことほど左様にcrawfishはLouisiana精神の源である。

そんなわけで2月から6月くらいのLouisianaはcrawfish天国となる。crawfishというのはひらたく言えばザリガニのことなのだけど、Louisianaではこの季節、crawfish料理がかかせない。前述のPo'boyはもちろん、etoufeeというスパイシーなシチューみたいなものも人気があるのだけど、一番はやはりcrawfish boilで、昨日は英文科のcrawfish boil partyだった。最後の締め切りまであと一週間をきり、本当なら家で黙々とペーパー(残すところあと20ページ)を書いているべきなのだろうが、腹が減っては戦はできぬということでもちろん参加してきた。

ザリガニというと日本人なら誰しも幼少期に嗅いだあの匂いを思い出してあれ食べるのか、とうっとくるかもしれないけれど、どっこいこっちのcrawfishはくさくないのだった。いや、というかLouisiana料理特有の「なんでもスパイスと煮れば怖くない」的な精神で、boilの時も写真にうつっている麦茶のパックみたいな袋に入っている大量のcajun spiceとにんにく、レモンやその他もろもろの香味野菜と一緒に茹でるので、ザリガニの匂いの残る術もないということなのかもしれない。大釜に何百という生きたcrawfishを入れてじっくり茹でて、それをビニールのテーブルクロスを敷いた大きなテーブルにどかっと空ける。あとはみんなでひたすら黙々と立って食べる。まず頭をぽきっと折って、ちゅうちゅうとミソ部分を吸い、体の部分は海老みたいにして剥いて食す。味は海老と鶏肉の間みたいなのだけど、とにかくスパイスが効いていて、ああ、夏の夕暮れが目にしみる。crawfishと一緒に茹でたじゃがいもやトウモロコシ、おまけにガンボやレッドビーンズもある。ちなみにどれも作ったのはLouisiana出身の男性陣で、Louisianaには父さん料理みたいなのがあって、こういう屋外の料理は男に任せて女の人はゆっくり普段の疲れを癒すべし、というのがコンセプトらしいのだが、当たり前に我々は大学院生なわけで特に何の家事を家族のためにしているわけでもないので、いつもながらのサザンホスピタリティにひたすら頭がさがった。

帰ってまたペーパーを書くつもりだったのだが言うまでもなくビールの誘惑に逆らえず飲んでしまい、同様に酔った友人に担ぎ上げられてcrawfishの釜に落とされそうになるのに必死に抵抗したら食べ終わったcrawfishの殻の中に落ち、さんざんcrawfishのミソまみれになって家につくころには使い物にならなくなっていたのでそのままシャワーを浴びて寝てしまった。ほんとの夏休みまでカウントダウンがはじまった。さて、こんなことでいったいペーパーは仕上がるのか。とりあえず今日は髪の毛ふりみだしてがんばります。でもこうしてる間にもお気に入りのワンピースからミソの匂いがする。早く洗わなきゃ。

2011年4月29日金曜日

Catfish Po'Boy

お昼前、冷房のキンキンに効いた図書館で凍えながら、お腹空いた…死ぬかも…と思っていたら、友達から「Catfishを釣ったから今からPo'Boyをつくるよ、食べにこない?」というメールが来たので、一も二もなく図書館を飛び出した(ちなみにルイジアナの夏は3月下旬に始まる。4月にはいって最高気温が30℃を下回ったことはほとんどない。従って建物の中は相変わらず冷蔵庫のように寒い。真面目にこの国のエアコンに対する態度はどうにかすべきだと思う)。

Po'Boyというのはルイジアナ名物のサンドイッチで、揚げたシーフード(catfish, crawfish, oyster, shrimpなど)をこれまたルイジアナ名物の柔らかいバゲットに挟んだもの。もともとは大恐慌の時に、ストライキをしていた男の子達にNew Orleansのあるレストランの主人が無料で配ったのをそのレストランの従業員たちが "poor boy" と呼んだ、というのが名前の由来で、南部訛でこの綴りになったということである。Catfishというのはナマズのことで、ルイジアナではこれがよくとれるらしいのだが、ルイジアナ出身、代々Cajunの家系を誇る彼はついこの間、全部で1000 pound (500キロくらい)近くのcatfishを釣り上げたらしい(ちなみにこの人は冬場の禁漁期間中にshrimpを釣ったのがばれて法廷にまで呼ばれている、自他ともに認める "Coonass"なのであった )。え、何匹釣ったの、だってナマズってそんなに大きくないでしょ、と聞いたら、いやいやサイズはいろいろで、釣った中にはあんたより大きいのもいたよ、と言われて驚いた。ナマズ恐るべし。

で、よくレストランなんかでは食べていて、それはそれなりにおいしかったのだけど、作り立てのPo'Boy はどう考えても桁外れの美味しさで、頭がおかしくなるかと思うほどだった。作っている行程も見られたので、レシピを書いておこう。

まずはcatfishの下ごしらえから。Catfishはかなりfattyなので、ちゃんと余計な脂肪と(ただし全部はとらない)血合いをとることが大切とのこと。丁寧にそぎそぎする。ちなみにcatfishは白身の魚で、いちばんイメージ的に近いのは鱈かもしれない。ただし鱈よりもやわらかくて、淡水魚なので独特の臭みもなくはない。が、今日食べたのは新鮮だったからか(あとはたくさんスパイスを使ってるからか)まったく臭みを感じなかった。

それから衣。ポイントは卵の中にマスタードとパプリカをけっこうたくさんいれること。それから粉はcornmeal と小麦粉、それからCajunスパイスを混ぜたものを使う。Zatarain'sというメーカーはjambalaya mixなども出している、cajun料理のもとの老舗なのだけど、今日はここのflour mixを使ったそうだ。通常のフライと同じで、 卵→衣の順番で絡めていく。

ポイントはとにかくオイルをきちんと高温にしておくこと。Catfishはわりとすぐに火が通るので、二度揚げなどはしなくて大丈夫なのだけど、その代わりに高温で揚げないとべしゃっとしてしまう。おすすめはpeanut oilで、温度も高くなるし、香りもいいということだ。その間にレタスを千切り、トマトとピクルスをスライスにしておく。バゲットに切り込みをいれて、マヨネーズとケチャップ、それからこれまたけっこう大量のタバスコをふりかけ(以前も書いたかもしれないがLousianaは猪木もびっくりのタバスコ王国である)、レタスとトマトを挟んでおく。オイルが十分熱したらcatfishを揚げる。浮いてきてからもしばらく待って、きれいに色づくまで待つ。こんがり揚がったらそれをバゲットに挟み込んで、トースターで1分くらいでできあがり。

食べながら涙ぐむほどおいしかったわけだが、シンプルだけどおいしく作れるようになるには案外練習が必要だし、なにより大事な調味料はTLCだね、とウィンクしながら言う友人はやはりアメリカ人だなと思った。Tender Loving Careがすべての料理の基本なのは万国共通であるが、日本人はウィンクとかしないもんな。

2011年2月26日土曜日

Jambalaya

LSUに進学を決めた理由はいろいろあるのだけど、こんなことを言うとなにすっとぼけてんだと怒られそうだが、決め手のひとつにルイジアナの食文化があったのは、けして嘘ではない。

去年の今頃、いろいろな大学から入学許可が出て(これは自慢でもなんでもなく、それはもうどこにも受からなかったらやばいと思って死ぬ気で南の学校ばかり無節操に20校くらい受けたから、入学許可も出るというものなのだ)、気候とかプログラムとかあとはもちろんTAshipの額とか、いろいろ比較しつつ結局のところよくわからんな、と思いながらWikiでルイジアナを調べてたら、Holy Trinityという言葉が目に飛び込んだ。ルイジアナはもともとフランス領だったので、フランス系の血をひくCreoleやCajun(これらのethnic groupの定義はほんとにややこしくて、単にフランス系というだけではすまされないのだけど、とりあえずそれは措いておく)の文化が根強い。Creole料理はなんというのか、こってりと昔ながらのフレンチ系(ただししばしばスパイシー)、Cajun料理はもうちょっと全体的にシンプルなお父さんの料理(ただしほぼ間違いなくスパイシー)なのだけれど、ふたつの料理に共通しているのがこのholy trinityで、これはほとんどの料理に共通して使われる、たまねぎ、セロリ、ベルペッパー(日本で言うパプリカ)の香味野菜の三位一体を指す。フランス料理ではたまねぎ、セロリ、人参をみじんぎりにして炒めたものをmirepoixと呼ぶらしいのだけど、その名残なのだろう、大抵の場合この三種の野菜を細かく刻むかダイス状にしたものをゆっくりと炒めるところから料理が始まるのだけど、こうやって香味野菜をふんだんに使う料理がまずいはずもない。わたしのルイジアナの食文化にたいする敬意はWikiでこの言葉を目にした時にすでにほぼ確立され、それがわたしがLSUに進学を決めた理由のひとつにもなった。

あまり知られていないかもしれないが、日本のファミレスでも定番の味、ジャンバラヤも実はCajun料理である(ああなつかしのJonathan!)。なので当然のごとく、ルイジアナ中どのスーパーにもたいてい写真のようなジャンバラヤミックスが売っている。中にお米とスパイスのもとが入っていて、あとはholy trinityとソーセージ(ただしこっちのソーセージは直径4cm、長さは20cm以上でこれまたたいていスパイシー)、それに鶏肉があれば簡単にジャンバラヤが作れてしまう。これはこれでけっこうおいしいのだけれど、先日彼が海老とホタテを持ってきて、今夜は一緒にシーフードジャンバラヤを作ろう、というので自分達の創意工夫でジャンバラヤを作ってみたら、なんのことはない、ジャンバラヤミックスを使うまでもなくジャンバラヤというのは手軽な料理で、手作りするとうまさも倍増なのだった。覚え書きもかねてレシピを書いておこう。

まずはholy trinity。ただし今回はそれにくわえ、にんにく(2かけ)と生姜(1かけ)もみじんぎりにして最初にたっぷりめのオリーブオイルのなかで弱火で温める。じゅわじゅわしてきたらスライスした玉ねぎ(大1個)を投入。それからやっぱりスライスしたセロリ(3茎くらい)を加えて、じっくり炒める。玉ねぎがうっすら茶色くなるまで我慢。しゃにむにかき混ぜずにほっておいても水分が野菜から出るので大丈夫。途中、ダイスにしたベルペッパー(今回は緑1、赤1)も軽く炒めて、いい感じになったらクミン(これも最初はdiscommunicationのもとで、「キューマンある?」「なにそれ、そんなのないよ」みたいな感じで最初はクミンのことだとは思わなかった)、ターメリック、カイエンヌペッパー、塩こしょう(ガーリックソルトと普通の塩)、それから秘密の "slap ya mama" というケイジャンスパイス(数あるケイジャンスパイスのなかでこれが一番人気) でしっかり目に味付け。

海老とほたての下ごしらえ。白ワインと塩で軽くもめば、アメリカの魚介類特有の臭みもさほど気にならない。野菜が十分に炒まったら一度お皿にだして、同じフライパンにオリーブオイルを足して海老とほたてに焼き目をつけるように炒める。フライパンには野菜とスパイスのうまみが詰まっているので拭いたりしないこと。海老のほうが火が通るのに少し時間がかかるので、ホタテは海老がほんのり色づいてから。ソーセージや鶏肉を使ったジャンバラヤのときも、同じようにすればいい(ワインの下ごしらえはいらないけど)。軽く火が通ったら野菜をフライパンに戻して、一緒に炒めあわせる。

で、普通のジャンバラヤの場合はこの時点で洗っていないお米を入れて(1合半くらいかな)だいたいお米の2倍くらいのチキンブロスとダイスにしたトマト(2個くらい)を加えて、水分が煮立ったら30分くらい煮込むのだけれど、今回はちょっと急いでいたのとブロスがあまり残ってなかったのと、それからあまりトマト味が強すぎるのが好みではなかったので、フライパンに白ワインを50ccくらい足してアルコール分を飛ばして、そこにトマトペースト5cmくらいを加え、そこにお鍋で別炊きしていたごはんを投入して軽く炒めあわせた。今回はこの方法がうまくいって、チキンブロスで煮込むと魚介の味が薄まってしまうと思うのだけど、しっかりホタテと海老の風味がごはん全体に行き渡った。ごはんを炊くのにだいたい20分強かかる(沸騰してから10分、蒸らし10分)のだけど、ちょうど蒸らしが終わった頃に他の準備が終わったので、ごはんを炊き始めたのが開始10分弱くらいだったことを考えると、30分以内でジャンバラヤができたことになる。

わたしはもともと料理が好きで、昔付き合っていた人の家でもよくごはんを作ってバイトから帰ってくる彼を待つという演歌みたいなことをしていたのだけれど、同時にいつもひとりで作業をするということになれていたので、いま付き合っている人と会う前は誰かと一緒にごはんをつくるということをしたことがなかった。なので最初に一緒にごはんを作ろうと言われた時は腰が引け気味だったのだけど、何回か一緒に作ってるうちに、なんだこれ楽しいな、ということに気づいた。副菜も同時に作れるし(今回はnappa cabbageという白菜みたいな野菜のサラダと、それから写真前方右のdelicata squashというかぼちゃの一種をただオーブンで焼いて、ほんの少しの塩とバターをからめたもの。シンプルだけど、死ぬほどうまい。ちなみに左はspaghetti squashというもので、これも調理法はdelicata squashと同じなのだけど、焼き上がって割るとその名のとおりスパゲッティーみたいな繊維状の中身が出てくるので楽しい。ただし味はdelicataのほうが濃厚で好み)、なによりままごとみたいで童心に返る。コースワークで死ぬほど忙しい毎日だけど、こういうほっとできる一瞬があるのはほんとにありがたいな、と思う。はっ。のろけてしまった。でも今日も宿題の映画のレビューを一本書いたうえ、書き上がった瞬間に椅子の上で身体をうんとのばしたら椅子から転げ落ち、となりに置いてあった木製の椅子に頭を強打してしばらく動けなかったので、明日もしかしたら脳震盪が後から来て動けなくなるかもしれない(と本気でパニクったのだが)ので、こういう幸せな瞬間を記録しておくことも大事なのだとひとり納得。

2010年11月25日木曜日

Thanksgiving

Nerdの要件のひとつに世界を己の肉体を以てではなく本を通して知るというのがあるわけだけれども、そろそろ大学生をはじめて10年になる真性nerdであるわたくし、生身の世界に驚かされることがしばしばなのだが、アメリカに来てからはほんと、明治の学生が留学したような感じで驚かされることがけっこうある。

Thanksgivingもそのひとつで、こっちに来る前からThanksgivingのことは一応知ってはいたのだが、よもやこんな盛大な国を挙げての祭りだとは知らなんだ。この時期PhDの学生はみんな締め切りをかかえているわけだし(しかもTAやってるわけだからundergradのペーパーのgradingもあるわけだ)このクソ忙しい時期にThanksgivingだ?なにを寝言を言ってるんだ、くらいの勢いかと思ったら、どっこいThanksgivingというのはクリスマスに次ぐ大行事らしく、みんなそれはもう精魂込めて祭るのであった。

Thanksgivingは日本のお正月みたいな位置づけにあるらしく、基本的には家族で祝うものみたいなのだけど、大学院生の多くは全米各所から来ているのでたった3日くらいの休みで帰るわけにもいかず(とはいえわたしの友人の半数は帰っているか中間地点で親戚と落ち合ったりしている)、町に残った者が集まって持ち寄りパーティ(potluck)をするということ。日本の正月同様Thanksgivingは食祭なので(ちなみに発祥は入植当初、農作物が育たなくて食べ物がなかったpilgrimにNative Americanが食べ物をあげたのに感謝をするということだったらしい)、Turky (ローストが基本なのだがここは深南部、チーズケーキまで揚げるのでもちろん七面鳥も深鍋で1時間くらい揚げたりする)だのSweet Potato Casserol に始まるさまざまなCasserolだの、伝統料理がずらりと並ぶ。

鼻血を吹くくらい忙しいわたしは(徹夜でペーパー書いてるときにほんとに吹いた)当たり前に祭らない気満々だったのだが、Thanksgivingを祝わないなんてお前はそれでも人間か、とまで言われたのでけっきょくに出席することになり、そのためにpecan pie(わたしはパイよりタルト派なのでタルトにしたんだけど)まで焼いた。ていうか、招待のメールに食卓に並ぶべき食べ物のリストが書いてあって、そこに自分の名前を記入してみんなが持って行く、ってどんだけ気合い入ってるの。

で、Thanksgivingというのは毎年11月最終週の木曜日に行われるのだが、その翌日がまたBlack Fridayと呼ばれる大行事のようである。なにがBlackかって、その日からクリスマスに向けて大規模なショッピングシーズンが始まるので、その日は夜明け前のまだ空が黒々とした時間帯から店がオープンして、一大セールを繰り広げるんだって。もちろん人々はThanksgivingの夜が更けたころぐらいから店の前に並ぶ…うん、やっぱり日本のお正月の福袋みたいなもんかね。

そんなわけでThanksgivingに行ってきたのだけれど、どれもこれも…おいしかった。アメリカの飯がまずいというのはアメリカに留学した100人90人くらいが言うことだと思うので、わたしの舌がよほど貧しいのかとも思うのだけれど、ひとつには外食(特にアメリカ料理及びアメリカナイズされた中華料理など)、これはあまりいただけない。なんかぜんぶ同じ味がする。おかげで外食の機会がドラスティックに減った。でも、結局のところ手料理というのはやはり別物なわけで、なんだか知らないんだがおいしいし、日本人のpotluckのときと変わらないくらいのクオリティだと思う。というかむしろパーティ慣れしているので大皿料理を作るのがうまい。そんなわけでここ何日かCampbellのスープ(くどいようだがここは深南部、Campbellがchiken gumboを出していて、これがけっこうおいしい。お米も入ってて雑炊みたい)とチョコレートでしのぎ、締め切り前の2日で体重が2kg減っていたわたしの身体は、三皿くらいおかわりしたアメリカ手作りごはんのおかげでふたたび脂肪を取り戻したのでした。Happy Thanksgiving!