お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2012年3月15日木曜日

Turnip

アメリカに住んでいて食生活的に困ったことはこれまで幸いあまりなのだけど、日本で作っていたレシピノートのほとんどがこちらにきてあまり役に立たないのもまた事実である。それというのも日本食でよく使われる野菜の多くがアメリカ南部では手に入らないのだ。茸類に関して言えばmashroomやportobello(かなり大きくて肉厚なきのこ、グリルに最適)、oyster mashroom (舞茸のような見た目なのだけどかすかにたしかにオイスター的な香りがして、こりこりとした独特の食感。炒め物、煮物にするとかなり美味)などがあるし、しいたけも高くて薄っぺらいし香りがないがshiitake mashroomとしてWhole Foodsにはいちおう売っているのでまぁよいのだけれど、牛蒡や蓮根、筍、さやえんどう、普通サイズの茄子、普通サイズの胡瓜などなどに関してはどうにもよいものが手に入らない。食べなければ死ぬというほどのものではないし、郷に入れば郷に従えが信念のわたしとしては、まぁ他においしい野菜があるからいいじゃないの、と思ってかれこれ一年半になったわけだけれど、先日(というか冬休み)思わぬところで故郷の味を発見して、自分が日本の味にけっこう飢えていたのだということに気づいた。

写真の野菜はturnipとよばれる根菜である。わたしが初めてturnipという言葉を目にしたのはErskin Caldwellという作家の作品、Tabacco Roadを読んだ時だった。1932年に出版されたこの小説は大恐慌時の南部、Georgiaを舞台にいわゆるwhite trashと呼ばれる極限的に貧しい(そしてそれがゆえに教育も受けていない)白人の経済的にも感情的にもモラル的にも破綻した生活を描いた作品なのだが、その中で主人公のJeeter Lester(もしくはその父親、記憶はすでに曖昧である)が好物であるturnipを隣人宅から大量に盗んでそれを生のまま貪り食い、壮絶に腹を下すというシーンがあった。それ以来なんとなくturnip=下痢のもとというイメージが染み付いて、店で見てもおそろしやおそろしやと素通りしてきていたのだけれど、前述のMayo Clinicの料理本にturnipを使った料理が掲載されていたので先日勇気をだして買ってみた。皮を剥いて包丁を入れてみると、懐かしい香りが立ち上る。これは。まさしく日本の蕪ではないか。

これはいける、絶対いける、と確信してMayoのレシピを脇に措いて懐かしのレシピノートをひっぱりだして鶏ももと煮付けたら、白く美しい蕪の煮物ができた。しかも日本の蕪より固くしまって大きい(赤子の頭ほどもある)ので、煮くずれない。箸をいれて一口食べて感動した。うまい。味覚的ホームシックになることはないと思っていたのだが、turnip、いや蕪の煮付けを食べた瞬間、昔付き合っていた人のうちで彼がアルバイトから帰ってくるのを待ちながらうすら寒いアパートで料理をしていた神田川的思い出が奔流のように襲ってきた。なんというか、あの時はあの時でこの人と結婚するんだろうなとか考えていたのにもうあれから5年もたつのかと思うと、ただただしんみりと、人生ってわからないわね、と思うほかなく、しかしあまりのうまさに写真をとることなど思いもせずに完食した。また作ればいいやと思っていたら3月にして常に日中気温は30度近いBaton Rouge、煮物など食べる天気ではないので昨日はturnipを漬け物にしてみた。聖護院蕪に食感がそっくりなので、ほとんど千枚漬けだった。Baton Rougeで千枚漬けを食べることになるなんて。感動のあまり、以下レシピ。日本で興味を持たれた方は蕪で試してみてください。オリジナルレシピは蕪なので。

[とりと蕪の煮物]
☆かぶ/turnip 蕪なら一束、turnipなら1つ
☆鶏もも 一枚
☆酒 大1
☆片栗粉 大1/2
☆だし汁 250cc(わたしは茅野やだし、という顆粒だしを煮だしたものを使っていますが、水200ccに白だし50ccでも)
☆みりん 大2.5
☆しょうゆ 大1(あれば薄口)
☆塩 小さじ1/3
①かぶは茎を少し残して皮をむいて櫛切り(4等分)、面取り。Turnipの場合は皮をむいて半分に切ってから8等分くらいにする。
②とりももは一口大に切って、酒をふりかけ、手でよくもみ込む。片栗粉をふりかけ、さらにもみ込む。
③鍋にだし汁、みりん、醤油をいれ、煮立ったらとりを一つずついれる。くっつかないように箸でほぐす。
④鳥に火が入って色がかわったら蕪を加え、アルミホイルの落としぶた(中央を切る)、ふたをして中火で10分から15分。ゆず胡椒等を添えて召し上がれ。

[蕪/turnipの昆布茶漬け]
☆蕪 1ワ、turnipなら1つ
☆昆布茶 小さじ1
☆すし酢 30cc (なければ酢30cc、お砂糖大1/2、塩1/2に昆布の切れ端を入れて。)
☆七味 少々

①蕪、turnipは2mm程度のいちょう切りにする
②ビニール袋に蕪と昆布茶を入れてよく揉む。最初は蕪が壊れないようにやんわりと。少しすると水分がでて柔らかくなってくる。
③すし酢を加えてさらに揉み込み、1時間以上置く。仕上げに七味少々をふって。ちなみにこのお漬け物はけっこうどんな野菜でもできて、酢の物が欲しくなる春先にはとっても便利である。ズッキーニ(薄切り)、セロリ(皮を粗く剥いて斜めぎり)、レタス(適当にちぎる)はお気に入り。好みのドライハーブを入れても。

神田川生活が終わりを告げた時には芯まで冷えた洗い髪に凍えながら赤い手ぬぐいを食いしばったものだけれど、ほんとに人生ってわからないもので、今はやっぱり今が一番だと思えるのだ。だからいつか、もしもこの生活が終わっても、その時にはそれが一番だときっと思えると信じている。