お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2012年3月15日木曜日

おとうさんのラーメン

うかうかしているとまた半年たちそうなのでとりいそぎ小さなお話を。

以前にもすこし書いたけれどもこの冬は日本に帰らなかったかわりに、両親がこちらに来てくれた。さらりと両親が、などと書いてはみたが、なにしろうちの父と母は別居して20年近いので「両親」という主語を使って彼らの行動を描写するのはなんとも久しぶりでかつ不思議な気がする。しかもその久しぶりの二人行動に海外旅行を選ぶっていうのはあなたたちどれだけハードルあげれば気が済むの、とため息をつくばかりであったが、とにもかくにも三十路を目前にした娘であろうがなんだろうが子はかすがいということか、両親がルイジアナにやってきた。

彼らがやってきたその日、折悪しくNew OrleansはBCS National Championship Game という全米大学フットボールの頂上決戦で沸き返っていた。沸き返っていたというのは単なる修辞表現にとどまらず、French Quaterの狭い路地には人が溢れ、(いつものことだがいつにもまして)人々の熱気で蒸されたアルコールの匂いが立ちこめていた。それもそのはず今期LSUはランキングNo. 1、Championship Gameの相手は二位の宿敵Alabama(というのもLSUを二度優勝に導いた名将Nick Sabanが三年前Alabamaに移籍したのだ)なのである。日程的にどうしてもこの日にNew Orleansに滞在しなければならない両親はホテルをとるのにも一苦労、通常ふたりで130ドル程度の部屋が360ドルという有様だった。別居していた両親が初めて二人で海外旅行をする、娘の彼氏の顔を見に来る、わたしはいまだに車が運転できないので移動はPJに頼まなければ不可能(信じられないことにBaton Rouge-New Orleans間は車でたった一時間の距離だというのに公共交通機関がない。貨物列車しかない。)というそれだけで胃に穴が空くほどの条件が揃った中、さらに酔っぱらいでごった返した街で無事に両親を案内しなければならない。ハードルはすでに高飛びのバーほどに上がっている。ひと月前から緊張で吐くかと思うほどだった。

が、まぁ来てみれば両親は信じられないほど無邪気に初めてのアメリカを楽しんでくれた。とりわけ印象的だったのはいつもは感情をうまく出せない父親がわたしがどこかを案内したり料理を作ったりするたびに目尻をさげてうれしそうに笑うことだった。考えてみれば小さい頃父と旅行をすると、お父さんはいつもいつもわたしたち姉妹に出来る限りの経験をさせようと分単位で計画をたて、そのあまりの急がしさに母やわたしたちが愚痴を言うので、ゆっくりと自分が観光を楽しむことができなかったのだと思う。両親は英語を話せないので自然わたしが全てをやりくりすることになるのだけれど、わたしがお店の人と話をしたり道を尋ねたりするたびに、ありがとうありがとうと父は笑う。Preservation Hallに行ったら目をつぶって身体をゆらしながら、New Orleansでジャズを聞くのが夢だった、などというので、ずっとこんな風だったらきっと母と別れることもなかったろうなぁ、などと思っていたら、その夜ホテルのバーで、ずっと言えなかったけれど、お母さんとは離れて暮らさなければいけなくなったけれど、この人はわたしにとって誰よりもかけがえのない人なんだ、などと涙ぐみながら言うので、母と目を見合わせて笑うしかなかったのだけれど、もちろんいまこれを書きながらわたしは泣いている。

そんなわけでなんというか実りの多い四日間の弾丸滞在(母は税関で「日本から来てたった四日いるの!?日本人てほんとわけわかんない」と言われたらしい)だったのだけれど、わたしの手元には現在両親が移民のごとく大量に持ってきてくれた日本食が溢れている。ゆず胡椒だとか白だしだとかいろいろうれしいものはあったのだけれど、なんというかやっぱり涙のつぼは父のもってきた6袋のサッポロ一番である。母は、そんなもの思いもよらなかった、さすが男の一人暮らしね、などと冗談めかして言ってたし、わたしも普段はインスタントラーメンというのは食べないのだけれど、どうもこの袋をみていると、小さい時に父が作ってくれたラーメンを思い出してしまう。我が家は母の方針でめったにラーメンなどのいわゆるジャンクフードを食べなかったのだけれど、日曜の昼だけは別で、父はインスタントラーメンの上にたくさんのレンジでチンした野菜を乗っけてわたしと姉に食べさせてくれた。甘くなった玉ねぎやにんじんがどうにも好きにはなれなくてわたしはよく残してしまったのだけれど、不思議なものでいまでもあの日曜日のインスタントラーメンというのは今でもはっきりと味を思い出せる、わたしにとってのプルーストのマドレーヌなのである。

しかしなんというかやっぱりそのままラーメンとして食べることにするとなかなか機会がなさそうだなぁ、と思っていたら、在Baton Rouge日本人の奥さんがある日、こないだアメリカ人のPotluckにいったらAsian Slawなるものがだされていて、なになにAsian?と思って食べてみたらこれがびっくり、ラーメンを砕いたものをサラダに混ぜたものでおよそアジア人には思いつかないものだったんだけど、正直いってけっこうイけたのよね、うちでも何度か作っちゃった、と言っていたのでさっそくレシピを聞いて作ってみた。懐かしのミスター味っ子を彷彿とさせるゲテモノ感満載の料理ですが、なんというかあまりの簡単さとジャンクフード味がつぼにはまってわたしもかれこれ三度ほど作ってしまった。以下、レシピ。

[Asian Slawのレシピ]
☆インスタントラーメン 1袋
☆インスタントラーメン付属のスープ  1袋
☆キャベツ、レタス、人参などのシュレッド ボウルに山盛り(ロメインレタスなら2玉、キャベツならものによるけれど小さいものを1玉、これにコーンなどをプラスしてもよいし、アメリカならBroccoli Slaw Mixというブロッコリの茎を千切りにしたものが売っていて、これはけっこうよくあった)
☆すし酢 75cc (すし酢がなければお酢70ccにお砂糖大さじ1.5と塩小さじ1、あれば顆粒だし少々を加えて煮きるかあるいはレンジにかける)
☆胡麻油 大さじ1
☆五香粉 小さじ1弱(これは好みで)

①すし酢にスープのもと(と五香粉)をいれてかき混ぜ、溶かす
②①に胡麻油を加え、さらに混ぜる
③千切り野菜に②をかけ、よくトスしてまぜあわせる
④作り立てはラーメンがポリポリしていてクルトン的。一日置くとパスタサラダ的になる。

人生というのはよくわからないもので、これから自分がどこに住むことになるのかいまだにわからずに時に夜中に目が覚めてため息をつくこともある。が、お母さんのことは心配しなくていいから、自分の信じるとおりに生きなさい、お父さんは応援しているから、とぽつりと言ってくれた父の言葉を胸に、今日も曲がり道くねり道をゆっくりと踏みしめる。