お金貯めて三日泊まるのが夏休み
週刊誌読んでやって来れば数珠繋ぎ
冷めたスープ放り投げるように飲まされて
二段ベッドでもあたいの夏休み
Summer Vacation  あたいのために
Summer Vacation  夏 翻れ

—中島みゆき「あたいの夏休み」

2011年7月21日木曜日

Los Angeles, CA (1)

トンネルを抜けるとそこはなんとやら、という感慨を抱いたのは実に久しぶりのことだったのだけれど、珍しく飛行機で窓際の席に座ったので外を眺めていたら、永劫のごとく続く砂漠の中を走る一本の道路が、やがて大きな街を作っていた。天使たちの街とはよく言ったもの、こんな広大な無の中に忽然と姿を表す街の姿はおよそ人間が作ったものとは思えないほどあまりにも唐突な存在感だったが、同時にどこにでも住んでやろう、どこまでも突き進んでやろうというあのmanifest destinyの強靭さに胸を打たれもして、飛行機の中、夢中で裸の山並みや砂漠にむかってシャッターを切っていたわたしは幼い子供のようだった。

東京に産まれ育って29年、身も心も都会に育まれたわたしはいわゆる自然というものには正直まったくなじみも思い入れもなかったのだが、アメリカの片田舎に住むようになってたった1年で立派な自然派のカントリーガールになったのだなと思うのはこういう瞬間で、わたしは結局のところ、アメリカというものの物理的な大きさと、その中に息づくほとんど馬鹿みたいといっても過言ではない強靭な精神にどうしようもなく恋をしているのかもしれない。

今回の旅は(それはもう今からひと月も前のことになる)日本に帰国する前にLAに住む友人を訪れるという目的だったわけなのだが、LAというのは字義通りにも隠喩的にもわたしのアメリカ生活と日本生活の中間地点に位置する街だった。そこはたしかにアメリカなのだけれど、同時に都市であるがゆえに東京を思わせ、またアジア人口の多さはLousianaがわたしに与えていた他者感を良くも悪くも軽快にぬぐい去る。ある意味ではわたしにとって東京に帰るためのリハビリに最適の土地だった。

リハビリの第一歩目は服装なのだった。Louisianaというか南部は前述のとおり、ドレスアップをすることが若い娘の唯一の楽しみのような場所なので、女達はチェーン展開のレストランにおいてさえ原色のワンピースに身を包み、10cmにもなる慣れないヒールを履いて一様によちよちと膝を出しながら夜を楽しむ。都会というのはそういう場所ではなかったのだ、と思い出したのは早くも空港でのことで、誰ひとり華美な服を着ているわけでもないのに妙に洗練されている。そうかこれがわたしがすっかり忘れていたおしゃれというものか、とひとりごちていたらとびきりの笑顔で声をかけてくれた、ジーンズをブーツインしたいい女がいて、それがわたしの最愛の友人だったのだった。まいったな、かわいいじゃんか、などと思いながら自分の小花柄の短いワンピース(とはいえもちろん下にはショートパンツは履いていたのだが)と彼女の都会風の装いの対象がいかにも田舎娘、都会に来る、という小物語を連想させたので照れ笑いをしつつ、一年ぶりの再会に快哉を叫び、わたしの一週間のLA生活が始まった。